レヴィアタン侯爵の屋敷へ
大急ぎで荷造りを行い、家族に見送られながら魔法巻物を使って王都を目指す。
転移魔法の下り立つ先は、ガーデン・プラントに指定されていたようだ。
圧倒されるような草花の庭園の中を歩いていたら、麦わら帽子をかぶって手入れをするホイップ先生を発見する。
「あら、ミシャ、早かったわね~」
「もう一週間経っていますよ」
「あら、そうだったの」
長命種であるエルフからしたら、一週間なんぞあっという間なのだろう。
「あ、そう。あなたが暮らす予定だった家だけれど、逃げた個人指導教師が呆れるくらい汚していて、清掃業者に掃除を頼んでいるのよお」
他に水漏れを修繕したり、棲みついていた害獣を駆除したり、と住める状態になるまで少し時間がかかるようだ。
「それが終わるまで、ホテルで暮らしていてちょうだい」
ホイップ先生はそう言って、ホテルの鍵を手渡してくれた。
「あの、こちらはどこのホテルなのですか?」
「貴族街にあるホテルの鍵よ。そこの部屋はオーナーが私に貢いでくれたのよお。いつでも使っていいって言っていたから、遠慮なくどうぞ~」
「は、はあ、ありがとうございます」
鍵を見せたら、ホテルのレストランなど自由に使えるらしい。
「お仕事は朝の八時から夕方の十七時まで。食事はカフェテリアでどうぞ~」
個人指導教師用に配られる身分証をホイップ先生は用意してくれたようだ。
「学生証ができたら、返してねえ」
「い、至れり尽くせりですね!」
「ふふ、その分、た~くさん働いていただくわあ」
「頑張ります」
仕事は明日からでいいというので、お言葉に甘えてホテルに移動させていただく。
ガーデン・プラントの裏手にある出入り口のすぐ外には、王都を周回している馬車を乗り降りできるバス停みたいなものがある。ホテルへも十分ほどで移動できるようだ。
ホイップ先生と別れたあと、すぐに馬車に乗ってホテルへ向かった。
〝ホテル・フルベアート〟――王都いちの高級ホテルで、予約が三年先まで埋まっている、と馬車に乗っていた客が話していた。
ホテルの外観はまるでギリシャ神話に登場しそうな豪壮とした佇まいで、ロビーは大理石の床に巨大なシャンデリアが輝いていた。
入ってすぐにホテルマンから声をかけられ、ホイップ先生から借りた鍵を見せると、部屋へ案内してくれた。
部屋は豪奢な客間を思わせる造りで、マホガニーの品のあるテーブルや椅子に、磁器の高級ティーセット、アンティークの木製箪笥にはシルクの寝間着がいくつも収められていた。
大人三人は寝転がれるような大きな寝台に、猫脚のバスタブがある浴室、大きなドレッサーなどなど、おとぎ話に登場するお姫様のような部屋だったのだ。
ウェルカムドリンクやスイーツが運ばれ、うっとりしていたものの、すぐに我に返る。
ここでのんびりしている場合ではない。
保護者候補となるレヴィアタン侯爵のもとへ挨拶に行かないといけないのだ。
レヴィアタン侯爵には、超特急の鳥翰魔法で手紙を送っているという。すでに手元にあって、目を通してくれているはずだ。
あとは勇気を振り絞って、会いに行くだけである。
「よーーーし!」
気合いを入れて、レヴィアタン侯爵の屋敷を目指そう。
レヴィアタン侯爵家の屋敷は、王都の郊外にあるらしい。
ホテルマンに行き方を尋ねたら、馬車を用意してくれるという。
貴賓部屋の住人はそこまでしてもらえるようだ。
ありがたいと思いつつ、ホテルが用意してくれた馬車へ乗りこむ。
レヴィアタン侯爵へのお土産は、魔法薬のセットにしてみた。
故郷のお菓子でもと思ったのだが、ラウライフの地で売られている物はどれも長期保存を目的としていて、正直なところおいしいとは言えない。
それよりかは、使い勝手のいい魔法薬のほうがいいと思ったのだ。
馬車を走らせること一時間半――レヴィアタン侯爵の屋敷へ到着する。
周囲は鬱蒼とした森に囲まれていて、うっすら暗い。
屋敷自体も燻レンガを使っていて全体的に黒いので、おどろおどろしい雰囲気が漂い、化け物が棲むお屋敷に見えてしまう。
ホテルの馬車でなければ、御者とレヴィアタン侯爵は共犯者で、これから屋敷に出荷されるのではないかと思っていただろう。
馬車が門に到着すると、魔法仕掛けなのか、自動で開く。
ギギギギ、と恐怖を煽るような音を立てていた。
敷地内はとても広く、玄関前まで馬車で行けるようだ。
どんな庭だろうと窓の外を眺めたら、想像を絶する光景を目にしてしまう。
毒々しい黒薔薇の蔓が踊り、マンドレイクが走り回っている様子が見えたのだ。
ごしごしと目を擦って確認し直したが、見間違えではなかった。
馬車は外で待機してくれるようで、大変心強い。食べきれなかったウェルカムスイーツの焼き菓子を御者にあげたら、とても喜んでいた。
レヴィアタン侯爵家のオーガを模ったノッカーを叩くと、すぐに反応があった。
「はあい」
右手に包丁を持った、目が落ちくぼんで骸骨みたいな執事が顔を覗かせる。
悲鳴をあげなかった私を、誰か褒めてほしい。
「どちら様でえ?」
「あ、あの、リチュオル子爵家のミシャと申します」
「ああ、ああ、聞いております。どうぞ中へ」
どうやら父からの手紙は届いているようで、ホッと胸をなで下ろす。
屋敷内の絨毯やら壁紙やらは黒で統一されていて、不気味の一言だった。
どうしてこのような趣味をしているのか。よく理解できない。
客間に行き着いたものの、部屋の中から話し声が聞こえた。
それなのに執事は構わず、扉を開いた。
「え!? あの、その!」
部屋には四十代半ばほどの大柄な男性と、見覚えのある金髪に緑色の瞳を持つ青年の姿があった。
「旦那様、リチュオル子爵家のミシャお嬢様をお連れしましたあ」
レヴィアタン侯爵らしき男性は私を振り返り、ギョッとした表情を浮かべる。
青年のほうは、少し目を見張った程度だった。
レヴィアタン侯爵は勢いよく立ち上がると、深々と頭を下げる。
「ああ、そなたはリチュオル子爵の子女であるか! 私はレヴィアタン侯爵、オズヴァルトである!」
「ど、どうも」
ズンズンと大股で私のもとへとやってくる。
なんというか、圧がすごい。
身長は二メートル以上あるだろう。
髪は短く刈り上げ、熊みたいにモフモフとした髭を持ち、ギョロりとした目で私を見つめる。
圧倒されていたものの、彼は紳士の挨拶で私を歓迎してくれた。
「私はそなたの保護者となるべく、命を賭けることを誓おう」
保護者という存在はそんなに重たいものなのか。
わからないが、強力な味方であることは間違いないのだろう。




