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雪の下で眠る花は乞い願う【完】  作者: 壱原 棗
花は眠り幸せを待つ
7/12

次の約束

 『エト先生』に連れられて貴族出身の生徒も多く利用する東塔のカフェテリアでティーセットを頼み、持ち込みのマカロンでお茶をしていた。ヨハネス様は私を、「うちのお客様」と紹介していた。この状況では、正解だと思う。いまさら『婚約者』と名乗るのはややこしすぎる。


 話を聞いているとこの女性がリアンのプレゼントを贈った相手であることがわかった。ここで教鞭をとっている立場にあるだけあって、非常に聡明な女性というのが言葉の端々からうかがえる。

 初めて会った私に楽しそうにリアンの話をしてくれた。


「えーーー!?カトレアさんの所で会ったの?リアンだけ?ずる~い!」

「何言ってるんですか、あなた滅多に出歩かないくせに。それにこの前は棚の商品倒しそうになったじゃないですか!」

「あらら、エトちゃんなにか欲しいものでもあった?」

「んんー?魔術学部で女の子たちが話題にしてたの。行ってみたいとはずっと思ってたんだよ、でもまさかヨハンのご家族が経営してたなんてね」

「うちはどちらかというと、貴族相手の商売が多くてね。立地も含めて叔母上は最近いろいろ挑戦してるみたいだよ」


 婚約者と言っても互いの交友関係を知るほど、私たちは親しくない。彼の上っ面だけではないリラックスした様子を初めて見た。


 しばらく歓談していたら、エトの端末から通知音が鳴った。鼻歌交じりでブラックコーヒーを飲みながら画面を確認した彼女は、もともと大きな目をさらに見開いてむせた。


「ちょっ!?エトちゃん大丈夫!?」

「っ!げほっ……ご、ごめ〜ん!なんか忘れてるなぁって思ったら、職員会議始まっちゃったみたい」

「えっ!?」

「はぁ??」

「あたし行かないと!ごめんね!また今度!!」


 思わず立ち上がったリアンに、まずいと察知したのかエトはそそくさとその場を立ち去った。リアンは大きくため息をついて「逃げ足だけは速いんだから……」と呟いていた。


「なんか、騒がしくてごめん。エイルさん、帰りの時間は大丈夫?」

「いいえ。とっても楽しかったです。そうですね、そろそろ時間かも。あっという間でした。リアン、今日は貴重なお休みに時間をいただいてありがとう!」


 にっこり笑ってお礼を言うと、少しほっとしたような表情を見せた。

 馬車は正門で迎えに来てくれることを伝えると、予想もしなかったことが起こる。


「じゃあ僕が馬車まで送っていくよ。ウチの大切な『お客様』だからね」


***


 正門までの道を、ヨハネスの背中を追いながらお互い無言で進んでいく。正直に言って気まずい。

 いくら私の知り合いに会いに来たとしても、彼とは共通の知人となってしまうし、より近い後輩であっただろう。これは私が領域を犯したことに他ならない。


「……ヨハネス様」

「どうしました?ピーアニー嬢」

「すみませんでした。あなたに断りもなくここへ来てしまって」

「えぇ~?あなたが謝る必要なんてありませんよ。部外者も利用できる施設があるくらいですから」

「ですが、あまり良い気分ではないでしょう?」


 控えめに表現したつもりが、思ったよりも図星だったようで、彼は微妙な反応を見せた。居心地が悪そうに視線を泳がせ、やがて観念したかのように私に向き合う。



「……僕は学生の身なので貴族とは違う。だからここではあなたのことは公言していない」

「はい」


 ふっ、とヨハネスの顔から笑みが消えた。対面では初めてみる彼の真顔。甘いマスク、と社交界でも評判の見目は、いつもと違う雰囲気をまとっていた。

 外面だけのやり取りの奥で感じる緊張感がここにはあった。この先、夫婦になったとしても変わらないんだろうか。


「でもあれは気づいてるな」


 遠い意識で後ろ向きな思考にとらわれていたら、打って変わって明るい声色が聞こえて、今度はこちらがたじろいだ。


「え!」

「叔母上が何か言ってる可能性はあるけど、あの二人はとても賢いんだ」

「そのよう……ですね?」

「言いふらすようなヒトたちじゃないし、気にしないでいいか」


 嬉しそうに友達を自慢するような口調は年相応に見えて、なんだか少しくすぐったくなる。

 いつもと違う、彼によく馴染んだ環境がそうさせているのか、私の思考の方が打算的で滑稽に思えた。


「そうそう、今日は何の本を借りたんですか?エイル家の蔵書にないものなんてなさそうなのに」

「それは買いかぶりすぎです。書架に明るい貴族家系もあるくらいです。歴代の当主の趣味が反映されているだけで」


 重たくないですか?と自然な流れでヨハネスに持っていた手荷物をさらわれていた。

 貴族ではないが、上流階級の立ち振る舞いをすでに身に着けている彼は、さぞかし人気があるのだろうな。政略結婚なんて縛りがなければ、彼は自然に学生生活の中で恋をしたり、生涯を補い合うパートナーを見つけたりできただろうに。


「……ガラス工芸に関する本です。ここには図案集もあって驚きました」

「ものづくりをする学科もありますからね。ピーアニー嬢はガラスの工芸品がお好きなんですか?

「ええ。個人的に思い入れもあって」

「へえ。エイル家のお嬢さんに見初められたジャンルに興味がありますね」

「どうでしょうか?私は美術品のガラスよりは、日常的な細工が好きなのでヨハネス様のお仕事には役に立つかどうか」

「美術品ではないのですか」

「ええ。あの店ではじめて自分で買ったのも……ぁ、違いました」


 なぜいままでこういう会話ができなかったのだろう。堅苦しいテーブルを何度も挟むより、一度隣を歩いた今日の方が何倍も縮まったように感じる。

 少し楽しくなってきた自分がいたが、前方に正門と馬車が見えた。


「マダムにお願いしたんですが、売り物ではないインテリアの一部を譲っていただいたことがあって」

「あの人が?珍しいですね」

「はじめて自分のお金で手に入れたかったんです。予想外に手に入れてしまったのですが、とてもお気に入りなんです」

「エイル家の方に見出された品ですから、さぞ価値があるのでしょうね」

「いいえ、ブロカントです」

「ブロカントを?あの店で?」

「ええ」


 これまた自然な流れで手を借りてしまい、私は馬車に乗り込んで外にいるヨハネスから荷物を受け取り膝に乗せた。

 急に思案顔になったヨハネスが黙り込んだ。


「……よろしければ、今度ピーアニー嬢のコレクションについて教えてください。その本の返却もありますし、僕を使っていただいて構いませんよ」

「でも、お忙しいって聞いてましたけど」

「次もここに来るんでしょう?授業くらい都合つけられますよ」

「あ、ありがとうございます。では、連絡します」

「はい。ではまた」


 また様子が変わったようなヨハネスに少し強引に、取り付けられた気がする。ここまで彼に関するイレギュラーが多すぎで、細かいことの思考を手放していた。

 そして私は、帰省の時以外でその日はじめて次回の約束を交わし、帰路についた。

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