魔物との遭遇
もしかして、この洞窟は魔物の巣だった?
よくよく確認してみると、動物の骨っぽい白い物体がいくつか転がっている。
短い時間にいろいろあったせいで、見えていなかったのだろう。
背後は行き止まりで、完全に追い詰められた状況となる。
「ミシャさん、僕の背後に隠れて!」
「できないわ!」
未来の王太子妃を盾にすることなんてできない。そんな言葉を返したが、ノアは私の腕を強く引いて背後へ隠すように立つ。
「僕だけ助かるようなことがあったら、一生お兄様に顔向けできなくなる! それに、ミシャさんは僕の友達だから、絶対に守りたいんだ!」
「ノアさん……」
だんだんと魔物の息づかいが近く聞こえる。こちらを窺うようにゆっくり接近する足音も、大きくなっていった。
「ここに土があれば、ゴーレムが呼べるんだけれど」
それは土属性の上級魔法である。洞窟は氷で構成されているので、土は欠片もない。
ついに、魔物とご対面となる。
それは氷の角を生やした、純白の鹿だ。
一見して幻獣みたいに美しい姿をしているが、赤い瞳には狂気が滲んでいた。
『ウウウウ、アアアアアア!!!!』
私達を見つけるなり、氷角の鹿はうなり声を上げ、地面をジタバタ蹴り上げる。それによって、私達の頭上に魔法陣が浮かび上がった。
「なっ!?」
「嘘!?」
魔法陣から先端が鋭く尖った氷柱が突きでてくる。
あれは、氷属性の上位魔法、氷柱撃だ。
氷柱が迫ってきた瞬間、ノアが私に体当たりし、ギリギリで回避する。
『アアアアアアア!!!!』
氷角の鹿は巣を荒らされて怒っているのだろう。
今度は前足を掻き、勢いを図っているように見えた。突進でもするつもりか。
「ノアさん、逃げま――」
ここでノアが足首を押さえているのに気づく。どうやら先ほどの私を庇う動作で足を痛めてしまったらしい。
今度は私が彼を助けなければならない。
ブリザード号を手に取り、呪文を唱えた。
「――しんしん降る、雪よ!」
どさどさと音を立てて雪が氷角の鹿に覆い被さる。けれどもそれは気休めで、ダメージを与えているようには見えなかった。
『ウウウウウウウウウ!!!!』
どうやら余計に怒らせてしまったらしい。
「ミシャさん、僕が、気を引くから、その間に、逃げて」
「だめ! そんなのできないわ!」
一緒に逃げなければ。私だって、ヴィルに会わせる顔がなくなってしまう。
『アアアアアアア!!!!』
氷角の鹿が突進してきたのと同時にジェムが私達の前に躍りでて、口からプッと吐きだしていた。
それは、大量の土である。
「え、土?」
「なんで土なんか持って――あ!」
そういえば以前、ジェムに大量の土を預けていたのをすっかり忘れていた。
「ミシャさん、あの土、なんなの?」
ノアが問いかけた瞬間、土から這いでてきた氷角の鹿が吐血する。
「あれは、毒の土よ!」
ギルドの依頼で毒草を処理するさいに、毒に汚染された土を回収したのだ。
ホイップ先生に処理してもらおうと思っていたのに、すっかり忘れていたわけである。
「あの土を使わせてもらう!!」
ノアはそう宣言したあと、呪文を唱えた。
「――いでよ、泥人形」
毒の土が人の形と化し、巨大なゴーレムとなる。
全長二メートルくらいはあるのだろうか。
ゴーレムは腕を振り上げ、猛烈な一撃を脳天にお見舞いする。
『ギャウ!!』
角はポッキリ折れ、氷角の鹿は倒れる。大量に吐血もしたので、パンチに毒が付与されていたのかもしれない。
「し、死んだ?」
「たぶん」
私達ふたりの力で、魔物を倒したのだ。
ホッとしたのもつかの間のこと。
どこからともなく、パンパカパーン! というファンファーレが聞こえた。
「え、何!?」
「なんの音!?」
その疑問に答えるように、私の目の前に文字が浮かんだ。
「ギルドのクエスト、〝スノー・ディア〟の討伐完了?」
「ミシャさん、ギルドに登録しているの?」
「え、ええ」
氷角の鹿はスノー・ディアという名前の魔物らしい。
どうやらギルドは依頼を受けずとも、対象となる魔物を倒したときは報酬をくれるシステムらしい。
金貨を五枚も貰えるようだ。
「それにしても、スノー・ディアってどこかで聞いた覚えがあるわね」
しばし考えた結果、思い出す。
「雪属性の杖の作成に必要な素材!!」
折れたスノー・ディアの角が近くに転がっていたので、ハンカチごしに手に取る。
ダイヤモンドみたいに輝く、美しい角だ。
「まさかここで素材が入手できるなんて」
ありがたくいただくことにした。




