明らかとなるヴィルの野望
やはり、ヴィルは玉座を狙っているとは思えない。
彼はとても賢い人なので、仮に計画があるとしたら、利用するのは私ではないはずだ。
そもそも野望を叶えるために、私に勉強を教えたり、雪属性の杖の作り方について調査したりする暇なんてあるはずがない。
ただ、あと少し、確証できるような理由がほしい。
ヴィルとは明日も会えるので、少し大胆な探りを入れてみたい。
それで大丈夫だと判断できたら、私はヴィルを疑うのを止めようと思った。
翌日――降誕祭の当日を迎えた。
張り切ってヴァイザー魔法学校の制服を着ようとしていたら、エアがやってきたという知らせを受ける。
客間で彼を迎えると、少し緊張した面持ちでいた。
「ミシャ、俺の格好、おかしくない?」
「ぜんぜん、おかしくないわ」
普段はシャツの第一ボタンは外し、着崩した格好でいるものの、今日はレヴィアタン侯爵からの招待ということもあり、きちんと着こなしていた。
「ミシャもそろそろ着替えるのか?」
「ええ、そうね」
なんて話をしていたら、レヴィアタン侯爵夫人がやってきた。
「ああ、よかった。二人とも揃っていますわね。こちらの部屋へいらして」
なんでも見せたいものがあるという。
いったいなんなのか。エアと一緒に首を傾げながら、レヴィアタン侯爵夫人のあとに続く。
行き着いたのは衣装部屋であった。
扉を開くと、部屋の中心に軀幹人形に服を着せたものが二着置かれていた。
一着はジェイブルーのドレス、もう一着は燕尾服だった。
「こちらは……?」
レヴィアタン侯爵夫人はにっこり微笑みながら答えた。
「ミシャさんとエアさんの、正装ですわ!」
「え!?」
ドレスは去年、レヴィアタン侯爵夫人が着ていたものに、リボンやレースなどをあしらい、アレンジした一着らしい。
燕尾服はレヴィアタン侯爵夫妻の子息が着ていたもので、寸法が合わなくなったのを、エアのサイズに仕立て直したものだという。
「二人のために、内緒で用意していましたの。お気に召していただけたでしょうか?」
「は、はい。とても、きれいです」
「あの、まさか、俺……ではなくて、私の分まで用意してくださるなんて」
エアと一緒に、深々と頭を下げる。
降誕祭のためにこのようなドレスを用意してもらうなんて、生まれて初めてだった。
もともとあったドレスや燕尾服を使ったのは、私達が遠慮しないように気を遣ってくれたのだろう。
「ふふ、喜んでいただけたようで、ホッとしました。いつかこういうことを子ども達にしたいと思っていたのですが、二人の息子達は国王陛下の近衛騎士になってしまい、降誕祭の日ですら、めったに実家に寄りつかなくなってしまったものですから」
夢が叶った、と逆にお礼を言われてしまった。
エアと私はひたすらとんでもない、と首を横に振ったのだった。
レヴィアタン侯爵夫人は私の身なりを整えるのに、二人も侍女を派遣してくれた。
お風呂に入るところから始まったのだが、浴室でお手伝いしたいと言いだしたので、さすがにそれは遠慮した。
お風呂から上がると、いい香りがするヘアクリームが揉み込まれ、丁寧に髪を乾かしてもらう。
爪もピカピカになるまで磨かれ、艶がでるオイルを塗ってもらった。
その後、むくみ取りのマッサージに、美容クリームのパックなどなど、美容のフルコースを堪能させていただいた。
その後、ドレスをまとい、化粧を施したあと、髪を結ってもらう。
本日はフィッシュボーンと呼ばれる、魚の骨みたいな四つ編みにした髪を、胸の前から垂らす。複雑に編み込まれていて、職人の業だと思った。
最後に真珠の耳飾りと首飾りを装着し、レースの扇子を手に持てば、身なりは完全に整った。
さすが、レヴィアタン侯爵夫人の敏腕侍女である。
平々凡々な私だったが、彼女らの力により、貴族のお嬢様にしか見えなくなっていた。
侍女に重ねてお礼を伝える。
その後、侍女が淹れてくれた紅茶を飲んでいたら、ヴィルの訪問が告げられた。
ここにやってくるというので、背筋がピンと伸びてしまう。
ヴィルはレヴィアタン侯爵夫妻に挨拶したあと、私のもとへやってきたようだ。
侍女はヴィルと入れ替わるようにでていってしまった。
二人きりになってしまうのだが……。
ヴィルは燕尾服をまとった姿で登場する。普段は下ろしている前髪を上げているので、いつも以上に紳士然としていた。
ヴィルは私を目にした途端、やわらかく微笑む。
「二日連続で着飾った美しいミシャを見ることができるとはな。私は果報者だ」
ここだ! と思って、ヴィルに探りを入れてみる。
「私なんかが着飾った程度で果報と言ってくださるなんて。ヴィルはもっともっと大きな幸せを、望んでいるのではありませんか?」
そう指摘すると、ヴィルは驚いたように目を見張る。
その様子を見た瞬間、彼の脳裏に玉座がよぎったのではないか、とハラハラしてしまう。
ヴィルが望むものが、国王の座でありませんように、と心の中で祈った。
「ミシャ、どうしてわかったんだ?」
「そ、それは、ヴィルほどのお方であれば、大きなものを望むだろうと思ったからです」
「ああ、そうなんだ」
ヴィルはつかつかとこちらへ接近し、なぜか私の両手をぎゅっと握る。
「私の望みを、叶えてくれるだろうか?」
「ま、まずは、何か聞いてからでないと、なんとも言えません」
「そうだったな」
ヴィルは私の手を握ったまま片膝をつき、緊張するような面持ちで私を見上げる。
もしや、玉座のために命を捨ててくれ、などと言うのではないか。
どくん、どくんと胸がいやな感じに脈打った。
ヴィルは意を決した様子で、大きな望みについて口にする。
「ミシャ、私の婚約者になってくれ」
「はい!?」
想定外の一言に、私は目が点となった。




