誕生日のケーキについて
今日はエアの誕生日のケーキがどんなものがいいか、話し合う。
「今のシーズンは果物が少ないから、彩りは期待できないわよね」
「果物? 一通りあるけれど」
ノアの言葉にアリーセも頷く。
「魔石熱を使った温室栽培の果物がいろいろありますのよ」
「そうだったわね」
お金をかければ、季節外れの果物などいつでも入手できるようだ。
基本的に旬の果物しか食べないので、一年中食卓に果物が並ぶ裕福な貴族の事情は知らないわけである。
「でも、旬の果物に勝るものはありませんわ」
「それはたしかに」
魔法で栽培する果物は品種改良され、甘みは強く、酸味は弱く作られているようだが、旬の盛りを迎えた果物には劣るようだ。
「果物にこだわるよりも、エアは個性的なケーキのほうが喜ぶのではなくって?」
「たしかに、それはあるかもしれないわ」
「で、具体的にはどうするの?」
シーーンと静まり返る。
「花火があがるバースデー・キャンドルとか思いついたけれど、温室は火気厳禁だし」
「温室のガラスを突き破りそうだな」
「エアは喜びそうですが」
いくらエアが好きそうなものでも、危険なケーキは却下である。
「当たり外れがあるケーキはどうだろう? 一カ所だけ、激辛パウダーを練り込んだ生地になっているんだ」
「もしもエアが当たったら気の毒ですわ」
「まるで罰ゲームね」
当然ながら却下である。
「では、猫の形をしたケーキはいかがでしょう?」
「それはアリーセが好きなものでしょうが」
「自分の趣味を押しつけるな」
猫のケーキの意見も却下したが、そのおかげでいい案が浮かんだ。
「そうだわ! エアの使い魔であるリザードを模したケーキはどう?」
「あいつの使い魔って?」
「火トカゲですわ」
ノアの眉間に皺が寄り、険しい顔となる。
黒い鱗に赤いラインが入ったトカゲのケーキを想像すると、私も同じ表情になってしまった。
「えーっと、もっとおいしそうなデザインにする?」
「全体をリザードにする必要はないのでは? たとえばですが、マルチパンを使って小さなリザードをケーキに飾るとか」
「ああ、それだったら、僕らが食べなくてもよくなる」
さすがアリーセである。マルチパンを使ったリザードの飾りは即採用となった。
「そうだ! リザードがいるんだったら、火属性のケーキにするのはどう?」
「激辛ケーキに、真っ赤なピリ辛クリームでデコレーションしたケーキじゃないわよね?」
「違うよ。ベリーソースとか、ジャムを使ってそれらしく仕上げるだけ」
「それだったら、おいしそうですわ!」
たしかに、ベリー系を使って火属性を表現するならば、おいしくいただけるだろう。
「問題は、リザードのビジュアルだな」
「ミシャが一番よく見せてもらっていますよね」
「ええ、そうよ。描いてみるから、ちょっと待っていて」
スケッチブックにリザードを描いてみる。しかしながら、思いのほか難しくて上手く描けない。
「何、この黒ずんだ長芋みたいな生き物は」
「な、なかなか個性的ですわね」
「トカゲって、描くのが難しいの」
ジェムだったら上手く描ける自信があるのだが、リザードは描きにくい。
「これじゃあ菓子職人に渡しても、再現できないって言われてしまう。僕が想像で描いたほうが遙かにマシだ!」
「だったらノアさんが描いてみてよ」
「いいよ。見たことがないから、あくまでも想像のリザードだけれど」
ノアはさらさらとペンを走らせ、優美で美しいリザードの姿を描いた。
「お上手ですわ」
「本当、きれい!」
ノアの言うとおり、彼が描いたほうがすばらしい仕上がりだった。
「でも、リザードとはかけ離れた姿だわ」
「見ていないからね!」
「だったら、エアに言ってリザードを見せてもらいましょうよ」
そんなわけで翌日、エアのもとにノアといって、リザードを見せてほしいと頼み込んだ。
「え? リザードを見たいだって?」
「ええ、そう。ノアさんが興味があるようなの」
「いいけど」
エアはすぐに召喚し、リザードを見せてくれた。
ホリデー明けぶりに見たリザードは急成長し、大型犬くらいの大きさになっている。
「リザード、また一段と大きくなったのね」
「だろう?」
ノアはリザードの姿を記憶に焼き付けているのか、熱心な様子で見つめていた。
「ノアって、魔法生物とか興味ないのかと思ってた」
「意外となんにでも興味を持つみたい」
「へえ、そうなんだ」
私達の会話も耳に届かないくらい、ノアは集中しているようだ。
リザードの姿を目に焼き付けるための時間が必要だと思って、少しだけエアと会話を続ける。
「雪山課外授業のあと、レナ殿下とお話しした?」
「ああ、少しだけだけど」
なんでも以前よりは親しい関係になったらしい。
「つーか、ミシャとノア、すっごく仲良くなったんだな」
「ええ、まあ」
「なんか、ミシャに友達が増えて、遠くなった気がする」
「そんなことないわ。一番のお友達はエアだから」
「俺が一番でいいの?」
「もちろんよ」
最近ノアとよく話しているので、エアはちょっぴり寂しかったらしい。
ノアとたくさん喋っていた理由は、もちろん誕生パーティーの件である。
あと少ししたら、ノアと仲良くなったように見えた理由に気づくだろう。
ノアが小さな声で「よし」と言ったので、この辺で切り上げる。
「エア、ありがとう。もう満足したみたい」
「リザードが見たくなったら、いつでも言ってくれ」
エアとは手を振って別れたのだった。




