ヴィルのお弁当
疑惑が晴れてすっきりしたところで、昼食の時間となる。
ヴィルは椅子を引いて、どうぞと勧めてくれた。
私はお姫様になったつもりで腰掛ける。
テーブルの上には大きなバスケットが鎮座していた。
なんでも朝ここにやってきて、テーブルと椅子を用意し、バスケットをここに置いてから授業にいったらしい。
「誰かに盗まれる心配はしなかったのですか?」
「魔法生物達に見張りをしておくよう、頼んでおいたんだ」
「なるほど。そうだったのですね」
よくよく魔法生物達を見てみれば、使命感を胸にこの場にいるように見えた。
ただ単に、ヴィルがやってくるから出待ちしていたわけではなかったようだ。
ついに、ヴィルはバスケットに手をかける。
いったい何を作ってきてくれたのか。
開く前に、ヴィルはちらりとこちらを見て言った。
「ミシャ、あまり期待しないように」
「はい!」
おそらく期待が表情にでていたのだろう。プレッシャーにならないよう、口元を手で覆っておく。
バスケットの中には、サーモンサンドとニンジン、キュウリ、セロリのスティック、それから何かが入った瓶が入っていた。
「わっ、おいしそう!」
私の反応を見て、ヴィルは「よかった」と安堵するような様子を見せていた。
「サーモンサンドには手作りのマヨネーズを塗ってみた」
そして気になる瓶の中身は、アボカドとカッテージチーズのディップらしい。
「以前ミシャが弁当箱の中にピクルスの瓶を入れていただろう? あれがなかなか衝撃的で」
もちろん、いい意味で、とヴィルは付け加えた。
「瓶に入っていたら、弁当箱に入れられる物のバリエーションも増えるのだな、と感心した」
「さ、さようでございましたか」
ピクルスを入れた日は盛大に寝坊してしまい、五分くらいでお弁当を用意したのだ。
まさかそこからヴィルがインスパイアを受けていたなんて、夢にも思っていなかった。
ヴィルのバスケットには蓋の部分にお皿やナイフ、フォーク、カップ、紙ナプキンなどが収納されていて、目の前に広げてくれる。
途中、魔法生物達がどこからか魔法瓶を運んできてくれた。
「白湯だ。朝から作った」
魔法瓶には保温効果があり、お昼になってもほかほかだ。
湯気を眺めていたら、ヴィルがお皿にサンドイッチや野菜スティック、ディップなどを盛り付けてくれた。
「どうぞ召し上がれ」
「いただきます」
サンドイッチには上品に紙ナプキンが添えられていて、手が汚れないような配慮がなされている。
ありがたいと思いつつ、紙ナプキンごとサンドイッチを手に取って頬張る。
サーモンは焼かれており、マヨネーズとの相性は抜群だ。
そしてパンに塗られたマヨネーズが一工夫されていることに気づいた。
「あの、ヴィル先輩、このマヨネーズ、もしかして薬草が入っていますか?」
「よく気づいたな」
サーモンの臭み消しになるよう、薬草を入れたらしい。
「ミシャが作る料理にはよく、薬草が入ったソースがあっただろう? そこから着想を得て、作ってみた」
教えてもいないのに、ここまでアレンジができるなんて。
「えーっと、入っているのは、チャイブとパセリ、チャービルですか?」
「正解だ。さすがだな」
これらの薬草は魚料理によく使っている、と以前、ヴィルが庭仕事を手伝ってくれたときに教えていたのだ。彼はきっと、それを記憶していたのだろう。
「ヴィル先輩はもしかしたら、料理の才能があるかもしれません!」
「そうか?」
「はい。確信しています!」
アレンジ力もさることながら、このサーモンサンドが絶品なのだ。
「とってもおいしいです」
ヴィルはサンドイッチに手も付けずに、私が食べる様子ばかり眺めていた。
「あの、召し上がらないのですか?」
「いや、なんだか胸いっぱいで」
私が食べている様子を見ていたら、食欲が失せてしまったのか。なんて考えてしまったのだが、そうではなかったらしい。
「誰かに食事を作って、食べてもらい、おいしいという感想をもらうのは、こんなにも嬉しいことなのだな」
「ええ……そうですね」
「ミシャも、嬉しかったのか?」
「もちろんですよ」
大好きな人達のお腹を満たすために頑張る以外に、おいしいと言ってもらえたときの喜びは一入なのだ。
「今日は夕食作りを手伝いたいのだが」
「了解です」
やる気がみなぎってきたようで、彼のことは褒めて伸ばそうと決意したのだった。




