ご招待
あの件から、店内の品ぞろえが徐々に変わったように感じた。もともと貴族を中心に商売を広げていたが、
ちょうど学術院に入学したヨハネスの口コミで、貴族出身の学生が気軽に訪れるようにもなったことで、ターゲットを広げたのだろう。時間帯によって品ぞろえが違うのだから、そのやり方はかなり本格的だった。
「あとで、手前の雑貨類も見ていってね。この時間限定のブロカント出してるの。学術院のイベント行事に合わせて学生のお客さんも増えるのよね」
「確かこの前ヨハネス様も仰ってました」
「あら、ヨハンに会ったの?」
「いえ、いつも通りこの前のホリデーにお招きいただいた時ですね」
「……あの子ったら」
マダムはため息を吐いて手元のカップに口をつけたが、美味しいはずのお茶を飲んでも珍しく渋い顔のままだった。私はテーブルに置かれた上品な彫金が刻まれたペーパーナイフで、先ほど受け取ったリアンからの手紙を開ける。
『図書館に来たいときはマダムに連絡してくれたら時間合わせて案内するよ』
「そうそう、リアン君からピーアニーちゃんに予定聞いておいてって連絡もらったのよ。なあに?
デートでもするの??」
「違いますよ…ははは。でも学術院の図書館を案内してもらう約束をしたんです!とっても楽しみで」
仮にも婚約者がいる立場で、双方を陥れるようなことをする度胸はない。でも貴族以外の友達ができてはしゃいでいる自分がいることは否定できないのは事実だから許してほしい。
「行ったことないって言ってたものね。ごめんなさい。本来ならあの子にお願いするべきなのに」
「気にしないでください。ヨハネス様がお忙しいのはわかっています。又聞きですけど、修復のお手伝いも本格的にやっているとか」
美術品の修復作業はとても専門的な分野だ。魔術が使えない私でも一般常識として、『修復』を魔術で行う難しさは理解している。作業工程を見たことはないので、ヨハネスさえよければ見せてもらおうかと思ってはいる。
「そうね。昔から器用だけが取り柄なのよ。小手先はほんとうにうまいわ」
「え?なんだか今日当たり強いですね?」
「そうでもないわ」
すんっと表情が消えかけたと思ったら、にっこり笑顔で紅茶を飲み切った。
「こうなったらリアン君にしっかり案内してもらいましょうか!私からもお願いしておくわね」
「何から何まですみません」
「いいのよ。自分にとって有意義な時間をもたらしてくれる相手は、必ずしも自分と似た環境ではないもの。ご縁は大切にしなければ、ね」
カトレアは貴族であった独身時代は、実家が運営する財団を取り仕切っていた。将来性を見極め、各事業の状況を把握し、支援する相手の育成に努めていた。その手腕はいずれ家督は彼女が継ぐのではないかと噂されたほどだった。
結婚の馴れ初めを聞いた時は、紆余曲折どころではない波乱万丈な出来事ばかりだった。けれど。
『何度も口説かれたのよ。そして私は自分の価値を賭けてみた。最初で最後の博打かしらね』
感慨深げに微笑みながらそう言った彼女の横顔はとても穏やかで、当時の自分は少しだけ”結婚”に希望を見出したのだ。