合流しよう
道具屋の近くにあった喫茶店の窓際に、エアとアリーセは座っていた。
気まずい空気が流れていると思いきや、二人とも楽しそうに笑っている。
なんだか初々しいカップルに見えてきた。
間に割って入って邪魔するのも悪いと感じるくらいの、いい雰囲気である。
あとは若い二人で、と言いたいところだが、文句を言われそうなので合流しよう。
喫茶店に入っても、エアとアリーセが私に気づく様子はない。それだけ会話に夢中なのだろう。
申し訳ない、と思いつつも、声をかけた。
「二人とも、お待たせ!」
「ああ、ミシャ」
「おかえりなさいませ」
お邪魔虫をしてごめん、と思ったがエアとアリーセはにこやかに迎えてくれた。
アリーセがいるほうに腰掛ける。ジェムは私の足下にぎゅうぎゅうになって入り込んでいた。
「あれ、食べ物は注文していなかったの?」
「ミシャが来てから選びましょうって、話していたの」
「一緒に決めようぜ」
「アリーセ、エア、ありがとう……!」
なんていい子達なのか、と感激してしまった。
メニューを開いて、何を頼もうか吟味する。
いろいろ歩き回ったので、がっつり食べたい。
「二人はもう決めたの?」
「いや、まだだ」
「紅茶だけ頼んで、お喋りしていましたの」
「そうだったのね」
喫茶店には三十種類くらいの豊富なメニューが用意されていた。
どれにしようか迷ったが、私は普段、調理が面倒でなかなか口にできない尾長エビのサンドイッチにした。
エアはステーキランチ、アリーセはチーズタルトにしたようだ。
「おい、アリーセ、それで足りるのか?」
「あまりお腹が空いておりませんの」
「そんなんじゃ、大きくなれないからな」
「これ以上大きくなっても困りますわ」
エアとアリーセは短い時間で、ずいぶんと打ち解けたように見える。
窓越しに見た様子は、本当にお似合いのカップルみたいだった。
本当に付き合ったらいいのに、と思ったが、それは許されないだろう。
いくら魔法学校が結婚相手を探す場所とはいえ、この国は身分社会である。
同じような家柄の者同士でないと、結婚はおろか、恋人関係になることすら許されないのだ。
もしもアリーセが本気でエアを好きになったら、彼女の両親は絶対に許さないだろう。
そうなったらアリーセは悲しみに明け暮れ、落ち込んでしまうのだろうか。
残酷な結末を迎えるまえに、恋を摘み取ったほうがいいのでは?
なんて考えが脳裏をよぎり――。
「ミシャ、どうしましたの」
「な、なんでもないわ!」
いけないいけない。まだ始まってもいない関係を危惧し、思い悩むなんて。
人間関係は自然な成り行きに任せるのが一番だろう。
たとえ、遠くない未来にアリーセが涙を流すようなことになっても、彼女ならば乗り越えられるはず。
そう、今は言い聞かせるしかないだろう。
「不思議ですわね」
ぽつり、とアリーセは呟く。
「最初はわたくし達、ぜんぜん仲がよくなかったのに、今はこうして仲良しですわ」
「それはたしかに」
アリーセの第一印象は最悪だったが、素直に心配していると言えなかっただけだったのだ。
彼女は一見して気が強く、ワガママ貴族に見えるが、実際にはそうではない。
自分の本音を口にするのが苦手な、心優しい少女なのだ。
「初めの頃、ミシャはわたくしのことを嫌っていたでしょう?」
「そんなことはないわ。ただ、どうやって接すればいいのか、わからなかっただけで」
「誰だって最初はどんなふうに喋ればいいか、わからないもんだ。探り探り会話をする中で、その人と自分が重なり合うような波長を掴んでいくんだよ」
エアのその言葉は、私の胸に響く。
ずっと、ノアとどうやって接すればいいのか、頭を悩ませていたのだ。
下手なことを言って、怒らせたら面倒だ。そう思って、深く関わらないほうがいい、と思ったところもあったのかもしれない。
「そうね。エアの言うとおりだわ」
「なんだよ、妙にすっきりした顔をして」
「実は、ノアとの付き合い方について、悩んでいたの。彼女、表面上はにこやかだけれど、中身はとても気難しそうでしょう?」
「たしかに」
ノアを怒らせてはいけない、と考えること自体、間違っていたのかもしれない。
雪山課外授業の間に、仲良くなれたらいいな、と初めて思ったのだった。
それから料理が運ばれてきて、楽しくおいしくいただいた。
こうしてみんなでわいわいランチを食べるのもいいな、と思う。
前世では放課後は勉強に明け暮れ、友達とファミレスにごはんを食べに行くことなんて一度もなかったから。
こんなに楽しいものであれば、前世でもやっておけばよかった、と後悔する。
学生時代のキラキラ輝く時間は、今、この瞬間にしか味わえないものだろうから。
喫茶店をあとにすると、今度はお菓子を買いに行くこととなった。




