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雪の下で眠る花は乞い願う【完】  作者: 壱原 棗
きっかけは好奇心
3/12

思い入れのある品

【補足】

・リアン・アスター

魔術工学部に在籍する5年生。ヨハネスが可愛がっている後輩で、魔法鉱物に明るく読書家。リュバン家とは宝石部門に宝石鑑別としてバイトをすることがある。

ピーアニーとはアンティークショップで偶然出会った。

(「星を見つける」で出会いが読めます)

「はい。預かっていたものよ」

「お手間を取らせてすみません」

「いいのよ。あなたが学術院宛に私書を送ったら、何か言われるかもしれないもの」


 今日この店を訪ねたのは、ある人からの手紙を受け取りに来たのだ。

 以前マダムに流されるまま、一緒にお茶を飲んだ。見切り発車で友人になってくれと申し出たのはいいものの、相手はヨハネスと同じ寮生活をしている学生。私自身も、街まで出て自由に友人に会いに行くことが難しい立場でもあった。

 その場で紹介してくれたマダムが、「ここで会ってもいいのよ」と面白そうなものをみたいという欲求で提案してくれた。そのあとは時間が合うかわからないので、この店を私書箱の住所に指定させてもらっている。


「最近リアン君もお店に来てくれるようになって嬉しいわ。たまに噂のあの子もくるのよ」

「え!あの時計の女性がですか!?」

「んっふふ。そうなの。あの子が店のモノを壊さないか冷や冷やしてるリアン君が面白くて可愛いのよ」


 先日知り合った少年__リアン・アスターは、私の文通相手だ。彼は読書家で、私よりも年下であるにもかかわらずかなりの量の本を読破しているようだった。初対面で本の話をしたときに趣味が合うことがわかり、手紙を通して本をおすすめし合っている。


「やっぱりあなたは社交界にいるより、こうしていた方がいきいきしてるわね。伯爵の見立てには恐れ入るわ」


 確かに貴族同士の集まりや自由に友人を選べない環境は、私にとって歯痒い部分が多かった。子女たちが集まる交流の場でも、空気を読んで会話を選ばなくてはならない。そして令嬢は男性を立てるように教育されているので、意見を交わす立場に回ることはない。それが悪いわけではないけれど、父の計らいで勉強する内容を変えてからは言葉を飲み込むことが増えてしまったから、正直最近は楽しくなかった。


「こうしていろんな機会をもらえて私はとても幸せです」

「ピーアニーちゃんったら可愛いわね~~!はじめてお店に来てくれたこと、今でも思い出すわ~!!」

「なんだか恥ずかしいです……」

「伯爵の後ろでとっても控えめな子だったわよね。そのあと来てくれた時は1日中店の中にいたんだったわね」

「ほんとうに……あの頃は夢中だったんです」

「でもおかげであなたの素養は私もよく分かったもの。エイル家の血を引いているだけあるわ」

「見る目はないんですけどね」


 昔、はじめてもらったお小遣いでこの店に買い物へ訪れたとき、わがままを言って売ってもらったものがあった。



■■■



「お小遣いをためて来たかったんです!」

「まぁ、小さなレディにそう言っていただけて幸せですわ。好きなだけ見て行ってくださいね」


 すでに何度も両親と通ったアンティークショップ。自分のお金で選ぶというのはまた格別なものがある。マダムが気を利かせて奥に入り、店の中で一人にしてくれた。

 ライティングビューローに繊細なレースが敷かれ、その上に装身具や小物がディスプレイされていてどれもこれもがキラキラして見える。

 それらを眺めていて、ふとあるものに視線を止めた。


「ガラス瓶?」


 ネックレスのチェーンが緩くかかっている瓶が何本かあって、そのどれもが違った形をしていた。手のひらに収まるような細身の瓶はなかなかに凝った造形をしていて、私は初めて見る形に心がおどった。


「……値札がない?」


 ディスプレイの一部だったのだろう。通っていて気付いたことだが、この店では入り口付近のアクセサリーや小さめのインテリアには値札が付いている。大きな家具や奥にある商品には見当たらず、また店主が手ずから見せてくれる商品にも付いてはいなかった。


「お決まりになりました?」

「マダムカトレア。相談があるのですが、これは売り物のひとつでしょうか?」


 私がおそるおそる示した瓶を見て、マダムは一瞬だけきょとんとした顔をした。


「ごめんなさいね。それは売り物ではないのよ」

「やっぱりそうですよね!隅々までこだわってるんですもの。とても惹かれるデザインだったから私も飾ってみたくなりましたの」

「……実はこれ、つい最近店に並べたばかりなの。気がついたのはレディが初めてですわ」

「何か曰く付きの……?」

「紛らわしい言い方してしまってごめんなさいね。この瓶にアンティーク的価値はまだないわ。だからこの店で売ることはできないの」

「そういうことでしたのね。わかりました、諦めます」


 お店のディスプレイを無理に売ってもらうわけにはいかない。それにしても好みの品だったと、少し名残惜しい気持ちで別のものに決めた。


「お待たせいたしました。お品物でございます」

「ありがとうございます」

「それと、こちらはおまけになります」

「おまけ?」


 商品とは別に、店のロゴがスタンプされた紙袋が差し出された。中を開けると、先ほどの瓶が緩衝材に包まれてはいっていたのだ。


「あのマダム!これは先ほど”売り物ではない”と。いただくわけにはいけません!」

「今日は初めてお小遣いで来てくれたでしょう?水を差してしまうかなとも思ったのだけど、うちのスタッフのためにも、もらってくれないかしら?」

「スタッフの方?」

「今『見習い』のバイヤーがいるのだけど、アンティークに関して勉強中で。たまに買い付けも任せてみるんだけど、やっぱりまだ経験不足なの。こうして私の店で”売ることができない品”が多くてね。これもそのひとつなの」

「……そういうことでしたのね」


 少し困ったような笑みを浮かべて、説明してくれるマダムの口ぶりからは、見習いがどう育つのか楽しみであるという意味合いがあった。かくいう私も、その見習いが買い付けた瓶に心が躍ったひとりである。


「将来が楽しみですね」

「ええ。いつかお嬢様に胸を張ってお勧めできる商品を買い付けてもらいたいわ」


 それからしばらくが経ってもなお、あの瓶は私の『お気に入り』のひとつだ。なんなら香水瓶やら薬瓶が増えてしまったかもしれない。


■■■

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