レヴィアタン侯爵邸で過ごすミシャ
明日、ヴィルとでかけることをレヴィアタン侯爵夫妻に言っておかなければならない。
気が進まないが、何かあったときのために、ヴィルと一緒だったと伝えておく必要があるのだ。
「あの、明日なのですが、ヴィル先輩とでかける予定なんです」
「まあ!!」
レヴィアタン侯爵夫人が手をぽん! と叩き、満面の笑みを浮かべた。
「ミシャさんとヴィルフリートさんがデートにでかけるなんて!」
「デッ――!!」
デートではないのだが、かと言って、素行の悪い叔父を探しにいきますと言えるわけがなかった。デートだと思わせておいたほうが都合がいいだろう。
「ヴィルフリートさんのこと、実は心配していたんです。ずっとずっと、誰も傍に近寄らせなかったので」
その理由についてヴィルから聞いていた。
誰もが彼を、リンデンブルク大公の息子であり、未来のリンデンブルク大公としか見ず、嫌気が差していたのだ。
「婚約者候補も大勢いて、隣国の姫君も候補に挙がっていたようですが、すべてヴィルフリートさんがお断りしたとお聞きしました」
別に私はヴィルに選ばれし特別な女性ではない。
単に、私がヴィルのことを特別視しないように見えるので、他の人より気に入られているだけだ。
今すぐにでも誤解を解きたいものの、それをしてしまったら、明日、一緒にでかける理由がなくなってしまう。
奥歯を噛みしめ、ぐっと我慢した。
その後、レヴィアタン侯爵夫妻と別れ、用意された部屋で過ごす。
寮から持ってきた服などをジェムの口から取りだし、整理箪笥に収納する。
そのあとは、大量にだされた宿題に勤しんだ。
夕食はレヴィアタン侯爵夫妻と囲む。
豪勢な料理に舌鼓を打ち、保護者との初めての夜を楽しんだのだった。
翌日――ヴィルと共に叔父の捜索を行う日の朝を迎えた。
何を着ていこうかと考えていたら、レヴィアタン侯爵夫人の侍女がやってきて、かわいらしいシェルピンクのドレスを持ってきた。
「本日のおでかけはこちらのお召し物でいかがでしょうか?」
「とってもかわいいです。でも、そのドレスはどうしたのですか?」
「レヴィアタン侯爵夫妻がご用意したものです」
「わあ……」
保護者でいてくれるだけでもありがたいのに、ここまでしてくれるなんて。
涙がでそうになってしまう。
申し訳ない気持ちもあったが、これはレヴィアタン侯爵夫妻からの好意だと思って、ありがたく受け取ることにした。
侍女はドレスを着せてくれるだけでなく、化粧や髪結いもしてくれた。
いつもはハーフアップにするだけの髪も、丁寧に編み込んで後頭部でまとめてくれる。
「こちらのリボンで髪を結びますね」
「あ、ありがとうございます」
見せてくれたベルベットの美しい照りで、目が潰れるかと思った。
鏡を見て、驚愕する。
いつもは忙しいのでリップを軽く塗るくらいなのだが、鏡に映った私は別人のようだった。
「ミシャお嬢様、いかがでしょうか?」
「最高です!」
侍女はくすりと笑ったあと、「すみません」と謝罪する。
こういうとき、ありがとう、とお礼を言うだけでいいのに、私が想定外の反応をしたので笑ってしまったのだろう。
侍女がいなくなったあと、ジェムがやってきて、じっと私を見つめる。
誰? と言わんばかりに体を傾けたので、思わず「失礼な!」と言ってしまった。
食堂にいくと、レヴィアタン侯爵夫妻が私の姿を見て、かわいいと絶賛してくれた。
「いつもは愛らしい雰囲気ですが、今日はとても美しいです」
「ヴィルも喜ぶだろう」
「あはは……」
ヴィルは普段の違いに気づくわけがないだろう。
きれいな女性なんて、これまでわんさかいただろうから。
朝食は焼きたてのクロワッサンに、カリカリに焼かれたベーコン、濃厚なキノコのポタージュに、半熟卵――どれもおいしい。
特に、クリスピーな歯ごたえのベーコンは、どうやって作っているのか謎である。自分で再現しようと思っても、難しいのだ。
あまりにもおいしいので、お腹いっぱいになるまで食べてしまった。
心の中で反省しつつ、ダイエットは明日からにしよう、と心に決めたのだった。
その後、侍女が化粧の手直しをしてくれた。
料理を食べると、リップはどれだけ気をつけても剥がれてしまうのだ。
朝とは違う、明るいストロベリーカラーのリップを塗ってくれた。
「お色はいかがですか?」
「かわいいです。ありがとうございます」
侍女は「デート用です」と耳打ちしてくれた。
カーーっと顔が熱くなっていくのを感じる。
違うのに、と言いたかったが、ぐっと我慢した。
数分待つと、ヴィルがやってきたと告げられる。
名前を聞いた瞬間、胸がドキンと高鳴った。
皆がデート、デートと言うので、本当にデートにいくみたいに緊張していたようだ。




