危機
雪に飲み込まれ、目の前が真っ白になる。もうダメだ。
そう思ったのと同時に、胴体にジェムの触手が巻き付いた。
釣られる魚のように、私の体はぐん! と強く引かれた。
「ぷはっ!!」
太い木の枝に巻き付いたジェムが、私を助けてくれたようだ。
「ノアさんは!?」
辺りを見回すと、ノアもぶら下がっている。
「よ、よかった! ジェム、ありがとう!」
ジェムのおかげで、九死に一生を得たわけだった。
ただ、エルクの姿はない。逃げきったことを祈るばかりである。
雪崩は収まったようだが、油断はできない。
ジェムに預けていた箒、ブリザード号を使って川の畔まで降りた。
箒のふたり乗りは初めてだったものの、なんとかやり遂げたのだった。
やっとのことで洞窟に避難する。
洞窟内は雪が固まってできた氷窟、と呼べばいいのか。
外よりもひんやりしていて寒いが、吹雪から逃れられるだけでもありがたい。
「ジェム、ここにいる間、光ってくれる?」
任されたと言わんばかりにジェムは眩い光を放つ。少し明るすぎたので、光量を絞ってもらった。
「はーーーーー」
盛大なため息が零れる。短い時間で、とんでもない目に遭ったものだ。
「ミシャさん、僕のせいで雪崩にまで遭ってしまって……」
「雪崩はノアさんのせいではないわ」
気合いを入れてきたというのに、雪崩のせいでノアは再度しょんぼりしてしまった。
そんなのノアらしくない、とはっきり言い切る。
「僕らしいって、例えばどんな?」
「普段のあなただったら、誰よりも今の事態に腹を立てているはずだわ」
「僕、そんなだった?」
「ええ、そうよ」
ノアが傍若無人でなければ、こちらの調子も狂ってしまう。
常にワガママであってほしい、と今は思った。
「とにかく、落ち込んでいる場合ではないわ。状況を整理しましょう」
まずは所持品を調べよう。
「ここにくるまで、トランクは落としてしまったわ」
「僕も」
トランクの中にはヴィルと通信魔法ができる手鏡や、転移の魔法巻物が入った生徒手帳が入っていたのに。なくしてしまうなんて、かなりの痛手である。
ポケットの中には、あとでノアにあげようと思っていた羊羹とどら焼きが二個ずつ入っているばかり。
あとはベルトに吊していた魔法の杖に、魔法の箒ブリザード号くらい。
このような事態になるとはまったく想像もしていなかったのだ。
「ノアさんは何かあったかしら?」
「僕も似たような物ばかりだ」
飴玉が三つに、板チョコが一枚、魔法の腕輪に、リップ、香水、手鏡、赤いリボンと身だしなみ用のアイテムをいくつか携帯していたようだ。
「助けを呼べそうな品は何もない」
「手鏡と香水、リボンは使えるかもしれないわ」
「どうやって使うの?」
「目印にするのよ」
ここにくるまでに発見した長い枝にリボンを使って手鏡を結びつける。この枝を崖の斜面に刺した。
「今は吹雪で何も見えないだろうけれど、晴れたら鏡がキラキラ光るはずだから」
「なるほど。捜索の目印になるんだ」
「ええ、そう」
赤いリボンもひらひら舞い動くので、雪の中では目立つだろう。
さらに、地面に香水を振りかける。強い匂いを嗅ぎつけた捜索犬などが発見してくれるかもしれない。
「と、こんなもんね。できることはやったわ」
再び洞窟へと戻り、体力を消費しないよう大人しくしておく。
エネルギー補給として、ノアが持っていたチョコレートを一緒に食べた。
「これ、すっごくおいしいチョコレートだわ。おやつの予算では買えないくらいの高価な味わいがする」
「実家から送られてきたチョコレートだったんだ。値段は知らない」
たぶん、たった一欠け食べただけで、予算オーバーになるくらいの高級チョコレートだろう。まさか、ここで食べられるなんて、夢にも思っていなかった。
「ミシャさん、この吹雪、いつまで続くの?」
「わからないわ。吹雪はいつも気まぐれなのよ」
天気がいい日でも、ふとした瞬間に天候が変わり、気づけば吹雪いていたなんて雪国あるあるだ。
「雪が吹き荒れるときは、大人しくしておくのが一番なの。無理して動いたら、あっという間に遭難してしまうから」
話を聞いていたノアは、眉間にぎゅっと皺を寄せ、自らを抱きしめる。
「僕ひとりだったら、きっと吹雪の中、崖を登ろうとしていた」
「無理にでもついていって、よかったわ」
「ミシャさんは命の恩人だ」
「おおげさね」
固い地面に座り続けるというのも、なかなかしんどい。
ローブを丸めてクッションにしようか、などと考えていたら、ジェムが私の袖をぐいぐい引っ張る。
「え、何?」
そう問いかけた瞬間、ジェムが巨大なクッションへと変化してくれた。
そのままだと眩しいので、本体は光るのを止め、触手を上のほうへ伸ばし、街灯みたいな灯りを作ってくれた。
「ノアさん、ジェムがクッションを作ってくれたわ。座りましょう」
「僕もいいの?」
ジェムは触手で丸を作る。すると、ノアは安堵した様子でジェムの上に腰掛けた。
「うわ、温かい! それに、ぷるぷるしていて、不思議な手触りだ」
「いいでしょう?」
「うん、極上のクッションだ」
ジェムのおかげで、ゆっくり休憩できそうだ。
なんて思っていたのだが、外からの異変に気づいてしまう。
『ウウウウ、ウウウウウ……!!』
最初は吹雪く音かと思っていたが、だんだんとそれが近づいてきていた。
『ウウウウ、ウウウウウウウウ!!』
不気味な声が響き渡る。
ノアが震える声で、気づきたくなかったことを口にした。
「……魔物だ」




