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ミシャの従姉、リジーの言い分・前編

 あたしの従妹ミシャ・フォン・リチュオルは物心ついた頃から気に食わない奴だった。

 同じ女として生まれたのにリチュオル子爵家の後継者としてもてはやされ、領民達からもチヤホヤされて育った。

 もっとも気に食わないのは、両親がいないあたしに憐憫れんびんの目を向けるところ。

 母親は逃げ、父親は行方不明――そんなあたしを内心嘲笑いながらも、表面上は親切に接してくる。

 あんたなんかに同情されるなんて、反吐がでる。

 生まれながらに何もかも持って生まれた女には、あたしの気持ちなんてわかるわけがない。

 本家の娘ってだけで、あの女は優遇されて育ったのだ。

 伯父と伯母に子どもがいなければ、あの女がいた場所にあたしがいたかもしれないのに……!

 そう考えると、悔しくなる。

 よくよく考えたら、おかしなことではないのか、と思うようになった。

 だって、リチュオル子爵家に生まれたのはあたしが先だ。

 あの女はあとから生まれた癖に、何もかも手にしていたのだ。

 鏡を覗き込むと、顔立ちだってあたしのほうが絶対に美しい。

 村の男どもだって、あの女よりもあたしのほうが美しいと口々に言った。

 やっぱり、あたしのほうが本家の娘にふさわしい!

 それに気づいた日から、あの女の化けの皮を剥がそうと努めた。その結果、毎日のようにケンカをすることになってしまったが、皆があの女の醜悪さを見ていると思ったら、どこかスカッとした。

 ただ、ある日を境に何を言っても反応を示さなくなったのだが、もう十分にあの女の醜い部分を領民達に示せただろう。

 ケンカを売ることだって疲れるのだ。

 次にあたしがやったのは、美貌を磨くこと。

 美しくなればなるほど男どもはあたしに夢中になり、なんでも言うことを聞くようになった。

 あとはあの女より先にいい男を発見し、結婚することだ。

 誰よりも金持ちになって、裕福な暮らしをしてやる。

 なんて考えていたものの、ここは辺境の地ラウライフ――。

 若い男は都会に出稼ぎにいったり、余所の娘と結婚したり、日に日に独身の男は減っていく。

 このままでは小汚い中年親父の後妻しか嫁ぎ先がなくなってしまう。

 そんなの絶対に許せない。

 ここに理想の男がいなければ、余所に探しにいけばいい。

 なんて思っているところに、あの女が若い男を連れているところを発見する。

 あたしは自分の目を疑った。あの女が連れていたのは、美しい巻き毛の、見目麗しい男だったから。

 あんなきれいな男、ラウライフで見たことがない。

 すぐに屋敷であたしに夢中の雑役使用人の男に話を聞いてみると、あの男はルドルフというらしい。

 なんでも幼少時からラウライフに住んでいたようだが、体が弱く、外を出歩けなかったので、把握できていなかったようだ。

 ルドルフは再婚した商人の妻の連れ子で、生まれは王都らしい。

 田舎くさくない、気品のある顔立ちをしていると思った。

 ルドルフとあの女の出会いは教会だったらしい。熱心な信者である彼は、病に冒された体を引きずってでも、毎週教会に足を運んでいたようだ。

 外もまともに出歩けないほどだったらしいが、最近はあの女が作る魔法薬のおかげで、前よりは症状がマシになっていたらしい。

 見れば見るほどいい男で、あたしはいつしかあの男が欲しいと思っていたし、あの女の婚約者になったと聞いて、余計にあの男の価値が上がったような気がした。

 あの女からルドルフを奪ってやる!

 そう決意してからのあたしの行動は早かった。

 教会に足を運び、なんとかわざと接触するようにする。

 熱心に祈る振りをしたり、足が悪い老人に手を貸したり、礼拝が終わっても残って涙したり――。

 彼も最後まで礼拝室に残っていたので、自然と私が目についていただろう。

 教会に通う時間は退屈で、あくびが止まらなかった。逃げだしたくなったのも一度や二度ではない。

 けれども未来のためだと、必死に我慢していたのだ。

 そしてついに、あたしは大きな行動に移す。

 礼拝室でルドルフが帰ろうとした瞬間、わざと彼の目の前でうずくまったのだ。

 ルドルフは私を心配し、声をかけてくれた。

 その瞬間、〝かかった!〟と思った。

 介抱してくれたルドルフに、あたしは身の上を話す。

 初めは一歩引いたような様子でいたが、あたしの母親が王都出身だと言うと、親近感を抱いたのか、親身になってくれた。

 あたしはここぞとばかりに、いろいろ打ち明ける。

 母親が男と逃げていないこと、父親も行方不明、あたし自身は伯父の家に身を寄せ、酷い扱いを受けていると――。

 伯父一家はあたしを気にかける振りをしながら、勉強しろとか、礼儀を身につけろとか、言葉遣いをどうにかしろとか、毎日うるさく言ってくる。それらも酷い扱いに該当するだろう。

