雪山での朝
自分でもびっくりするくらい、雪の寝台でぐっすり眠ってしまった。
布団や毛布などがあったとはいえ、こんなに眠れるなんて。我がことながら信じられない気持ちになる。
身なりを整えてから寝室からでると、すでにノアは目覚めていた。
「ノアさん、おはよう」
「おはよう、ミシャさん」
ノアの目の下には、くっきりと濃いクマが刻まれていた。
「もしかして、眠れなかったの?」
「うん。昨日、お兄様とお話しできたことが嬉しすぎて、あまり眠れなかったんだ」
ヴィルと通話をしたせいで、興奮してしまったのか。
「たぶん、眠る場所がいつもと違ったから、っていうのもあったと思うけれど」
なんでも寮に入ったあとも、数日は眠れなかったらしい。
「今日は登山だから、寝不足なのは危険よ。先生に言って、休ませてもらったら?」
「それはだめ! せっかくの授業だから、最後までやり遂げないと」
「そうだけれど」
一番大事なのは、健康な体である。何事も元気でないと、やり遂げることは難しいだろう。
「朝食を食べたら元気になるから」
「うーん」
そんな会話をしているタイミングで、ホイップ先生がやってきた。
「朝よ~~って、ここは起きていたのね」
なんでもほとんどのペアが、まだ眠っていたらしい。
「結界の番があったから、みんな揃って寝不足なのよねえ」
そうだった。他のペアは結界で寒さを凌いでいたのだ。
私達は家に寒さ避けの結界を施していたので、何もしなくてよかったのだが。
一応、本人は大丈夫だと言うが、ホイップ先生に報告しておいた。
「ホイップ先生、ノアさんが寝不足だそうで」
「あらあら~、困ったわねえ」
「私は大丈夫です。心配いりませんので」
「心配な子ほど、そう言うのよ~」
ホイップ先生はそれ以上何も言わずに、朝食のサンドイッチと魔法瓶に入った紅茶を手渡してくれた。
「朝もしっかり食べてねえ」
笑顔でそう言って、ホイップ先生はいなくなる。
「ノアさん、朝食は食べられそう?」
「うん、お腹ぺこぺこ」
「私も」
そんなわけで、支給されたサンドイッチをいただくことにした。
サンドイッチはバゲットに、炙りチキンやゆで卵、野菜などがたっぷり挟まれている。
食べ応えがあって、とてもおいしかった。
朝食の時間が終わると、集合時間となった。
外はビュウビュウと強い風が吹き、雪交じりなので昨日よりも過酷な環境と化していた。
本当に登山を実施するのだろうか、と考えていたら、学年主任の先生より知らせを受けることとなった。
「今日は天候が悪い上に体調不良の生徒が多いため、登山は中止し、昇降車を使って山頂宿泊施設まで向かうこととなった」
去年の事件を警戒しているからか、登山は強行されないらしい。
ノアも寝不足でぼんやりしているからよかった。
今日は一日お休みにするようで、山頂宿泊施設に到着したら大人しくしているように、と命じられる。
魔石で動く昇降車が登場する。それは芋虫の形に似た、巨大な魔導具だった。
雪国専用のようで、ここ以外では運用されていないらしい。
先に体調不良を訴えている生徒から乗り込んで、山頂宿泊施設を目指すようだ。
「なんだ、あれ、気持ち悪い」
「す、すごい、その、個性的な外見よね」
芋虫型の昇降機は、うねうねと車体をうねらせながら山頂を目指していく。
「なるほど。あの形状じゃないと、雪を登れないんだ」
「そうみたい」
便利な品があったわけである。
それから三時間ほどかけて、昇降車は登り降りを繰り返し、生徒全員を山頂へ運んだのだった。
山頂宿泊施設でも、ペアで部屋を使う。昨日は部屋が別れていたが、今日は完全に同室である。
寝台に小さなテーブル、暖炉があるばかりのシンプルな部屋だ。
ノアは寝台に倒れ込み、少し眠ると言って布団を被った。
今が一番の眠気のピークなのだろう。睡眠を邪魔したら悪いので、ひとりにしてあげた。
ジェムと一緒に、山頂宿泊施設の探検をしよう。
まず、目に付いたのは大きな食堂である。ここではブッフェ形式で食事が提供されるようだ。
他にも休憩用のフロアや売店、遊技場に大入浴場などなど、充実の施設がある。
皆、部屋でゆっくり過ごしているのか、廊下には誰もいなかった。
休憩用のフロアでしばらくのんびりしていようか、と思っていたところに、声がかかる。
「ミシャじゃないか」
振り返った先にいたのは、エアである。
「エア、こんなところでどうしたの?」
「ミシャのほうこそ」
「私はノアが熟睡しているから、ゆっくり眠れるように部屋をでてきたの」
「奇遇だな。俺もだ」
なんでもレナ殿下はよく眠れなかったようで、部屋についた途端に眠ってしまったらしい。
「俺は普通に眠れたから、平気なんだ」
「私もよ」
「みんな、繊細なんだな」
「図太くてよかったわ」
「同じく」
そんな訳なので、エアと一緒に時間を潰すことにした。