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雪の下で眠る花は乞い願う【完】  作者: 壱原 棗
ずっと前から
10/12

芍薬に込めた祈り


 あの後私は茫然としたまま馬車に揺られ、家に帰ってきていた。ぐらぐらと思考が定まらず、ひどい顔をしていたらしい。家族や使用人たちから体調を心配されながら、そそくさと部屋に閉じこもった。


 (『キミ』はなぜ2年間もこうしていられたの?)


 ベッドに入り頭まで毛布を被ると先ほどヨハネスの言葉が響いてくる。

 『キミ』と呼ばれてなぜだかとてもしっくり来た。この距離感が彼の本質だ。そして私も。ファーストネームを呼んで親しそうに見せていただけだった。


 私は賭けてみたんだ。この婚約で何かが変わるかもしれないと。それは彼との関係ではなく、あくまでも自分の精神が死なないように。願わくば、自分を好きになって生きていけるように。


「……恋愛結婚がしたいわけじゃなかったのに」


 枕を抱えながらぼそりと呟いて意識を手放した。


****


 何日か体調を悪そうにしていたこといいことに、予定をキャンセルし朝をゆっくり過ごさせてもらった。考えすぎて支度をしていてもまだ頭痛がする。あまり着飾りたがらない私に代わってメイドが頑張っていてくれているが、いつもよりシンプルなドレスを選んだら悲しそうな顔をされた。しかしここでも体調不良を理由に逃げた。


 せっかく借りてきた本も全く頭に入らず、ベッドに腰掛けながら開いたり閉じたりしているとノックがした。


「ピーアニー、入ってもいいかな」

「お父様?どうぞ」

「朝食も顔を出さなかっただろう。加減はどうだい?」

「ずいぶん楽になりました。執務はよろしいのですか?」


 この時間は通常執務室に籠っている父が、ベッドサイドに近づいて私の頬を撫でるように触れた。それに少し甘える私に、父は何も言わずに微笑んだ。


「あぁ、休憩中だよ。付き合ってくれないか?」

「ええ。ご一緒します」

「お願いするよ」


 エイル卿がドアに声をかけると執事長がワゴンを押してティーセットを運んできた。執事長は主に当主に仕えることが役割であり、彼の紅茶を飲める機会はめったにない。

 部屋にあるラウンドテーブルにテキパキとセットを完成させていく。


「お昼前ですが、お嬢様には軽食をご用意しました」

「ありがとう」

「最近よく街へ外出するようになったね。お友達ができたのかな?」

「はい。学術院にお友達ができて、図書館の利用の仕方を教えてもらったんです。美術史の資料も沢山あるんですよ」

「へぇ、それで図案を見ていたのか。いまはデザインに興味があるのかい?」

「そうですね、系譜判定が面白いですね」

「すっかりコレクター目線だな。……リュバン家との縁はピーアニーにとっていいものであったかい?」


 エイル卿がカップを置いた音が響いた。肘を置いて組んだ指越しに娘へおだやかに問いかけた。


「いいものにしたいと思っています。私にとってまたとないチャンスです」

「貴族であり続けることがお前にとっていいものとは限らないと思っていたのだけど……近頃元気がないように見えるから」

「……お父様」

「うん?」

「お父様はなぜお母様との結婚を決められたのですか?」

「はははっ!神妙な顔をしているから何を言うのかと思えば、ずいぶんと可愛らしい質問だ」

「もうっ!私は真剣に悩んでるのに!!」


 勇気を出して聞いたのに笑い声が返ってきたことにムッとして、ピーアニーは目の前のサンドイッチを口いっぱいに含んだ。


「ふふふ……悪かったよ。いやあ少し嬉しくてね」

「んん!……」

「娘にこういう話をするのは少し気恥しいなぁ。お母様とは幼いころから許嫁でね、結婚に疑問は抱かなかったな」

「……そう、ですか」


 少し声が気落ちしたの見抜かれてエイル卿はさらに笑った。姉弟の中で人一倍大人になるのが早いと思っていた娘の年相応な一面に立ち会えて純粋に嬉しい父心だ。


「ふふっ、ドラマチックなストーリーがなくてすまないね」

「いいえ、そのようなことは……」

「気が進まないのであれば、私の方からお断りしようか?」

「えっ!?」

「娘のわがままの一つくらい叶える甲斐性はあるつもりだよ」


 思ってもみなかった提案に、私は動揺した。咎めるわけでもなく、呆れるでもない。まるで誕生日に何が欲しい?と聞かれているみたいだ。


「あ……」

「お食事中、失礼します」

「入ってくれ」


 急に不安が襲ってきて、言葉を失った。座っているはずなのに視界がぐらつく。

 コンコンと響くノックの音で我に返った。


「お嬢さま、贈り物が届いていますよ」

「どなたからでしょうか?」

「開けてみてほしいとのことですよ。私はこれで失礼します」

「ご苦労。僕も見てみたいな。さぁ、ピーアニー開けてみなさい」

「はい」


 別の使用人が持ってきたのは、両手にやや余るラッピングを施された真四角な箱。リボンを解くと、丸いガラスドームのようなものが見えた。


(スノードーム??)


 持ち上げて現れたのは、ガラスの中に閉じ込められた大輪の花。淡く優しいピンクの拳大の花びらの多いそれが、優美な存在感を放っている。球体のそれは猫足のような台座に鎮座しており、インテリアとしては初めて見る品だった。


「ラナンキュラス?いいえ、ひとつの花びらがとても大きいわ」

「おや、見たことなかったかい?父親として娘にこの花を贈ってくれるのはうれしいなぁ」

「??」


 慈しむようにその品に微笑む父と私は何かわからないまま外箱を見ると、奥にメッセージカードを見つけた。


『美しいピオニーが似合う、貴女に救われた者より』



*****


 ピオニー。私の名前の由来になった花。

 柔らかい布地をふんだんに使ったドレスのような花びらが特徴で、ふんわりとした大きな花をつける。開く状態によってはラナンキュラスにも似ていて、私にその判別はできなかった。


「瓶……じゃない。これは浮き球??」


 机に伏せた姿勢から、置いておいた贈り物をまじまじと見た。

 台座と球体は別。瓶にフラワーアレンジメントを保存するハーバリウムはインテリアとして知っているが、口のない球体の瓶_またはガラスケースは馴染みがなかった。


「……悔しいけど綺麗。何がしたいんだろう」


 私は、何をしたかったんだろう。父に何を言って欲しかったのか。


 先にラインを超えたのは私の方だ。我慢ができなかったのは私。でも何を我慢できなかったんだろう。

 惨めになるのが嫌だった?自分が可愛いだけだったのか、それとも。


 会うたびに、垣間見えるヨハネスの人柄に自分だけが戸惑って、取り繕っていた。

 分かりにくいのだ。彼も自分も。希望を何一つ伝えていないのだから。

 

 私には憧れた人がいた。その人みたいになりたくて、日々を過ごした。それでもぼんやりとした将来の中で、はっきりとした形が見えたのがこの婚約だった。


 憧れの人の紹介で浮き足立っていた自分がいた。私にも同じように努力できる場所がある。そう言われているようで。信頼できると願ったその人は、私にとって信用できる人ではなかった。


 目指す姿に思いを馳せていれば、結婚までの時間は些細な事だと我慢ができると思った。与えられた機会を逃すまいと、必死だったのは私の方だったのかもしれない。慣れない体当たりは私だけが、反動でよろけて転んだだけだ。


「……話してもダメだったらきっと結婚も無理だもの」

ラストは本日18時更新です。

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