お手軽パイを作ろう!
ヴィルを慕う魔法動物達に見守られながら、料理教室は開始となった。
まずは調理台の上に材料を並べる。
昨日、閉店間際のまとめ売りでうっかり大量に買ってしまったクロワッサンに、カボチャ、トマト、セロリ、ベーコン、チーズ、卵、生クリーム、タイム、フェンネルシード、ナツメグ――。
ヴィルは材料を眺め、何を作るのか推理しているようだった。
「サンドイッチでも作るのか?」
「いいえ、今日はこの材料で、野菜とベーコンのパイを作ります」
食べきれないであろうクロワッサンの救済メニューとも言える。
「まず、パイの土台となる生地を作ります」
パイ生地は強力粉と薄力粉に塩を加えた水を入れ、丁寧に練った生地にバターを折り込んで何度も重ねては伸ばして、重ねては伸ばしてという工程を経て完成――と、手間暇がかかるものである。
けれどもパイ生地の代用としてクロワッサンを使えば、簡単にパイの土台を作ることができるのだ。
「ではまず、包丁でクロワッサンの開きを作っていただけますか?」
「開き?」
「えー、その、こうして魚を捌くように、クロワッサンのお腹に包丁を入れてみてください」
クロワッサンのお腹ってなんだ、と思いつつ、包丁を手に取る。
柄を握った瞬間、普段、私が使っている包丁でないことに気づいた。そういえば、ここに刃物は持ってきていない。
私が今手にしている包丁は、クリスタルみたいな透明で美しい物だった。
こんな包丁なんて見たことない――と考えていたが、すぐにその正体に気づく。
「もしかしてこれ、ジェムが変化したものなの?」
私の問いかけに答えるように、包丁がキラリと輝いた。
ジェムが変化したという包丁は独立していて、どこにも繋がっていない。スライムの分裂的なシステムなのだろうか。よくわからないが、ありがたく使わせていただく。
「クロワッサンはこう、ここに包丁を入れて、切り目を開きます」
「なるほど。理解した」
ヴィルは器用な手つきで、クロワッサンの開きを作っていく。
開きにしたクロワッサンは、バターを塗った型に敷き詰めておくようにお願いしておいた。
「クロワッサンの白い部分は上に、焼き色が付いている部分は下になるようにお願いします。ソースが型に零れないよう、クロワッサンは二、三枚重ねてください」
「わかった」
その間に、私は野菜とベーコンをカットしていった。
ジェムが変化した包丁の切れ味が大変よく、普段使いしたいレベルであった。
鍋に塩コショウを振って下味を付けた野菜とベーコンを炒め、火が通ったら粗熱を取るため放置する。
「次はどうする?」
ヴィルは言われたとおりクロワッサンを開きにし、パイ用の型に丁寧に敷き詰めてくれたようだ。丁寧な仕事っぷりに感心する。
「ソースを作りましょう」
生クリームと濾した卵、すりおろしたチーズをたっぷり入れ、さらに刻んだタイムとナツメグを混ぜ合わせる。
そこに粗熱が取れた野菜とベーコンを混ぜたものを加え、クロワッサンの型に流し込む。
上にたっぷりチーズを振りかけ、さらにフェンネルシードをパラパラとふりかけたものを、オーブンで一時間ほど焼くのだ。
ジェムが変化したオーブンなので、焼き加減が心配だ。
伝わるかわからないが、希望の温度を言ってみる。
「ジェム、いい? 百六十度くらいで一時間、焼いてほしいの」
反応はなかったが、ジェムの奇跡を信じるしかない。
焼けるのを待つ間、ヴィルと一緒にニジマスのムニエルとクレソンのポタージュを作った。
気になる野菜とベーコンのパイの焼き加減だが――実にいい感じに焼き色が付いている。
「ミシャ、どうだ?」
「もういいと思います」
ジェムにお礼を言ってパイを取りだす。
表面にはしっかり焼き色がついていて、おいしそうだ。
カットしてみたが、中まできれいに焼けていた。
「ヴィル先輩、クロワッサンのパイ生地もいい感じです」
「パンを使って作ったものには見えないな」
「ええ、本当に」
完成した料理をワンプレートに盛り付け、ポタージュをスープカップに注いだ。
ジェムが変化した食卓に並べていく。
「ヴィル先輩、いただきましょうか」
食前の祈りを捧げたのちに、食事を始める。
まずは野菜とベーコンのパイから。
ヴィルが食べるのを、ドキドキしながら見守る。
ナイフで一口大にカットしたものを、ヴィルはぱくりと食べた。
ハッと目を見開き――。
「おいしい! パイはバターの風味が効いていて香ばしく、詰め物は滑らかで、野菜やベーコンのおかげで食べ応えも感じる」
私も一口、野菜とベーコンのパイを頬張った。
パイ生地に見立てたクロワッサンはサクサクで、しなしなになっていたパンだとは思えない。
野菜もほくほくで、甘みもあり、ソースとよく合う。
フェンネルシードのスパイシーな風味も、クセになりそうだ。
「大成功ですね」
「ああ、そうだな」
ヴィルと二人で、初めて一緒に作った料理を堪能したのだった。