 ルドルフは伯父の娘があの女とは知らず、あたしに同情してくれた。

 もちろん、狩りは時間をかけてゆっくり行わないといけない。

 それからあたしは何度か教会でルドルフと話すようになった。

 伯父一家の中でも、従妹の姉のほうが性格が悪く、あたしをいじめるんだ、という話を偽装しておくのも忘れない。

 一ヶ月後、ついにいじわるな従妹がミシャ・フォン・リチュオルであることを告げた。

 ルドルフは驚いていたが、あろうことか、あの女を庇ったのだ。

 あの女に対して何か大きな誤解があるかもしれない、話し合うんだ、と説教までしてくれたのである。

 あたしがここまでしたのに、味方にならない男は初めてだった。

 余計に、欲しくなってしまった。


 いくら逢瀬を重ねても、ルドルフはあの女への信仰にも近い愛情は揺らがなかった。

 だからあたしは最終手段にでた。

 ルドルフに酒をたらふく飲ませて、夜を共にした振りをしたのだ。

 その結果、彼の気持ちは揺らいだ。

 ただし、ほんの少しだけだったが。


 夜を共にしたと偽装しても、ルドルフの心だけはあの女にあった。

 体は完全にあたしのもののように工作したのに、心は掴めていなかったのだ。


 あの女さえいなければ、この男はすぐに手に入ったのに。

 憎らしくなる。

 けれども一度冷静になって考えてみた。

 ルドルフは家族を何よりも大切にしている。あの女とも早く家族になりたい、と夢見るように語っていた。

 なんでもルドルフの母親は、とある高位貴族のメイドとして働いていたようだが、屋敷の主人が手をだし、ルドルフを妊娠してしまったらしい。

 その後、ルドルフを産むといじわるな夫人が屋敷から追いだし、各地を転々としていたようだ。

 他人の夫に手をだして子どもを産んだ女というのは、どこでも疎まれるらしい。

 住み込みで働こうとしても、身の上を聞いた女が自分の夫に手をだされてはたまらない、と思って、雇ってくれないようだ。

 ルドルフの母親は最終的にラウライフの地にやってきて、妻がいる男を奪って、正妻の座に収まった。

 ラウライフは雪が深く、厳しい環境だ。

 それでも、家族ができたルドルフは幸せだったという。

 母親共々受け入れてくれた伯父にもたいそう感謝している様子だった。

 そのため、彼は伯父やあの女を裏切ることができないのだろう。

 どうすればいい? なんて、簡単な答えである。

 彼に〝家族〟を作ってあげたらいいのだ。

 その後、あたしは何度もルドルフと夜を共にする。もちろん、そのように錯覚させているだけだが。

 普段は真面目な男だったが、夜のことになると理性があっさり揺らいでしまうようだ。

 毎晩のように逢瀬を重ねていたものの、いつになっても彼の心はあたしに傾かない。

 ミシャからの恩があるのが原因なのか。

 刻々とルドルフとあの女の結婚が近づき、あたしは焦っていた。

 ルドルフはついに、あたしと会わないと言いだした。

 なんでも、雪が解けたら、あの女と結婚するつもりらしい。

 そんなの許さない。

 とっさに、あたしは嘘を吐く。

 このお腹に、ルドルフの子がいることを。

 ルドルフは心底驚いていた。

 始めこそ、お腹の子の父親になれないと言っていたものの、「あんたと同じように、父親のいない不幸な子にさせるつもりかい?」なんて言葉を返したら、黙り込んでしまった。

 さらにあたしは彼に悪知恵を叩き込む。

 あの女を第二夫人にしたら、子爵家の財産も手に入る。

 それだけでなく、あの女がせっせと貯めた結婚資金もあたし達の物になるだろう。

 生まれた子を子爵にすれば、あの女がルドルフの子を産む必要なんてなくなる。

 さらにいいアイデアが浮かんだ。それは、昼の妻と夜の妻を作ればいいということ。

 あの女を昼の妻とし、日があるうちは働かせ、夜の妻であるあたしは、夜の務めを果たす。そのアイデアを聞いたルドルフは、あっさりあたしの意見を採用してくれた。

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