表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

126/359

雪山課外授業について

 どこからか「ヒッ!」という悲鳴が聞こえた。

 いったい何が書かれていたのかと予定表に目を落とすと、一日目から〝雪原野営〟と書かれてあった。

 クラスメイトの誰かが叫ぶ。


「ホイップ先生、ゆ、雪山野営って、死ぬよ!!」

「あらあら~、そうねえ。でも~、これまでの授業で習った基礎的な魔法を使ったら、死ぬことはないわあ」


 たしかに、体を温めたり、冷やしたりする魔法は習った。

 けれどもそれを雪山で展開し続けるのはまた別の話である。


「それに、体を温める魔法懐炉は配布されるので、ご心配なく~」


 魔法懐炉だって、魔力を付与させないと使えないわけで……。

 一日目以降の日程も確認してみる。

 二日目は魔石を背負って登山を行い、山小屋で一泊。

 三日目は魔法生物〝エルク〟が牽くソリに乗って下山する。


 おおよそヴィルに聞いていたようなスケジュールだった。


「あなた達は運がいいほうよお。去年の先輩達なんて、雪の家に一泊したんだから」


 雪の家というのは、氷のように硬くなった雪をレンガ状にカットし、ドーム状に積み上げた家だという。

 家の内側には毛皮を張り、地面には絨毯を敷いていたようだが、想像するだけでガクブル震えるような建物だ。


「今年は布の天幕だけれど、寒さをしのぐ方法はいろいろ習っているはずだから、心配しなくても大丈夫よお」


 風避けの魔法は飛行魔法の授業のさいに習った。

 けれどもそれを一晩中維持するのは考えただけでもうんざりする。


「今年から、雪山課外授業は希望者のみとなったようなの~」


 なんでも去年、雪の家で寝泊まりしたさい、多くの体調不良者をだしたらしい。

 保護者会より学校側に苦情が殺到し、今年の実施も危ぶまれたが、雪山課外授業はヴァイザー魔法学校の伝統的な授業だったので、校長先生がなくすことを阻止したようだ。


「参加しない生徒は、学校に残って自習をするのよお。もちろん、成績には影響しないよう、考慮するみたい」


 成績に影響がないのであれば、無理に参加する意味はない。

 クラスメイト達の強ばった表情が少しだけ和らいでいく。


「本当はホリデー前に答えをだすよう保護者会から言われていたようなんだけれど、校長先生は生徒自身にどうするか考えてほしかったようなの~。だから、他人の意見に惑わされず、自分で考えてみてねえ」


 参加するか、否かの判断は放課後までにしなければならないようで、皆、困惑の表情を浮かべている。

 ホイップ先生は普段よりかなり早めにホームルームを切り上げ、去っていった。

 きっと考える時間を作ってくれたのだろう。


 さっそく、エアが話しかけてくる。


「なあ、ミシャ、どうするんだ?」

「私? 参加するけれど」

「だよなー」

「エアは?」

「迷うけれど、こういう経験は二度とできないような気がするから、やってみようかな、って思ってる」


 参加しなくても成績に影響しないと聞いて、皆の心は揺らいでいるようだ。


「いや、俺もいきたくないんだけれど、これに参加して乗り切ったら、たいていのことは怖くないような気がしてさ」

「ええ、そうね。雪山課外授業の目的の一つはそれなのよ」


 心身共に強くし、自分で考え、魔法を有効活用していく自主性を育てる授業なのだろう。


「目的の一つって、他にもなんかあるのか?」


 エアにぐっと接近し、小さな声で囁く。


「就職のさいに、有利なのよ」


 たとえば、二人のどちらかを採用しようか迷ったとき、後押しになるのは雪山課外授業の参加の有無である。

 参加自由となった今、評価されるのは物事への積極性と課題への意欲の高さ、クラスメイトと協力して物事をやり遂げるコミュニケーション能力など、雇用側が喉から手がでるほど欲する能力の数々は、採用試験だけで推し量れるものではない。

 魔法学校側が用意した生徒の内申書には、きっとそれらが書かれているはずだ。


「雪山課外授業に参加した生徒としていない生徒、選ぶならば参加しているほうでしょう?」

「ああ、なるほど! 成績には影響はないけれど、就職するときに有利になるんだ」

「たぶんだけれど」


 校長先生が保護者会の抗議に負けず、魔法学校の伝統だと押し切っていたのは、雪山課外授業での経験が働く上で重要視されているからだろう。


「ミシャ、よくそんなことに気づいたな」

「ええ、まあ……」


 学生時代のボランティア活動がそうだったのだ。強制はされないし、成績にも影響はなかったが、就職活動のさい面接で有利に働いた。

 ごくごく普通に育っていたら、その点には気づかないのも無理はない。


「ほんの少しだけ、参加しなくてもいいんじゃないかって思っていたから、ミシャから話を聞けてよかった」

「そう」


 エアは火属性の持ち主だし、雪山で凍えることもないだろう。


「ああ、エアの属性が羨ましくなるわ」

「ミシャ、寒いときは俺に言えよ。暖めてやるからな!」

「ありがとう」


 ひとまず準備は重要だな、と思っていたが、ある注意書きを見てギョッとする。

 雪山課外授業に持っていけるのが、学校指定の旅行鞄に入る物のみらしい。

 二日目は魔石を背負った状態で雪山を登るので、あまり重たい物を持っていかないように、と書かれてあった。

 思っていた以上に、ハードな授業のようだ。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