国立魔法博物館へ
「え、あの、ちょっと待ってください! 私の中身が三十過ぎの女でも、気にならないのですか?」
『以前から妙に落ち着いているところがある、とは思っていた。前世とやらの記憶があって、三十年以上の人生経験があったと聞いたら、それにも納得できただけだ』
それ以上に思うことなどない、とヴィルは言い切った。
「嫌、ではないのですか?」
『どこをどう、何を嫌がる必要がある? 私はまったく気にならないのだが』
心のどこかで後ろめたいと思っていたことを、ぜんぜん気にしないと返されても、わかりましたとすぐに納得できるものではない。
『ミシャ、逆に聞こう。私に前世の記憶があって、四十まで生きたと聞いたらどう思う?』
「いえ、特に何も……。ヴィルはヴィルですし」
『それと同じだ。私にとっても、ミシャはミシャだ。精神年齢が少々高かろうが、関係はない』
「そ、そうでしょうか?」
ヴィルは優しい眼差しを向けながら頷いた。
『きっとミシャがどんな姿で現れても、強く惹かれていただろう』
「リスや鳥でもですか?」
『たぶんな』
ここまで言われてしまったら、何も言葉を返せなくなる。
『もう一度言わせてもらうが、気にするな』
「はい、ありがとうございます」
ぎこちない微笑みになっただろうが、ヴィルは何も言わずに笑みを返してくれた。
◇◇◇
翌日――若干気まずい気持ちでレヴィアタン侯爵邸までやってきたヴィルと会った。
そんな気持ちも、実際に会ったら吹き飛んでしまった。
私が贈ったイヤーカフを身につけた姿を、直接目にすることができたのだ。
こうしてヴィルが身につけていると、私が選んであげた物とは思えない。
眺めているだけで、幸せな気持ちになった。
それはそうと、魔法学校の制服姿を見るのはずいぶんと久しぶりに思えてしまう。
今日は監督生長の外套ではなく、一般的な魔法学校の生徒が着用するローブをまとっていた。
「ミシャ、いこうか」
「はい」
ジェムも同行するようだが、人の視線を感じたくないからか、何も言わなくとも姿隠しの魔法を展開させていた。
移動は馬車だった。国立魔法博物館には三十分ほどで到着した。
オペラハウスの近くにあり、建物はギリシャ神殿みたいな厳かな造りである。
中に入ると広いエントランスがあった。床は大理石で、鏡みたいにピカピカに磨かれていた。
受付には男性のダークエルフがいて、魔法学校の制服をちらりと見ただけで、「どうぞ中へ」と素っ気なく言ってくれる。
一応、生徒手帳とか持ってきていたのだが、確認しなくていいようだ。
ダークエルフの隣を通り過ぎようとしたら、ボソリと呟く。
「……変なのを連れていますね」
「その、精霊です」
「なるほど」
さすがダークエルフと言えばいいのか。姿隠しの魔法を展開させているジェムに気づいたらしい。
ジェムは少し悔しそうに、チカチカと点滅していた。
「ミシャ、何をしている」
「は、はい」
慌ててヴィルのもとへと駆けていった。
扉があったのだが、近づいただけで自動で開く。
入ってすぐに大きな絵画があったので驚いた。
その絵はもやもやと雲が渦巻いているようなものだったが、私達が近づくと、アニメーションのように動き始める。
「わ……!」
「これは我が国ソレーユの始まりの歴史が描かれた、魔法仕掛けの絵画だ」
純白のドラゴンが卵から生まれ、大空を舞っていたが、突然暗黒のドラゴンが登場し、戦う場面となる。
純白のドラゴンは暗黒のドラゴンの攻撃を受け、大きなケガを負ってしまったようだが、通りすがりの人間に助けられた。
人間は純白のドラゴンが傷つけられたことを怒り、暗黒のドラゴンを討伐することを誓った。
仲間を集め、暗黒のドラゴンを倒す。
すると、大地が裂け、美しい森が生まれ、澄んだ湖が湧き上がる。
純白のドラゴンの傷はすっかり癒え、助けてくれた人間へ友好の証として、眩い宝石を与えた。
その宝石は強力な力を持っていた。受け取った人間は宝石の力を使ってのちに〝ソレーユ〟と呼ばれる国を造り、国王となって多くの人々を導いた。
そんな国王の傍には、純白のドラゴンがいたという。
「ドラゴンが贈ったというあの宝石は、今も我が国に実在するらしい。歴代の王太子に与えられ、未来の国王の証と言われているようだ」
「では、今はレナ殿下が持っているというわけですね」
国王となる者は多くの人々だけでなく、精霊や妖精、幻獣からも愛されていた。
平和な治世を築き、今に至るようだ。
「創世の歴史を一枚の絵に収めるなんて、すばらしい魔法です」
「だな。話には聞いていたが、思っていた以上に壮大で美しい絵画だった」
この一枚を観るだけでも、金貨一枚の価値はあるだろう。
と、ここでのんびりしている場合ではない。博物館はかなり広いようなので、サクサク進まなければならないだろう。
その後も、暗黒のドラゴンを倒した伝説の剣のレプリカや、初代国王像、美しく微笑みかけてくる聖女の絵画など、さまざまな物が展示されていた。それらを前にするたびに、感嘆のため息がでてしまう。
そしてついに、雪属性の杖のレプリカの前に行き着いた。
「これがそうなのですね」
ほう、と熱いため息が零れてしまう。
雪属性の杖は純白で、先端に虹色に輝くクリスタルのようなものが填め込まれていた。柄はダイヤモンドダストを振りかけたようにキラキラと輝いている。
こんなに美しい杖を目にしたのは初めてだった。
「きれい……!」
私がうっとりと見入っている間、ヴィルは雪属性の杖をじっと観察していた。
「先端に付いている宝石について、よくわからなかったのだが、あれは雪魔石に何かしらの魔法を付与させたものだな」
私とは別の視点で見ていたようだ。
「魔法についてはよくわからないが、構成は実際に見たほうが理解できる」
私はただただ美しいとしか思わなかったのに、ヴィルはさまざまな情報を目で読み取ったらしい。
さすが、監督生長を任されるほどの優秀な生徒だと思った。




