ノアと一緒に
布団はホイップ先生が持ってきてくれた圧縮魔法がかかった寝具を使う。
表面に描かれた呪文を擦ってから雪の寝台の上に放り投げると、ぽん! と弾けるような音を立てて布団が飛びだしてきた。
ふかふかの布団に枕、毛布、羽布団のセットのようだ。これだけあれば、一晩ゆっくり眠れるだろう。
午後から授業が始まる前に、少し眠ろうか、なんて考えていたのに、ノアがやってくる。
「ねえ、ミシャさん! 他の人の家を見に行こう!」
「そうね」
こんなふうに誘ってくるとは思ってもいなかったので、少し驚いてしまう。
いい傾向だ、と思ってノアのお誘いに応じることにした。
外にでると、生徒の人だかりができていたので驚く。
私達が登場するなり、絶賛し始めた。
「すごい家ね!」
「本物みたい」
「雪の家って信じられない」
ノアは悪い気はしない、とばかりの笑みを浮かべていた。
私はなんだか気恥ずかしくなってしまう。
ノアはとっておきの猫を被ると、優しい声で生徒達に話しかけていた。
「好きなだけ、ご覧になって」
そんな言葉を聞いた生徒達は、ワッと歓声をあげて雪の家に駆けていった。
「ノアさん、いいの? 家の中に入られたら困らない?」
「扉は僕かミシャさんの魔力を感知しないと開かないようになっているから」
「さ、さすが」
そんな話を聞いた次の瞬間、扉が開かない! と叫ぶ声が聞こえた。
ノアは悪魔のような形相を浮かべ、私以外に聞こえないような低い声で言葉を発する。
「あいつら、やっぱり入ろうとした」
「まあ、中に入ってはいけないって言っていないからね」
「見てもいいって言われても、普通は家の中にまで入らないだろうが」
「まあまあ」
ノアはこれまで花嫁学校で、少ない言葉からすべてを察する能力を磨いてきたのだろう。
それは一つの言葉から十の情報を読み取らなければならない。
先ほどの「好きなだけ、ご覧になって」という言葉も、家の中には入らず、常識の範囲で見学してほしい、という意味だったのだ。
「魔法学校でしてほしくないことは、全部口にださないと伝わらないわ」
「だから、ミシャさんは僕のことを無視していたの?」
「む、無視!?」
「ずっと話がしたいと思って、見ていたのに」
「ぜんぜん気づかなかったわ」
私は鈍感なほうなので、他の人よりも言葉にしないと伝わらないのだ。
「その、貴族女性としての教養はそこまで備わっていないから」
「ふーん、そうだったんだ」
なんでもヴィルが傍に置いている女性なので、完璧なのだろうと思い込んでいたらしい。
「気づかないふりを続けるということは、僕を嫌っているんだって思っていたから」
「逆よ! ノアさんが私を嫌っているって決めつけていたの!」
「僕がミシャさんを? そんなわけないじゃん」
「えーーーーー!!」
どうやら私達は気持ちがすれ違っていたらしい。
私はノアを嫌っていないとはっきり伝えた。
「ヴィル先輩に近づく私を、馬の骨とか思っていなかったの?」
「は!? どうしてそんなこと思うの? ミシャさんはお兄様の命の恩人なのに!」
どうやらずっと、改めてお礼を言いたい、とノアは待っていてくれたようだ。
「コルセットが苦しかったときに、助けてくれたことにも感謝したかったのに、ミシャさんの周囲にはいつも友達がいて、近づけなかったんだ」
「そうだったのね」
「友達がいなくなったかと思ったら全力疾走でいなくなるし、お兄様が傍にいるし、使い魔が僕を睨んでけん制しているときもあったし」
「ジェムが?」
思わず背後を転がっていたジェムを振り返ったが、「何か?」みたいな不思議そうな目で見てくるばかりだった。
「とにかく、僕のほうから話しかけられるような状況ではなかったってこと! 僕は、ミシャさんを嫌っていたわけではない。わかった!?」
「え、ええ、わかったわ」
嫌われているわけではなかったとわかり、ホッと胸をなで下ろす。
「出会った当初は、失礼な態度を取ったと思っている」
あの当時はとにかくコルセットが苦しかっただけでなく、見世物状態で不躾な視線に晒されて不快な気持ちを持て余していたらしい。
「鬱憤のすべてを、ミシャさんで発散してしまったんだ。その、あのときは、ごめんなさい」
もともと怒りを引きずっていたわけではなかったが、ずっとどうしてあんな物言いをしていたのか謎だったのだ。事情を説明した上に謝ってくれたので、きれいさっぱり水に流すことにした。
「いいわ。許してあげる」
「あ、ありがとう」
私はノアに手を差し伸べる。
「何、その手」
「これから仲良くしましょうって意味よ」
嫌だ、と拒否されるかもしれないと思ったが、ノアは素直に手を握ってくれた。