ジェムの新しい能力
今日は何を作ろうか、と考えていると、ヴィルが咳き込み始める。
「ヴィル先輩、大丈夫ですか!?」
私がびっくりして大きな声で聞いたので、ヴィルを驚かせてしまったようだ。
「気にするな。先ほどまで埃っぽい場所にいたから、喉がイガイガしていただけだろう。じきに治る」
「そうだったのですね」
ならば、しばらくガーデン・プラントのきれいな空気を吸っていたらよくなるだろう。
「咳といったら、タイムですね」
足下にあった花壇にタイムが生えていたので、しゃがんで摘み取る。
「この薬草は喉にいいのか?」
「ええ。タイムは強い殺菌効果があって、鎮咳作用が期待できるようです」
ヴィルもしゃがみ込み、真剣な様子でタイムを摘み始めた。
「不思議だな。魔法薬の授業でこの薬草は、解毒薬の鎮痙効果を促すために用いるのだが」
ヴィルは二学年の頃、魔法薬の授業を選択していたらしい。そのさい、タイムを使った解毒薬の作り方を習ったという。
「薬草は魔法と組み合わせることによって、さまざまな効果をもたらしますからね」
体に不調があれば、魔法薬を使って治すほうが早い。
けれども魔法薬は高価で、軽い症状のときは使うのをためらってしまう。
さらに、魔法薬ばかり使っていたら、薬草の効果を実感しにくくなる。
だから私は魔法薬に頼らず、薬草で症状を緩和させているのだ。
「よし、っと。これくらいでいいでしょう」
台所へ案内しようとしたら、ヴィルが困った表情を浮かべる。
「どうしたのですか?」
「ミシャしかいない部屋に入るわけにはいかないと思って」
「あー……」
これまでさんざん二人っきりになっていたのだが、さすがに家に入るのは躊躇ってしまうようだ。
「学校内は規律まみれで、教師や生徒の目もある。もしも二人でいるところを誰かに発見されたら、責任を取らなくてはいけなくなるだろう」
私と結婚したい気持ちはあるようだが、このような形で婚約を結びたくないようだ。
「ミシャが結婚したいと望み、ご家族に認めてもらうのが理想だ」
当然ながら、ヴィルは他の女性とも二人っきりにならないよう、特に校内では気をつけているという。
元婚約者であるどこかの誰かに聞かせたい言葉だ。
「わかりました。では、調理は外でやって、加熱は台所で私がやってきます」
「感謝する」
家から食卓を運んできて、調理台代わりにしようか、なんて考えていたら、ジェムがちょいちょいと私の肩を叩く。
自分に任せろとばかりに、触手で胸を叩くような仕草を取っていた。
とてつもなく自信があるのか、表情がこれまでになくキリリとしている。
いったい何をしようとしているのか、と考えていたら、すぐにピンと閃く。
「もしかして、ジェムが調理台に変化してくれるの?」
ジェムはこっくりと頷いたのちに、立派な調理台へと変化した。
「え、待って! 何これ!?」
ジェムが変化したのは調理台だけでなく、オーブンや流し台も作っていた。
「この蛇口とか使えるの?」
ハンドルをひねってみると、魔法陣が浮かんで水がでてきたのでびっくりした。
「えっ、これって――!?」
「飲める水だな」
きちんと浄化された状態なのが、魔法陣の呪文から読み取れるという。
「あ、あなた、水魔法を使えたの!?」
これまでさんざん、井戸の水をジェムが飲み込んで運んでくれていたのだが、そのときになぜ水魔法を使わなかったのか。
もしかしたら私が井戸の水を運ぼうとしていたので、魔法で作った水を欲していないと思っていたのかもしれない。
「ジェムが水魔法を使えることを知らなかったのか?」
「え、ええ」
ジェムは基本的に伸びたり縮んだり、転がったり跳ねたり、と変化以外の能力はこれまで使っていなかった。
「そういえば、ホイップ先生が宝石スライムは七つの属性を持っているって話していました!」
「七属性とは?」
「炎、氷、嵐、雷、土、闇、光……ですね」
「水属性はないようだな」
「本当ですね」
「もしかしたら七つ以上の属性を使えるのかもしれない」
ジェムの能力についてこれまで調べなかった私が悪いのだろう。
驚いたのは流しの蛇口だけではなかった。
ビルトイン式のオーブンぽいものも、実際に使えるみたいだったのだ。
「ジェム、あなた、本当にすごいわ」
オーブンだけでなく加熱器具もある。
これがあれば外で実際に料理ができるようだ。
早速調理に取りかかろう。




