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始まり

 さらさらとした雪に足を踏み入れる。ぎゅっと音が鳴る踏み心地は慣れたものだった。

 この辺りは除雪されているようで、そこまで降り積もっていない。

 けれども生徒達は足を取られ、ギャアギャアと悲鳴を上げていた。


 レナ殿下は傍にいた女子生徒の手を取り、エスコートしている。

 彼女も雪に慣れていないだろうに、まるで絨毯の上を歩いているような優雅さを披露していた。


 アリーセはクラスメイト達と支え合ってなんとか立っているように見える。大丈夫なのか、心配になってしまった。


 思っていたよりも寒くない上に、雪も降っていなければ風も吹いておらず、空は晴天だ。

 雪がある環境の中では、かなり良好な状態だろう。

 続いて転移してきたらしいエアが声をかけてきた。


「ミシャ、大丈夫かって、雪国出身だったな」

「ええ、これくらいだったら平気よ」

「おお、さすがだ。やっぱりミシャの実家がある場所のほうが寒いし雪が深いのか?」

「そうね。これは春くらいの積雪量かしら?」

「へえ、春でもこんなに積もっているんだな」


 雪山課外授業に参加する生徒全員転移してきたようで、召集がかかる。参加人数は百人ちょっとくらいか。


「思っていたよりも少ないな」

「本当に」


 去年、いろいろ騒動があったようなので、参加を断念した者達が多いのだろう。


 学年主任の先生が雪山での注意点を述べる。

 こういうのは出発前にしてほしいのだが……。

 ありがたいお話を十五分ほど聞いたあと、野営地に移動するという。

 各々トランクを抱えた状態で、ここから一時間ほど歩くらしい。

 生徒達はなぜ野営地に直接転移しなかったのか、とブーブー文句を言っていた。

 ここへやってきたのは遊びではない、授業なのだ。なんて説教されていた。

 思っていたよりも寒くなかったので、遠足気分が抜けていないのだろう。


 移動はペアではなく、クラスごとに行うらしい。


「スノーシューはここで着けていったほうがよさそうね」

「だな」


 アリーセのもとへいくと、雪に沈んだトランクを発見する。


「これ、アリーセのトランク?」

「ええ、わたくしのですけれど」

「なんだか重たそうね」


 持ち上げてみたら、「うっ!!」と苦悶の声をあげてしまう。

 いったい何を入れているのか。


「あの、アリーセ。このトランク、すごい重量だけれど、中に何が入っているの?」

「お化粧品や飲料水などを詰めていたら、このように重たくなってしまいました」


 これを持って野営地まで歩いていけるのか、心配になってしまった。


「今日は平地を歩くからいいとして、明日は登山するのだけれど、持ち歩けるの?」

「頑張りますわ」


 拳を握って決意表明するアリーセだったが、少し風が吹いただけで倒れそうになっていた。慌ててエアが受け止める。


「大丈夫か?」

「え、ええ。大丈夫ですわ」


 このお嬢様、本当に大丈夫なのか。

 不安しかない。


 そういえば、私のトランクも無理矢理詰め込んだものだった、と思い出す。

 開いたら中身が勢いよく飛びだしてきそうだ。

 いい感じに取りだせる自信がないので、ジェムにお願いしてみた。


「あの、ジェム。このトランクの中から、スノーシューだけだせるかしら?」


 マフラーを貰って上機嫌なジェムは、すぐにスノーシューを取り、蓋を閉じてくれた。

 ジェムに感謝し、スノーシューを靴に装着させる。


「おお、すごい! 足が沈まない!」

「歩きやすくもなりました」

「でしょう?」


 きっと山に近づくにつれて、雪が深くなる。

 そんな状況になれば、スノーシューの効果は最大に発揮されるだろう。


「みんな~~、真面目についてきてねえ~~!」


 ホイップ先生の誘導で、野営地までの移動を開始した。


「くっ、うっ、ううん」


 まだ三歩くらいしか歩いていないのに、すでにアリーセは苦しそうだ。

 やはり、あのトランクを持って雪の中を歩くのは無理がある。


「なあ、アリーセ。俺のトランクと交換しようか?」

「へ、平気、ですわ」


 エアのトランクには必要最低限の品しか入っていないようで、とても軽かった。

 彼の親切に甘えたらいいのに、アリーセは頑なな様子で信じられないほど重たいトランクを運んでいる。

 たぶん、何を言っても自分で運ぶと言って聞き入れてくれないだろう。

 このままでは、アリーセが倒れてしまう。

 何かトランクを簡単に運べる方法はないのか。と思っていたら、ピンと閃いた。


「ねえ、ジェム、ソリに変化できる?」


 ジェムは触手を伸ばして丸を作ったあと、すぐにソリに変化した。

 ソリならば、重たいトランクもスムーズに運べるはずだ。


「アリーセ、ジェムに頼んで、ソリを作ってもらったわ。ここに荷物を載せて、一緒に運びましょう」

「いいのですか?」

「もちろんよ」


 アリーセと私のトランクをジェムが変化したソリに重ねておく。

 トランクが落ちないよう、ベルトで固定された状態で、ジェムが伸ばしてくれた縄をアリーセと一緒に握った。

 ソリは雪の上をするする滑る。実家で使っていたソリよりも、使い勝手がよかった。さすが、ジェムである。

 トランクを抱えていないだけで、かなり楽になった。

 アリーセは今にも泣きそうな表情で、お礼を言ってくれた。


「ミシャ、ありがとうございます。このご恩は、一生忘れません!」

「大げさな」

「そんなことありませんわ!」


 ジェムのおかげで、なんとか無事に野営地までトランクを運ぶことに成功したのだった。

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