ミシャとノアの関係
ヴィルは大きな瞳を極限まで見開き、ワナワナと震えていた。
「ミシャ、ノアが男だということは、知っているだろう?」
「ええ、存じています。ただ、ノアさんが女子生徒として通っている以上、誰かがペアにならなければならなかったわけで」
彼が男だとわかっている私であれば、バレる心配もない。ノアにとってはよかったのではないか、と思っていた。
「なぜ、そのように平然としている? 夜、ノアに襲われたら、とか思わなかったのか?」
「いいえ、思いませんでした。ノアさんは、私のことを嫌っていますから」
「は?」
理解しがたい、という表情でヴィルは私を見つめる。
「どうしてミシャを嫌う? ありえないだろうが」
「いや、嫌っているというのは言い過ぎかもしれません。えー、そのー、関わり合いになりたくない、と言えばいいのか」
ノア本人でないのではっきり言えないものの、私に対してよくない感情を抱いていることは確かである。
「この世に、ミシャを愛さない者がいた……だと?」
「いや、たくさんいますって。現に私は一度婚約破棄されていますし」
そう訴えた瞬間、ヴィルの表情が怒りに染まっていく。
「ああ、そういえばいたな。ミシャに対して狼藉を働いた愚か者どもが!」
ルドルフとリジーの話題をだしてしまったせいで、余計にヴィルを怒らせてしまった。
鎮まり賜え、鎮まり賜え、と心の中で祈る。
「あの者達はさておき、ノアと何かあったのか?」
「いえ、何かというほどの物事があったわけではないのですが……」
社交界デビューの夜会のさいに、偶然ノアと出会った話を打ち明ける。
「廊下でヴィルを待とうとしていたら、蹲っているノアさんを発見しまして」
たしか、矯正下着の締め付けがきつくて、座り込んでいたのだ。
「すぐに助けたのですが、一人のようだったのでどうしたのかと聞いたら、付添人を撒いてきたと言うものですから、叱ってしまったんですよ」
ノアはプライドがどこまでも高いので、私なんかに助けられた挙げ句、男であることがバレてしまったのが悔しかったのだろう。
「それに、いつか本当は男なんだ、と正体を明かされるかもしれないと思って、警戒しているところもあるのかもしれません」
「なるほどな。ノアの気持ちは理解できないが、事情は把握できた」
きっとヴィルが心配するようなことは起きない。
なぜならば、ノアはレナ殿下の婚約者としてのプロ意識があるから。
「そんなわけですので、その、心配はしていないんですよ」
腕を組んで話を聞いていたヴィルが、思いがけない提案をする。
「夜になって密室で二人きりになる前に、魔法の手鏡で通信を開始する。絶対に、二人っきりにはさせない」
「見張っておく、ということですか?」
ヴィルは深々と頷いた。
「大変なのでは?」
「ミシャとノアが二人っきりでいてモヤモヤするより、監視していたほうがマシだ」
「はあ、わかりました。では、当日はよろしくお願いします」
ようやく安心できたのか、ヴィルは転移の魔法札を使って寮に戻った。
なんというか、嵐が去ったような出来事だった。
◇◇◇
ヴィルが帰ったあとは、雪山課外授業で食べるお菓子を作る。
予算である半銀貨で、材料を買っていたのだ。
使うのは、昨晩から水に浸けていた赤豆。
日本にある小豆に似た豆で、甘く煮込むとあんこみたいになるのだ。
作るのは、羊羹。
これならば、雪山に持っていっても凍らない。
下手なお菓子を持って行くと、寒さでカチコチになって食べられないのだ。
羊羹くらい砂糖がたくさん入っている物は、固まらずにいつでも食べることができる。
前世の記憶が戻ってから、あんこを食べたくてたまらなかったのだ。
さっそく、調理に取りかかる。
まず、鍋に水と赤豆を入れて茹でこぼす。これをしていると、赤豆の渋みなどを取り除くことができるのだ。
湯を切ったあと赤豆をきれいになるまで洗い、その後、鍋に再度水と赤豆を入れて、あく取りをしつつじっくり煮込む。
赤豆がやわらかくなったのを確認したら、砂糖を数回にわけて加え、水分がなくなるまで煮詰めたら完成だ。
続いてアガーと呼ばれる寒天みたいなものを湯で溶かし、あんこと水飴を入れてよく練っていく。
もったりしてきたら型に流し込んで一晩冷やすのだが、ここは氷魔法が使えるジェムに急速冷凍を使ってもらおう。
「ジェム、この羊羹を氷魔法で固めてくれる?」
任せて! とばかりにジェムが触手でポンと胸(?)を打った。
ジェムが大きく口を開いたので、その中に入れてみる。
口を閉ざしたあと、氷魔法の魔法陣が浮かび上がった。
ジェムが再び口を開くと、そこにはぷるぷるに固まった羊羹が完成しているではないか。
「おいしそうにできているわ! ジェム、ありがとう」
ジェムは私に会釈を返してくれた。
ドキドキしながら、羊羹をカットする。
強力だったであろうジェムの氷魔法を受けても、羊羹は凍っていなかった。
型から取りだし、ナイフでカットする。
端っこを食べてみたが、なめらかであんこの味も濃く、しっかり甘い。
雪山でのエネルギー補給にぴったりの一品ができたわけだ。




