叔父の行方
ヴィルはウエストコートにジャケットを合わせた姿でやってくる。
普段の制服姿よりも大人っぽく見えた。
なんだか照れてしまって、まともにヴィルの瞳を見ることができない。
こつ、こつ、こつ、とヴィルの足音が聞こえた。
すぐ傍にやってきたというのに、私は顔を伏せたまま、身じろぐことさえできない。
「ミシャ、頬に触れてもいいだろうか?」
「え? はい、どうぞ」
減るもんじゃあるまいし、と軽率に許可をだしてしまった。
ヴィルが私の頬に触れると、弾かれたように顔を上げてしまう。
目と目がバチンと合い、気恥ずかしい気持ちになった。
「――美しい」
「へ!?」
今、なんとおっしゃった?
ありえない言葉が聞こえたような気がしたのだ。
「もしや、私とでかけるから、このように美しく着飾ってくれたのか?」
「それは、その、レヴィアタン侯爵夫人がデートに出かけると勘違いしてしまって、侍女さんがこのように仕上げてくださったのです」
「そうか。ならば、レヴィアタン侯爵夫人の勘違いに感謝しないといけないな」
ヴィルはもしかしなくても、ドレスを着た私を見て、喜んでくれている?
こんな反応をもらったのは、生まれて初めてだった。
恥ずかしいような、照れるような、なんとも言えない感情がこみ上げてくる。
「ミシャ、いこうか」
「はい、ヴィル先輩」
そんな言葉を返すと、ヴィルはぴたりと動きを止める。
「今は学校内ではなく、二人きりなのだから、先輩はいらないだろうが。約束を忘れたのか?」
「あーーー……ありましたね、そんなものが」
ヴィル先生からヴィル先輩に呼び方が変わったとき、譲歩案としてそのような条件を言っていたのを思い出す。
「言い直してくれ」
「わかりました、ヴィル。これでいいですか?」
ヴィルは満足した様子で頷いていた。
未来のリンデンブルク大公を愛称で呼び捨てるなんて、恐れ多いにもほどがあるのだが……。
まあ、いい。
とにかく今日は叔父捜しをしなければ。
「ミシャ、これを」
ヴィルは筒状に丸めた紙を差しだしてくる。
いったいなんなのかと開いてみると、そこには叔父について調査した内容が書かれていた。
「こ、これはどうしたのですか?」
「知り合いの探偵に調べるよう、頼んだものだ」
なんでも一昨日、私と別れたあと、すぐに探偵に依頼してくれたらしい。
似顔絵もあって、本人で間違いないかと聞かれる。
「間違いなく、これは叔父です」
「そうか、よかった」
父が探してもわからなかった叔父の行方を、ヴィルの知り合いだという探偵はたった一日半ほどで探し当てたようだ。
「ガイ・フォン・リチュオル――現在、ツィルド伯爵の執事として働きつつ、何やらよくない仲間とつるんでいる模様。夜な夜な女性を連れて遊び回り、借金が金貨百枚ほどある」
まともに暮らしているとは思っていなかったが、想像以上に酷い暮らしをしているようだ。
「ツィルド伯爵と面会する約束を取り付けている。さすがに、主人がいる前では逃げたり、しらばっくれたりしないだろう」
「か、賢い! さすが、ヴィルです!」
なんでもヴィルはツィルド伯爵に、屋敷で働いている執事に姪に当たる女性が会いたがっている。サプライズしたいようなので、訪問は黙っていてほしい、とまで言ってくれたようだ。
「ありがとうございます」
「ちなみに、何か探す当てはあったのか?」
「いいえ、何も。下町でしらみつぶしに探す予定でした」
「だったらよかった」
ツィルド伯爵との約束まで時間がないという。
「セイクリッドに乗って移動する」
「わかりました」
念のため、ジェムにも同行してもらおう。
「あの、ジェム、お願いがあるんだけれど、目立たないように透明化とかできる?」
ダメ元で頼んでみたのだが、ジェムはすぐに自身の体を透明化させる。
この子は本当に、なんでもできるようだ。
問題は、私にも見えないことなのだが。
「えーっと、ジェム、私やヴィルにだけ姿が見える仕様にできるかしら?」
すぐに、ジェムの姿が半透明の状態で見えるようになった。
「ありがとう、ジェム」
レヴィアタン侯爵邸の噴水広場に、セイクリッドが待機していた。
噴水の色が赤だったので、ギョッとしてしまう。
「相変わらず、レヴィアタン侯爵夫人の趣味は独特だな」
「こ、個性的ですよね」
なんでも今は降誕祭仕様らしく、いつもよりおどろおどろしい様子を見せていた。
私を発見したセイクリッドは、嬉しそうに「みっ!」と鳴いていた。
セイクリッドは久しぶりに見てもかわいらしい。
「にゃん! にゃん!」
どこかに猫がいるのかと思っていたが、鳴いていたのはジェムだった。
以前、猫の声でセイクリッドとかわいさを張り合っていたのだが、今回も負けじと鳴き始めたらしい。
「ジェムが世界一かわいいから、安心して」
そう言い聞かせると、猫の鳴き声は止んだ。
「ミシャ、手を」
先にセイクリッドに跨がったヴィルが、手を差し伸べてくれる。
彼の手を握り、鞍に座ったのだった。