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雪の下で眠る花は乞い願う【完】  作者: 壱原 棗
5分の1は見ないフリ
1/12

花占いの言う通り

「星を見つける」アンソロジー

https://ncode.syosetu.com/n9898ig/


【単品読みの方へ補足】


・アラステア王立学術院

国中から学生が集まってくる全寮制の魔術・騎士養成学校


 貴族の家に生まれた以上、好きな人と結婚できる方が珍しい。最初からわかっていた。

 だからせめて、私は……。



 私が十五歳の頃、ひとつ年上の婚約者ができた。


 贔屓にしているアンティークショップの女店主から持ちかけられた縁談。相手は美術商を生業とする名家__リュバン家のひとり息子だという。

 彼はアラステア王立学術院に通う学生の身でありながら、長子として家業を手伝っており、とても多忙な生活を送っているらしい。


「はじめまして、ヨハネス・リュバンと申します。この度は、申し出をお受けくださり大変光栄です」


 柔らかなダークブロンドをうなじでゆったりと上品に結った、端正な顔立ちの少年が笑みを浮かべて私を見た。

 この笑みには見覚えがある。社交界では誰でも身につけるべき仮面。


「お初にお目にかかります。エイル伯爵が次女、ピーアニーでございます」


 向けられた仮面と全く同じものを貼り付けて、そう返した時から私はわかってしまった。

 私たちは良い友人にさえ、なれないのだと。


***


「エイル伯爵令嬢、ご婚約おめでとうございます!」

「ありがとうございます」


 この日は親しい友人を招いて私の婚約発表を内々に行った。婚約が決まった時に通常の意味合いで社交界に足を踏み入れるわけにはいかない。友人である令嬢たちとは、そういった夜会で顔を合わせることはなくなっていくだろう。


「これ、お祝いのお花ですわ」

「やっぱりこの風習美しいですわね」

「ええ、本当に」


 受け取ったのは中身が花でいっぱいになったバスケット。プレゼントとは別に、様々な花が私の手の中にあふれている。白やピンクの花が甘く香る。

 この地方では結婚のお祝いとして、たくさんの花を贈る風習がある。花が持つ言葉に乗せて、相手の幸せを願うのだ。


「わたくし心配でしたの。ピーアニー嬢から平民になると聞いたとき、とても驚きましたわ。でも、あのリュバン家のご子息とのご婚約なら安心ですわね」

「まあ、マーガレット嬢は相手の方をご存じなの?」

「ねえ、どんな方?あなたがそうおっしゃるなんて、素敵な方なんでしょうね!」


 一人がこぼした言葉によって、少女たちはきゃあきゃあと夢みがちな恋バナに花咲き始めた。

 どうやら私の婚約者は、令嬢たちの間でも噂になるほどの人物らしい。私にとってはどれも現実味を帯びない話ばかりで、うっすらと笑ってごまかすしかなかった。

 

「以前、わたくしの母が主催したサロンで一度お会いしましたの。色白で美しいお顔でしたわ。それに、お顔だけではなくとても賢くていらっしゃるの。サロンに来ていた女性たちは彼に夢中でしたわ」

「学術院で魔法を学んでいるので忙しいのに、家業もお手伝いされているんですって」

「それにリュバン家ならこちらの邸宅と遜色ない美術品の数々があるんでしょうね!」


 初対面で向けられた彼の笑顔は、人好きそうな柔らかいものだ。好印象なのも頷ける。向けられたものを素直に受け取れなかった私は浅ましいだろうか。


 この政略結婚で得られる互いの利。

 エイル家は芸術品を好む家系として知られ、代々当主を含めた多くの一族がコレクター気質で育つ。ちなみに先代は壺、現当主の父は彫刻。姉や弟も何かに対して強いこだわりを持っている。加えて多くの芸術家のパトロンを務めており、世界中の芸術家を支え続ける一族だ。

 買い付けや商流を把握できるリュバン家とつながりを持てば、相乗効果が得られることは間違いないだろう。

 ごく単純な政略結婚だ。珍しい話ではない。



「ええ、私にはもったいないくらいのいいお話だと思います」

「ご縁があってなによりですわ」


 婚約者の話になると、詳しく話せない私はホストとして失格だ。でもあったのは顔合わせの一度だけ。彼について噂以上の情報を私は持ち得ていないのだから少しは許してほしい。

 夜会ではない昼間のお茶会の方が気楽で好きなので、その後も楽しい時間を過ごすことができた。



 つつがなくお茶会が終われば、自室にプレゼントの数々が運び込まれてきた。丁寧にすべて開封し、お礼の手紙を書く準備をする。


「お茶をお願いできますか?」

「はい、かしこまりました」


 便箋とインクの用意をしながら、近くに置かれた大小さまざまなバスケットをちらりと見た。ピンクや白のいかにも『愛』や『結婚』を連想させるような花の数々。特にナデシコの花が多い。


「すき、きらい、すき、きらい……」


 おもむろに手に取って花弁をつまんでは離す。普段では絶対にしないようなことをしてしまったのは、今日まで現実味を帯びなかった『結婚』が身近に迫ったような気がしたから。

 ナデシコの花弁は五枚。結果は最初からわかっていた。


「すき……」


 言葉とは裏腹に虚しさが広がって、もう一本手に取った。

 

 愛の願いが込められたはずなのに。

 愛を試すのは五回まで。


「すき」

「少しすき」

「とってもすき」

「狂おしいほどすき」


 ひらり、ひらりと花弁と一緒に気持ちが落ちる。


「……全然、すきじゃない」

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