出発の朝
とうとう出発の朝となった。
今日もいつも通り、レナ殿下と一緒に食卓を囲む。
朝食はコンビーフとキャベツのサンドイッチに厚切りベーコン、チーズオムレツ、ハーブサラダをワンプレートにたっぷり盛り付けた。
雪山に挑むということで、料理はいつもよりカロリー高めだ。
コンビーフはホリデー前に手作りしたものである。少し味見をしてみたのだが、思っていた以上においしい仕上がりだった。
レナ殿下はいつもの二倍はありそうなボリュームに驚いていたものの、ペロリと完食してくれた。
レナ殿下と二人で食器を洗ってから、登校する。
家をでる前に、ジェムに手作りのマフラーをくるくる巻く。
球体にマフラーを巻くのは一苦労だ、なんて口にしたら、ジェムはくびれを作ってくれた。
「うん、かわいい!」
マフラーなんてジェムには必要ないのだが、雪山でジェムを見失わないために作ってみた。目立つように、毛糸は赤を選んだ。
ジェムはマフラーが嬉しかったようで、コロコロと転がっている。
その様子をいつまでも見ていたかったのだが、そろそろ登校しなければ。
校舎までの道のりを、レナ殿下と歩いていく。
「ミシャ、雪山課外授業の前なのに、朝食を用意してくれてありがとう」
「いえいえ。早く食べなければいけない食材もあったから、食べてくれて助かったわ」
三日も家を空けるので、卵は消費してから出発したかったのだ。
「あの、チーズが入ったオムレツは本当においしかった」
「罪の味よねえ」
「たしかに」
普段だったらちまちま使っているチーズも、雪山対策だ! とばかりにたっぷり入れてしまった。その結果、これまで食べたどのチーズオムレツよりもおいしく仕上がっていたわけである。
「オムレツにチーズを入れようだなんて、よく思いついたな」
「いやいや、まあ、その、私が考えたわけでなく」
前世では珍しくもないアレンジメニューです、とは言えなかった。
「ラウライフではよく食べていたのか?」
「あー、まあー、そうね」
雪深いラウライフの地では、冬になる前に鶏は潰してしまうし、牛も飼育しておらず、商人から買い取っていた。そのため、卵と乳製品は高級品で、冬はとくにおいそれと口にできるものではない。
前世云々はヴィル以外に話すつもりはないので、チーズオムレツはラウライフの料理だということにしておこう。
レナ殿下と登校する中で、彼女に聞きたかったことがあったのだと思い出す。
「そういえば、雪山課外授業でエアとペアになっているのよね? その、夜とか大丈夫? よかったらその、私のペアであるノアと交代することもできるけれど」
その提案を聞いたレナ殿下は、くすくすと笑いだす。
「あの、私、変なことを言った?」
「いいや、どちらにせよ、男女で過ごすことに変わりはないと思って」
「そういえば、そうね。いえ、その、エアは私と友達だから、いいと思って」
「そうか。まあ、大丈夫だろう。彼は善良な男だからな。もしも私の性別に気づいてしまっても、見て見ぬ振りをしてくれるだろう」
「たしかに……」
エアとレナ殿下は特別仲がいいわけではないものの、なんとか上手くやれるだろう、と考えていたようだ。
「逆にミシャは、ノアと一緒で大丈夫なのか?」
「私? ああ、そうね。ちょっぴり心配ではあるけれど、ノアと打ち解けられるいい機会かもしれないって、思ったり、思わなかったり」
私の曖昧な物言いが面白かったようで、レナ殿下はくすくす笑っていた。
「私、ノアの兄君であるヴィル先輩とよく一緒にいるから、いいように思われていないようで」
「ただの嫉妬だろう。ノア自身があまりヴィルと接する機会がないから、羨ましいと思っているのに、素直になれないだけだ」
「そうなのね。どうやったら仲良くなれると思う?」
「特に気遣いなどせずに、自然に接することができれば、ノアもミシャを受け入れてくれるだろう」
それが一番難しいような気がするのだが……。
まあ、頑張るしかないのだろう。
教室に行くと、雪山へ行くクラスメイト達が少しはしゃいでいた。
遠足気分なのか。きっと、雪山へ足を踏み入れたら、その元気も消え失せるだろう。
ノアは友達に囲まれており、楽しそうに話していた。
挨拶でもしてみようか。
あの輪の中に入っていくのは、軽い恐怖でしかないのだが。
腹をくくって、ノアに声をかけてみた。
「ノア、おはよう。今日はよろしくね」
私が朝の挨拶をしてくると思わなかったのか、ノアは大きな瞳をさらに大きくしていた。
無視されるかも、と思ったが、言葉を返してくれた。
「私のほうこそ、よろしく」
少々ぶっきらぼうな物言いだったが、会話のキャッチボールが初めて上手くできた気がして嬉しくなる。
「じゃあ、またあとで」
「うん」
ごくごく普通に別れることができたので、ホッと胸をなで下ろした。
エアはいつも通りに挨拶してくれた。
「ミシャ、おはよう」
「おはよう、エア」
席に着いた途端、エアが手招く。
「どうしたの?」
「ミシャ、お菓子の予算はまだ残っているか?」
「ええ、少しだけ」
「よかった」
エアは紙袋を差しだしてみる。
「これ、ミシャにって、おじさんが送ってきたんだ」
「ミュラー男爵が私に?」
エアはヒソヒソ声で、魔導カードの第七弾のボックスだ、と教えてくれた。
「えっ、箱ごと!? いいの?」
「ああ、ぜひ渡してくれって言っていた」
ボックスは十パック入りで、お値段にして千紙幣ほど。その程度であれば、おやつの予算内である。
これをクラスメイト達に見られたら大変なことになる。早くしまわないと。ただトランクに入るだろうか。なんて悩んでいたら、ジェムが私から紙袋を取り上げ、素早くトランクにしまってくれた。
「実は先日、魔導カードを開封したら、このカードがでたの」
「おお、バースト・スーパー・ストームじゃないか。このカードのエフェクト、かっこいいんだよな」
なんでも第六弾の目玉であるカードがまだでていないようで、コレクター達が血眼で探しているらしい。
「目玉のカードって?」
「星が八個もある、〝炎帝の赤竜エクスプロシオン〟だ」
それは先日、ヴィルが引き当てたカードのことだろう。
魔導カードの熱心なファンであるコレクター達は、他人が所持しているカードでも目にしたい、と思っているらしい。
ヴィルが所持していることは黙っておいたほうがよさそうだ。
「まあ、ペアと気まずくなったら、カードの開封でもしておけよ」
「エア、いいアイデアだわ」
ノアは魔導カードになんか興味はないかもしれない。その場合は、私の暇つぶしになりそうだ。
そんな会話をしていると、ホイップ先生がやってくる。
ホームルームでは防寒用の手袋やマフラーなどが配布された。
クラスメイト全員のお揃いである。毛糸がふかふかで、手触りは最高だった。
あらかじめ購入していた耳当て付きの帽子なども被っておく。
全身もこもこになってしまったが、挑むのは雪山だ。やり過ぎなくらいがちょうどいいのだろう。
雪山までは転移扉を使って移動する。
扉を抜けた向こう側には、一面純白の世界が広がっていた。