疑惑の人物
プレゼントを贈り合い、楽しく過ごすだけの夜ではなかった。
ヴィルは居住まいを正し、今後の対策について話し合いたいという。
『まず、私に罪をなすりつけようとする者を炙りだしたい』
そのために、ヴィルは先手を打つという。
なんでもそれは、ヴィルにかかる疑惑を一掃できるようなものらしい。
「何をするのですか?」
『王位継承権を返上するつもりだ』
「あ――!」
王位継承権さえなければ、ヴィルが王位を狙っているということにはならないだろう。
「でも、いいのですか?」
王位継承権なんて、誰でも手にできるものではない。
犯人のせいで失ってしまうのは、なんだか腑に落ちない気もするのだが。
『王位継承権を手放しただけで疑惑が払拭できるのであれば、安いものだ。もともと、玉座なんぞこれっぽっちも興味なかったからな』
王位継承権の上位ともなれば、これまで以上に人の見る目が変わってしまう。ヴィルはそれに耐えられないだろうと言ってのけた。
『仮に国王なんぞになってしまったら、ミシャとの婚約の成立も難しくなる』
「あの、大公家と我が家でもとんでもなく難しいですからね!」
王家に連なる人々は、他国の王族と婚姻を交わす政略結婚が当たり前である。
リンデンブルク大公家のヴィルと、リチュオル子爵家の私が夫婦となれば、絶対に貴賎結婚だ、なんて言われるに違いない。
「絶対に、後ろ指を差されますから」
『安心しろ。指差して嘲笑う者の指はすべて折って回るから』
「あの……怖いです」
まったく安心できない物騒な言葉に、ガクブルと震えてしまった。
冗談か本気かわからないところも恐ろしい。
『誰が敵かもわからない状況だ。まったく見当もつかないが、先ほど思いついた疑わしい者に、王位継承権の返上を報告してみようと思っている』
「それは、どなたですか?」
『父だ』
国王陛下の弟君であり、ヴィルの父親でもある、リンデンブルク大公だという。
『父は国王陛下の二番目の弟で、与えられた財や地位はそこまでいいものではない』
リンデンブルク大公の王位継承権は第七位である。ふと、疑問に思ったことを口にしてみた。
「あの、こう言ってはなんですが、王弟殿下なのに低い、ですよね?」
『ああ。それには理由があって――』
ここで聞かされた話は、とんでもないものだった。
リンデンブルク大公の父親は今は亡き先王でなく、隣国ルームーンのサーベルト大公である可能性が囁かれていたらしい。
『隣国の王女だった祖母と、サーベルト大公は恋仲であったという噂が囁かれていたようで――』
すでに継承者と予備を産んだため、三人目は好きな人と――そんな思いから、不貞を働き、リンデンブルク大公を産んだのではないか、と一時期噂になっていたようだ。
『それゆえ、父の扱いは王家の中でもいささか軽い』
二人の兄とは異なる扱いを受けたリンデンブルク大公が王家に恨みを持ち、犯行に及んでいたとしたら――?
『昔から父は、弟であるノアさえいればいい、みたいな態度だった。だから、国王陛下を亡き者にし、他の者達も陥れ、ノアとレナハルトを傀儡とする。そんな野心を抱えていても、なんら不思議ではない』
「そんな……」
ヴィルに罪を押しつける形で王家に名を連ねる者達を排除し、ヴィルが処刑されたあと、国を我が物にしようとしているのか。
『考えれば考えるほど、犯人は父としか思えないから不思議だ』
でも、父親が実の息子に罪をなすりつけ、殺されてもおかしくないような状況にまで追い込むのだろうか?
その辺の心理は理解できそうにない。
とにかく、ヴィルはリンデンブルク大公に王位継承権を返上する話をしてみるという。
反対されても、強行するようだ。
『多くの者に玉座を狙っていると思われているみたいだからな。さっさと捨ててしまいたい』
そして調査を続けるのと並行して、あることをしたいという。
「なんですか?」
『ミシャの杖作りだ』
もしかしたらヴィルの傍にいる私も騒動に巻き込まれる可能性がある。
そのため、敵に対抗できる手段を作っておきたいらしい。
『ミシャの雪魔法は極めたら、自分自身を守る術となるだろう』
「たしかに、そうですね」
以前、魔力を暴走させたときのような大雪は敵の足止めになりそうだし、それ以外にもいろいろ使えそうだ。
『素材についてもう少し詳しく調べておこう。ミシャは昨日採取した六花草の保管を頼む』
「わかりました」
今後の方向性ががっちり固まった。
犯人が誰かわからないが、ヴィルを陥れようとしている者を許せるわけがない。
絶対に捕まえてやろう、とヴィルと誓い合ったのだった。