パッチワーク・マジックガール
ノリと勢いで書きました。
主人公の少女が魔法少女の皮をかぶった怪物として悪と戦うお話です(間違ってはいない)。
「やあ、僕はジャスティー!心に正義を宿す少女に魔法を授ける魔法世界の妖精さ!」
ポンと音を立てて現れたのは、体の左右が白黒で色が異なり、真ん中で適当に縫い合わされたような子熊のぬいぐるみだった。
くるりと回るその背中には一対の羽。そこだけ見れば妖精に見えなくもないけれど、その外見は正義というよりは悪の側だった。
「さぁ、君も今日から魔法少女になって世界を救う旅に出るんだ!」
「えっと、嫌だけど」
邪悪な子熊妖精を私は突っぱねた。当たり前だ、魔法少女なんて今どき時代遅れだ。時はVRMMO最盛期。現実なんて救いがない。私はゲームをしたいんだ。
空中で動きを止めていた子熊がギギギと首をひねり、九十度折り曲げる。真っ黒な瞳が、じっと私を見ている。怖い。
「……ううん、よし、リテイクしよう!やあ、僕はジャスティー!心に正義を――」
「悪質な勧誘は間に合ってますんで」
無視だ、無視。ひょっとしたら疲れているのかもしれない。だって往来のど真ん中で突如妖精を名乗る化生の類が魔法少女に勧誘してくる――うん、夢だ。きっとそうに違いない。
そう、想っているのに状況は待ってくれない。
突然、世界から色が消えた。
視界に映るコンクリートジャングルは元の色のまま、けれど電灯の明かりが、装飾が、街路樹が、その色を失っていた。あるいは、私がおかしな世界に迷い込んだのかも知れない。
灰色の世界。そこには見渡す限り人がいなかった。走り出すことなく車道に止まっている車の中にも人がいない。
「……どうなってるの?」
ものすごく気持ちが悪かった。それから嫌な予感がした。たとえるならば、難敵に勝利してエンディング目前のところでフリーズしたような感じ。無事に再開するか、それとも艱難辛苦を乗り越えた勝利が電子の狭間に消えるかといった瀬戸際。
背筋に感じる冷や汗から目をそらしながら、私はホバリングを続ける熊につかみかかる。
逃げられた。
「ひどいね、かわいらしい妖精である僕をひっつかもうとするなんて。顔が凹んだらどうしてくれるの!?」
「別にどうにもしないけど。それよりも早く私を開放して。どうすればこのおかしな状況は元に戻るの?私、帰れるんだよね?」
「え?無理だよ?」
時間が止まった。いいや、確かに止まっているのかもしれない。ここには誰もいない。見上げる時計の針は、先ほどから一分も時を刻んでいない。
裏の世界、といったような感じだろうか。不運にも迷い込んでしまった?ううん、このおかしな状況は、きっと目の前の妖精が原因なはず。
「……本当に帰れないの?あなたを倒せば解放される?」
「ちょっと、僕は正義の味方。悪を倒す魔法使いの相棒、魔法妖精ジャスティーだよ!?どうして僕を倒すのさ!?」
「だってあなたがこの世界に私を閉じ込めたんでしょ?」
「ううん。君を閉じ込めたのは――来るよ!」
その瞬間、地面が大きく揺れた。立っていることができなくて、私は膝をついて――視界の先に、ビルを砕いて立ち上がるおどろおどろしい何かが見えた。
「え、何あれ」
「あれこそ君が倒すべき悪・デヴィルキングだよ!あれは人々が吐き出した悪感情が呪詛となって世界に凝って顕現した、人間の負が凝縮された怪物!君をこの世界に閉じ込めたのもあの怪物だよ。僕はそんな君に力を貸してデヴィルキングを倒すためにやってきたんだ」
じろりと半目でにらんでも、ジャスティーを名乗る邪悪妖精の本心はわからない。ただ見れば見るほどその外見は悪魔じみているように感じる。うん、魔法妖精というよりは悪魔妖精じゃないだろうか。
「さぁ、立ち上がれ魔法少女――ええと、名前何だっけ」
「……スイレンだよ。それくらい知っていて声をかけてきたんじゃないの?大丈夫、悪魔妖精」
「僕だって忙しいんだよ。あちこちで生まれるデヴィルキングを倒すために少女たちに力を貸しているんだから……って悪魔じゃないよ妖精だよ!」
