雪山での夜
バーベキューを堪能したあとは、お風呂である。
雪の魔鉱石から作った浴槽はノアの寝室に運び、雪を溶かした湯に浸かるようだ。
「雪もジェムに運んでもらう?」
「いいや、平気」
ノアが取りだしたのは革袋だった。一見して普通の革袋に見えるが、空間魔法が施された物らしい。これに雪を入れて運ぶようだ。
外にでるとノアはマオルヴルフに命じ、雪を掻きだす。それを袋にどんどん詰めていくようだ。
あっという間に袋の中は雪で満たされ、家の中へ運んで浴槽に入れる。
浴槽の中で山盛りになった雪は、火の魔石によって溶かされた。
あっという間に、雪どけ風呂が完成する。
ノアはいそいそとした様子で、シャンプーやリンス、香油や入浴剤などを用意していた。
「へえ、いろいろあるのね」
「いろいろって、普段、ミシャさんは何を使っているの?」
「石けんだけよ」
「石けんだけ!?」
ノアがカッと目を見開いて聞き返すので、びっくりしてしまう。
「なんでシャンプーとリンスを使わないの!?」
「なんでって、高級品だし」
シャンプーとリンスを毎日使えるのは、裕福なご家庭の特権である。
私みたいなその他大勢にカテゴライズされる者達は、石けんで全身を洗っているのだ。
「待って。ミシャさんの髪、石けんだけでこんなにつるつるになるの?」
「お手製の石けんだからかしら?」
リチュオル家では年に一度、石けん作りを行う。
石けんは熟成期間が必要なので、一気に作って保管しておくのだ。
オリーブオイルとローズマリーオイル、それからラウライフで採れるスノー・リーフをたっぷり入れた、とっておきの石けんは髪がごわついたり、キシキシになったりしない。とっておきなのだ。
「それ、僕も使いたい!」
「いいけれど、私の髪質に合っているだけかもしれないわよ」
「それでもいいから」
なんでも私がなんのシャンプーを使っているのか、出会ったときから気になっていたらしい。
「そんなに前から気になっていたのね」
「そう!」
シャンプーやリンスと交換してくれと言うが、高価であろう品々はいただけない。
「半分カットしたのをあげるわ」
「いいの?」
「ええ。その代わり、香油を少しだけ使わせてくれる?」
「もちろん!」
ノアは何か香水を付けているのかと思っていたのだが、香油の匂いだったようだ。
蜜ユリとスイートスズランをブレンドした特注の品らしい。
小瓶にわけてくれた。
そんなわけで、私達はバスグッズを交換し、お風呂を堪能したのだった。
あとは寝るばかりなのだが、何か忘れているような気がした。
そのタイミングで、ジェムが鞄から魔法の手鏡を取りだす。
「あ!!」
ヴィルと話をする約束を、すっかり忘れていた。
慌てて魔法を発動させると、すぐにヴィルはでてくれた。
ヴィルはどんよりした様子で、話しかけてくる。
『ミシャ、待ちくたびれた』
「ご、ごめんなさい。いろいろしていたら、こんな時間になってしまいました!」
うっかり忘れていた、とは口が裂けても言えなかった。
『一日、大変だっただろう?』
「ええ」
けれども楽しい一日だった。
『ノアはミシャを困らせなかったか?』
「いいえ、それどころか、いろいろ助けてもらいました」
『そうか、それはよかった』
もしもノアが反抗的な態度を見せていたら、呼びだして説教するつもりだったらしい。ノアと仲良くなっていてよかった、と心から思った。
『そういえば、ノアはどこにいるんだ? ペアで共に夜を過ごすのだろう?』
「ノアさんは自分の寝室にいます。とっても大きな家を魔法で造ったんです」
手鏡ごと移動し、雪の家の中を案内していく。
『これを魔法で造ったというのか。すばらしいな』
「ノアさんとの合わせ技なんです」
最後に、ヴィルはノアと話をしたいというので、彼の寝室をノックした。
ネグリジェ姿の美少女(に見える美少年)が顔を覗かせる。
「何?」
「ヴィル先輩と通信魔法で繋がっているんだけれど、少しノアさんとお喋りしたいって」
「お兄様が!?」
ノアは慌てた様子で魔法学校のローブを着込み、髪の毛も整えてから魔法の手鏡を手にする。
「お待たせしました、お兄様!」
『ノア、夜分にすまない』
「いえいえ! お兄様とお話しできるなんて、いつでも嬉しいです!」
ノアはヴィルを心から慕っているのだろう。本当に嬉しそうな表情でお喋りしている。
『雪山という慣れない環境で大変だろうが、ミシャのことを頼む』
「はい!」
最後に挨拶し、通信魔法は途切れた。
ノアは胸に手を当てて、ふーーーーーと深く長い息を吐いていた。
「まさかお兄様とお話しできるなんて、夢にも思っていなかった」
「突然ごめんなさいね」
「謝らないで。逆に、お礼を言いたいくらいだよ」
兄弟であっても言葉を交わす機会はほとんどないようで、ヴィルと喋ったのは社交界でデビュー以来だという。
「えっ!? 降誕祭のときは?」
「お兄様は晩餐会にいらっしゃらなかったから」
「そ、そうだったの」
もしかしたら、弟であるノアよりも、私のほうがヴィルと言葉を交わしているのかもしれない。
その事実は黙っておいたほうがよさそうだ。




