雪山課外授業、最終日
朝、私は驚愕することとなる。
「ノアさん、もしかして、眠れなかった!?」
「ごめん」
昨晩はぐっすり眠っているように見えたが、夜中に目が覚めてしまったらしい。
「ミシャさんがガサゴソしているときは、その雑音を子守歌に眠れたんだと思う」
「ざ、雑音って……」
「でも、ミシャさんが寝静まった途端に目を覚ましてしまって」
おそらくノアは、人の気配を身近に感じたほうが眠れるタイプなのだろう。
「だったら、手を繋いで眠ったらよかったわね」
「それはさすがにできない。長時間手を繋いで眠るなんて、ミシャさんに負担だっただろうし」
「私は平気よ。寝台をくっつけたら、横になれるし」
「なっ、どうしてそこまでできるの!?」
なぜと聞かれても、困っている友達がいたら助けたいだけだ。
そう訴えても、ノアは理解できないとばかりの表情を浮かべる。
「そんなに親切にされても、何も返せないのに」
「返す必要はないわ。私達、お友達じゃない」
友達の関係は平等で、何か貸しができたとしても、それはすぐに返す必要はない。生きていくなかで相手が困っているときに、手を差し伸べたらいいだけだ。
「ミシャさんが困っている場面なんて見たことがない」
「あるわよ、たくさん」
「あっても、その万能な精霊の使い魔が解決してしまうし」
「それは――」
ジェムがどやっと胸を張る。今だけは存在感を消していてほしかったのだが。
「ミシャさんが困っていても、僕やマオルヴルフでは解決なんてできないんだ」
「そんなことないわ。昨日の浴槽や雪かまくら作りだって、やってくれたじゃない」
「ミシャさんの使い魔もきっとできる!」
ジェムはできる! とばかりに触手を伸ばして丸を作っていた。
本当にお願いだから、大人しくしていてほしい。
「対等じゃないのに、友達なんて言えない!」
ノアはそう言って、部屋を飛びだしてしまった。
追いかけようかと思ったが、きっと今、私が何を言っても聞き入れてもらえないだろう。
ノアには冷静になる時間が必要だ。
少しだけひとりにさせてあげよう。
食堂にノアの姿はなかった。どこかで何か食べていたらいいのだが……。
朝食後、集合の時間まで、休憩用のフロアで時間を潰す。
すると、背後から声がかかった。
「ミシャ、どうしたんだ?」
振り返った先にいたのはレナ殿下だった。
「あ――いえ、なんでもないわ」
「なんでもなくはないだろう。食堂でも、心あらずな様子だったから」
まさか、食堂にいたときから見られていたなんて。
ここまで追及されてしまったら、隠すわけにはいかない。
ノアとのことについて、正直に打ち明けた。
「なるほど。ノアとケンカしてしまったんだな」
「ええ。私が世話を焼きすぎて、気にしちゃったみたい」
「ノアは律儀だからな」
なんでもノアにとって、私は初めてのお友達だったらしい。そのため、付き合い方がわからず、戸惑っているのだろう、とレナ殿下は言ってくれた。
「自分の無力さを痛感するのと同時に、使い魔の件でコンプレックスも感じていて、感情が爆発してしまったのだろう」
「難しいお年頃なのね」
「ミシャも同じ年齢だ」
「そ、そうだったわね」
少し放っておいたほうがいい、とレナ殿下は助言してくれた。
「冷静になれば、自分が間違っていたと反省するだろう。必ず謝ってくるはずだから、しばし見守っていてほしい」
「わかったわ」
幸いにも、今日の授業は魔法生物が引くソリに乗って下山するだけだ。そのあとは解散となるので、ノアも寮でぐっすり眠れるだろう。
仲直りできたら、月末に予定しているエアの誕生日パーティーに誘ってみようか。
人数が多いほうが、きっと楽しいだろうから。
外にはトナカイに似た魔法生物、エルクの群れがあった。
生徒達が乗るソリに繋げられ、スキーの林間コースみたいな道のりを下っていくらしい。
ここで使うのは、魔法生物と一時的な契約を結ぶ仮契約の魔法だ。
授業では小鳥やカエルなど小動物と短い契約を結んでいたが、エルクのような大型の魔法生物とやるのは初めてである。
エルクは大人しく、従順的な性格のようで、安全に麓まで連れて行ってくれるようだ。
私のところに連れてこられたエルクは、小柄で控えめな性格の子のようだ。仮契約の魔法にも応じてくれた。
エルクは顎の下辺りを撫でるのが好きなので、よしよししてあげると、心地よさそうに目を細めていた。
ノアも無事、仮契約の魔法が済んだようで、ソリに繋いでいる。
私は実家でソリによく乗っていたので繋ぐことができるが、ここでのやり方があると思ったので、エルクの飼育員に任せることにした。
今回、ペアとは別々にソリに乗るのだが、だいたい同時にスタートするようだ。
一時間ほどで、私達の番となる。
「――あら?」
ノアが連れているエルクの鼻息が、少し荒く見えた。
近くにいたエルクの飼育員に声をかける。
「あの、前にいるエルクですが、少し落ち着きがないように見えるのですが」
「ああ、大丈夫。あの子は少し暴れん坊でね。早く走りたくって興奮しているだけだろう」
暴れん坊で興奮……あやしい個体である。
ただ、飼育員が大丈夫だと言っているので、これまで暴走などはしなかったのだろう。
しかし、なんだか引っかかる。
「少し、エルクの様子を見てきてもらえますか?」
「心配ないよ。大丈夫だから」
飼育員はそう言って、別の生徒のもとに行ってしまった。
問題はないようだが、念のため、ノアに注意しておこう。
「ねえ、ノアさん」
「……何?」
「ノアさんのエルク、少し興奮しているみたいだから、気をつけておいて。一応、飼育員は平気だって言っていたけれど」
「どう気をつけろって言うの? 飼育員は大丈夫って言っていたんでしょう?」
「それは……そうね。ごめんなさい」
また、ノアに対してお節介をしてしまったようだ。心の中で反省した。
ついに、私達の番となる。
先にノアが出発した。私もすぐあとに続く。
出発前は少し風が強い程度だったのだが、次第に吹雪いてきた。
視界もだんだん悪くなっていく。嫌な予感しかしない。
林間コースの坂はなだらかだが、コースから外れた先は崖である。
エルクが大人しく走ってくれますように、と祈っていたら、ノアのソリが大きく傾いていることに気づいた。
「――え?」
ゆるやかなカーブだったが、ノアのエルクは大きく跳ねる。
ノアが乗ったソリはふわりと宙に浮き、手綱とソリに繋がっているベルトがブチッ! と音を立てて切れた音が鳴り響いた。




