ホイップ先生とお仕事
帰宅後はホイップ先生と一緒に二学期の薬草の計画を立て、種の管理を任される。
授業が進むことにより、高度な調合を行うようで、それに伴って薬草のレベルも上がるようだ。
「その薬草の種、一袋銀貨一枚くらいするから、なくさないようにねえ」
「わ、わかりました!」
今日もジェムはやる気がみなぎっているようで、いろいろお手伝いをしてくれた。
それを見ていたホイップ先生が、思いがけないことを言う。
「その子、本当に有能ねえ。羨ましいわ」
ジェムは褒められて悪い気がしなかったのか、作業スピードがぐんと上がった。
基本的にジェムは私以外の他人に対して興味がないのだが、たまに調子に乗るときがあるのだ。
「ジェム、あなた、うちの子にならない~?」
ご褒美をたっぷりだすと提案していたようだが、ジェムは勧誘にはいっさい反応を示さなかった。
一瞬、ジェムがなびいたらどうしよう! と思ったのだが、杞憂だったようだ。
念のため、抗議の声をあげておく。
「ホイップ先生、ジェムをそそのかさないでください」
「ふふ、冗談よお」
なんでだろうか。ホイップ先生の言うことのすべてが本気に聞こえてしまうのは。
何はともあれ、ジェムは気まぐれな子なので、もしかしたら受け入れてしまう可能性がある。冗談でも誘わないでほしい。
「正直、ジェムだけでなく、ミシャも卒業後はうちの子になってほしいのよお」
「人間は使い魔にできません」
「そうではなくて、私の助手になってほしいっていうお誘いよ」
「あ――そっちでしたか」
ホイップ先生の助手なんて光栄だ。ただ、今のところ、薬草学を専門的に学ぶ気はないのだが。
「将来的に、先生になったらどう? って思っていたんだけれどお」
「すてきなお話ですね」
「あなたは将来について、何か決めているの?」
「将来、ですか?」
「ええ。せっかく魔法学校に入学できたんだから、卒業後は故郷に帰るなんてことはしないでしょう?」
「ええ、そう、ですね」
ただ、妹クレアが私に戻ってきてほしい、と言われたら戻るつもりだ。
ただでさえ、魔法学校にいきたいとワガママを通したのだ。これ以上、家族に迷惑をかけたくない。
なんて家庭の事情をホイップ先生に語った。
「もったいないわあ。学んだことを生かせないかもしれないなんて」
「それはそうかもしれませんが……。家族あっての私なので」
「自分の人生なのに、家族を優先するのねえ」
その辺の感覚は個々によって異なるのだろう。
「一度、ご家族と将来について、相談したほうがいいわねえ」
「ええ……。春のホリデーには実家に戻りますので、そのときに話してみます」
「あら、春にラウライフに? 一週間しかないけれど、大丈夫なの~?」
「そ、それは……」
往復に十日くらいかかるので不可能なのではないか、と言われてしまう。
「もしかして、馬車ではなくて、他の方法で帰るのかしらあ?」
ホイップ先生がどんどん私に迫ってくる。にっこり微笑んでいるが、獲物を逃さない肉食獣のような目で見ていた。
他の人に言うつもりはなかったのだが、ホイップ先生の追及を逃れることはできないだろう。
素直に白状することにした。
「えー、そのー、ヴィル先輩のセイクリッドに乗ってラウライフにいくことになりまして」
竜であるセイクリッドに乗れば、往復十日の距離も十時間ほどで帰れる、なんて事情を語った。
「あらあらあらあらあ~、一緒に故郷にいくなんて、あなた達、そんなに親密になっていたのねえ」
「いや、その……親密?」
「ええ。結婚のお許しをいただきにいくのでしょう?」
「ち、違います!!」
とんでもない勘違いに、ついつい大声で否定してしまった。
「何が違うんだ?」
背後からヴィルの声が聞こえ、私は思わず「ヒーーーー!!」と悲鳴をあげてしまった。
なんてタイミングでやってくるのか。本当に勘弁してほしい。
ヴィルは私の隣に並び、じっと見つめてくる。質問に答えろ、と圧をかけているのだろう。
そんな私達を見たホイップ先生は、楽しげな様子でいた。
「二人とも、仲良くねえ」
ホイップ先生のせいで、仲良くできそうにないのだけれど。
なんて抗議をしたかったのだが、現在の私は蛇に睨まれた蛙状態なので、何も言えなかった。
「それでは、また明日ねえ」
ホイップ先生は手を振って、温室から去っていった。
残された私は、ぎこちない動作でヴィルのほうを向き、引きつった微笑みを浮かべた。
「何を話していたんだ?」
「ホイップ先生にからかわれていたんです」
「もっと詳しく」
じりじり後退していたのだが、踵が何かに当たった。
振り返った先にいたのは、一仕事終えて休んでいたジェムだった。
ジェムのせいで逃げ場を失った私は、ホイップ先生と話していたことについて白状する。
「春のホリデーにヴィル先輩とラウライフにいく話をしたら、結婚の許しを乞いにいくのか、と聞かれてしまったんです」
「なるほど。それで違う、と言っていたわけか」
「ええ」
軽く話しただけでこれだけ盛大に勘違いされてしまったので、家族にはもっと慎重に伝えたほうがいいのだろう。
「――別に、違わないんだけどな」
「はい?」
ボソボソと小さな声で言ったので、聞き取ることができなかった。
「なんでもない」
それよりも早く夕食の支度をしよう、と言われたので、私は頷いたのだった。




