空を飛んで王都の街へ!
一気に木の高さくらいまで飛び上がる。
柄にぶら下がったジェムはみょーんとチーズのように伸びていた。
このままだと地上についてしまいそうだ。
「いや、ジェム、長過ぎ!」
そう指摘すると、触手がするする短くなっていく。
スーパーの買い物袋の持ち手くらいの長さに収まった。
緊張しているようで、手のひらにじんわり汗を掻いている。
もしもこの手を離してしまったら、真っ逆さまだ。
ぎゅっと力を込め、柄を握りしめる。
ただ、今は恐怖よりも、わくわく感のほうが勝っていた。
だんだんと高度を上げていき、とうとう校舎よりも高く飛んだ。
「わ、わあ!」
上空から見た魔法学校は、敷地内が魔法陣の形になっていることに気づいた。
結界は校舎やクラブ舎、寮などの建物を魔法の核とし、結界を展開させているのだろう。
いったい誰が考えたのか。すごすぎる。
学校の敷地は思っていた以上に緑が多い。そして、なんの建物かわからないものも上空から見たらいくつかあった。
学校の敷地からでようとした瞬間、行く手を阻むように魔法陣が浮かんだのでびっくりする。
それだけでなく、ブリザード号の飛行も強制的に止められてしまった。
「え、何!?」
魔法陣には署名をして身分を示し、外出許可を示すように、と書かれてあった。
これは空からの侵入や脱走を防ぐ魔法のようだ。
さすが、魔法学校と言えばいいのか。その辺のセキュリティも完璧なわけだったのだ。
署名を求められたが、ペンなどないので、空中に文字を書く感じでいいのか。
ミシャ・フォン・リチュオル――そう指先で書いていくと、魔法陣が光り、そのまま消えていった。
外出許可はなかったが、今はホリデー中なので、提示しなくてもいいようだ。
そして、飛行も可能となる。
「ふーーーー、驚いた!」
無事、魔法学校の敷地内を抜け、王都の街を目指す。
あまり高い位置を飛んでいると、飛行系の魔物と遭遇してしまうらしい。
飛行系の魔物の数は多くなく、遭遇率も低い。
けれども強力な魔物が多いようで、注意しておくように、と授業で習った。
魔物との戦闘は避けたいので、なるべく低い位置を飛んでいく。
地上にも魔物はわんさかいるので、こちらにも注意が必要だった。
あっという間に、城下町に到着した。
ひとまず中央街まで飛んでいき、上空から渡り鳥の風見鳥がある屋根に降り立った。
これは上空を飛んでいる魔法使いが自由に着陸してもいい、と示す物なのだ。
はしごも用意されているので、ありがたく利用させていただく。
地上に降りると、任意で代金を入れる箱がある。心ばかりのお礼として銅貨を一枚入れておいた。
ふと、ジェムがついてきていないことに気づく。
視線を感じたので上を見ると、ジェムが屋根の上から私を見つめていた。
「ジェム、降りてきなさい」
球体なので、はしごを伝って下りることは難しいのだろうか。
屋根からの高さを飛んで着地したらどうかと提案するも、左右にぶるぶる揺れる。
「もしかして、怖いの?」
ジェムは控えめにこくりと頷いた。高いところが怖いだなんて、意外とかわいいところもあるものだ。
私が再度屋根に上がって、薄く伸びたジェムを持って下りてくればいいのか、なんて考えていたが、別のアイデアが浮かんだ。
「ねえ、ジェム。液体状になって、はしごを下りてくるのはどう?」
ジェムはよく、本物のスライムのように、ぷるぷるとした液体状に変化することがあったのだ。
ジェムは宝石スライムなので、スライムというよりは水銀のほうが近いのかもしれないが。
そんなことはさておき、ジェムは私の言うとおり液体状となる。
粘度のある液体がこぼれるように、ぬるぬるとはしごを伝って下りてきていた。
「よくできました!」
褒めてあげると、ジェムは嬉しそうにちかちか発光させる。
愛い奴め、と撫でてあげたのだった。
球体へ戻ったジェムは、私のあとに続く。念のため、はぐれないようにと言っておいた。
路地裏から大通りへでると、人通りの多さに圧倒される。
王都は社交期に突入し、一ヶ月も経っていないのに、各地から集まった貴族達が行き来していた。
この人込みだとブリザード号は邪魔になるだろう。ジェムに預けておく。
中央街にはたくさんの商店が並んでいた。
目移りしそうだが、買う物は決まっている。
以前、アリーセがおいしいと話していた、レモンケーキのお店だ。
アリーセがくれた紹介状を手に歩いていたら、長蛇の列を発見してしまう。
並んでいるのはメイドや従僕といった、貴族の使用人達だ。
まさか、と思って行列の先に視線を移してみたら、レモンケーキのお店だった。
「すごい人気ね」
二時間ほど並んだら購入できるだろうか。
他にもお菓子を売るお店はある。けれどもすでにレモンケーキを食べたい気分になっていたため、行列に並ぶことにした。
しばし待っていたら、レモンケーキの店員がひとりひとりオーダーを聞いているようだった。
事前にお店の在庫とすり合わせているのだろう。
ついに、私の番が回ってきた。
「いらっしゃいませ、お客様――あ!」
アリーセからもらった紹介状を見た店員は、「どうぞこちらへ!」と誘導してくれた。
何事かと思ったら、裏口からお店の中へと案内してもらう。
扉を開けた先はすっきりと洗練された喫茶店で、紅茶とレモンケーキがでてきた。
なんでもここは、常連客のみ利用できる特別なサロンらしい。
レモンケーキはとてもおいしく、酸味の利いたアイシングと、レモンの皮が入った生地の香りが最高だった。
じっくり堪能したあと、店員が注文を聞きにやってくる。
レモンケーキを二十個ほど注文すると、すぐに包んでくれた。
金額も二割ほど割り引いてくれたようだ。
これが、アリーセの実家の力!
今日ばかりはありがたく思った。




