好きなものの話
あれから私は、より好きなことに没頭できるようになった。
今まで何となく見ていたアンティークも、デザインひとつで年代や工房の系譜まで特定できることを知る。散らばっていた知識を、整理して並べていくように覚えるのが面白い。
それからもうひとつ変わったことがある。
「今日は何の本を借りるんですか?」
「染色技術の歴史についてを調べてるんです。関連書籍があったらいいなと」
「これはまたニッチなところですね。現代美術史の派生で探してみましょうか」
アラステア王立学術院の図書館を利用するときは、必ずと言っていいほどヨハネスと行動を共にする。通常の”婚約者”であれば共に過ごすはずの時間を、ここ2か月で取り戻すかのように隣にいるようだ。
慣れない場所の大きな図書館を一人で出入りできるほど、私は強かではなかった。
目的を終えると必ずと言っていいほどお茶を共にするようになった。場所は学内施設よりヨハネスが外出する形で、外の店に入ることが多い。
そして「ついでに」とマダムの店に寄る私についてくるのだ。
「ごきげんよう、ピーアニー嬢♪……あら、ヨハンまた来たのね」
「カトレア叔母様もご機嫌麗しゅう」
「白々しさに拍車がかかってるわね。リュバン家は由緒正しい美術商よ。あんたが笑うとまるで詐欺師」
「なんだか叔母上、最近僕へのあたりが強くないですか?」
「あんた来ても面白くないもの。あたしはピーアニーちゃんとお茶するのを楽しみにしてるのに」
店の入り口で店主が何とも言えない表情で私たちを見る。この空間にヨハネスがいることにいまだに慣れないが、叔母と甥である彼らのやり取りが見れることが新鮮だった。
身内に文句を言いながら、なんだかんだで甥を可愛がるマダムは、もとより感じていた面倒見の良さが親しみやすさとなってじんわりと私の心に広がっていった。
「あっ、手前のディスプレイまた雰囲気変わりました?」
「まぁ!さすがね。ここだけなのよ」
「学生さんの利用も増えてるんですよね?アクセサリーが増えてうれしいです」
近寄って商品を眺めるとアンティークレースやビジューをあしらったアクセサリーで、若い年齢層のものが多い。この店の持つアンティークならではの重厚感や雰囲気の一貫性はそのままに、季節や時間帯に合わせて購買層を遷移しながら商品を変えている。
「やっぱり素敵……価格帯も学生には優しいです。バイヤーさん、どこの作家さんから仕入れてるんでしょう?工房にも近代デザインを取り入れる方増えているんでしょうか?普段使いしやすいものは贈り物にも嬉しいですね」
「あらあら、私が仕入れたとはどうして思わないの?」
「……マダムは価格帯を変えるような方ではなさそうだと思って。このバイヤーさんの審美眼はマダムとは違う視点です」
「お勉強の成果がきちんと出ているわね。お父様もお喜びになりますわ」
「……びっくりしました。ピーアニー嬢がこれほどアンティークの知識に明るいんですね」
「いやだわヨハン、この子はエイル家の秘蔵っ子よ。ご一族の中でもエイル卿自らご紹介にあずかったんですもの」
「私は運がよかっただけです。一部ではありますが、弟と同じ教育を受けさせていただけたのですから」
「……なるほど。それでご縁があったのですか」
「ところでヨハン、そろそろデートにうちの店を使うのはやめなさい。ここは喫茶店じゃないのよ」
「っ、デッ……!?」
「え~?いいじゃないですか。こうして商談の無い日に来てるんですから」
「用意周到だこと。わざわざ学生の出歩きが少ない時間帯も狙ってるくせに」
マダムの放った『デート』というワードに思わず紅茶を咽そうになる。対照的に隣に座るヨハネスは何ともないかのように表情は崩れなかったが、時間帯の発言に彼は苦笑した。
否定も肯定もしていない。これはデートではないと認識しているが、傍から見ればそう見えてしまうのだろうか。
「ほら、僕はこう見えて顔が広いですからこの時間を邪魔されたくないんですよ」
「……あなたはそういうタイプね。婚約者のいる学生くらいいるでしょう」
「でも聞かれるたびに説明するの、大変になってしまいますよね。私も貴族同士の婚姻ではないと言ったら、ご令嬢方に質問攻めにされてしまいまして……」
「あら、あんた居てもいなくてもピーアニーちゃんに迷惑かけてるわけ?」
「お互い様じゃないですか~学生たちの話題として僕たち恰好の餌食になってしまうんですよ~?」
学生の中にはもちろん貴族の子女もいるようだし、深入りされることを嫌うヨハネスにはストレスだろう。ただ少し引っかかるのは、彼の性格と矛盾したような最近の行動。まるで私に興味があるかのようなそぶりを見せる。婚約者としての利用価値を計っているのかもしれない。