「だから悪魔妖精でしょ?」
「だーかーら、僕は魔法妖精だよ!」
うがー、口を開いて吠える。口内に、おぞましい闇と、何やら無数の触手のようなものが見えた。それはたぶん、深淵というやつだった。
これ以上からかうと何をされるか分かったものじゃない。
ため息を一つ。意識を切り替えてデヴィルキングとやらをにらむ。そのネーミングセンスはともかく、デヴィルキングの外見は、まさしく悪を煮詰めた怪物のような感じだった。真っ黒でヘドロの塊のような巨体。そのあちこちから長さの異なるいびつな腕と、真っ赤な瞳の目と口がのぞいていた。
「……ねぇ、どうすればあれに勝てるの?変身するんだよね?」
何を言っているんだという目で見られた。解せない。魔法少女といえば変身だろうに。私だってそれくらいは知っているんだ。
「そんなリソースはないよ。大体、この世界にどれだけ魔法少女として活動しなきゃいけない子がいると思っているのさ。世界に一人ならともかく、いちいちデヴィルキングと戦う子に力を授けていたら魔法世界のエネルギーが枯渇しちゃうよ」
「……つまり素の身体能力で戦えってこと?だったら帰るけど?」
「だから帰れないって……来るよ!」
何が来るのか、そう思った次の瞬間、デヴィルキングの頭頂部あたりに大きな球体がせりあがった。真っ黒なヘドロの塊が、空に向かって――私の方めがけて放たれる。
「ほら、走って」
「ああもう!?」
恐怖にすくみそうになる脚を殴りつけて、私はもつれるように走り出した。
地面に黒い塊が落ちる。大地が激しく揺れて、転んでしまった。膝が痛い。
落下した塊から、無数の異形が産み落とされる。無数の手を持ったムカデみたいなやつとか、蜘蛛とかサソリみたいなやつだ。とてもじゃないけれど、魔法少女の敵として地上波に乗せられる感じじゃない。
走る私の横を飛ぶ悪魔妖精にはどこか余裕が感じられる。フリフリと短い手を振って、その指を私の顔に突きつける。人を指さしちゃダメって教わらなかったの?
「いい?君たち魔法少女に与えられる力はただ一つ、パッチワーク・レボリューションだよ」
「何でもレボリューションってつければ解決すると思ってない!?」
っていうか何、パッチワークって?すごく不穏なんだけど!?
「方法は単純明快。敵の身ぐるみを剥いで被ることで敵の力を己のものにできるんだよ。さぁ魔法少女スイレンよ!敵の身ぐるみかっぱらって変身するんだ!」
「だからやることが悪の側なんだって!」
ええい、女は度胸!いつまでも逃げ回るだけじゃ勝てないから仕方ない。幸い、この場所はひどく現実味がない。
落ち着け。気持ちを切り替えろ。ここはVR世界だ。そう思い込め。そして目の前から迫ってくるのは敵MOB。気持ち悪い外見をしているけれど、あれを倒せば身ぐるみという防具が手に入る!
少しだけ体が軽くなった。カサカサと足を動かすムカデのような敵が迫る。ええい、ままよ!
「はっ」
殴る。べちょ、と泥を殴ったような感覚。たった一撃で怪物は倒れた。
「身ぐるみを剥ぐってどうすればいいの!?」
「もう少し待って……来た!」
どろり、と地面に伏した怪物からヘドロが落ちていく。その下から現れたのは、巨大なムカデ。そして私の手には、いつの間にか両手で何とか使えるくらいの大きさをしたハサミ。
「え、ええ!?」
「ほら、早くそれで敵の身ぐるみを剥いで装備を手に入れるんだ!」
ああもう、最悪。覚悟を決めてムカデクリーチャーに刃を差し込む。硬そうな見た目だったけれど、意外と柔らかかった。というか、切り裂く必要もなかった。ハサミが入ったところから、怪物の体に線が走る。その線に沿ってファスナーができていき、ポン、と音を立てて着ぐるみが誕生した。
――が、グロい。何がグロいって、さっきまでただのでかくて気持ちが悪いムカデの死体だったのに、あちこちにつぎはぎをあてられた不気味なパッチワークになっているところだ。それに何より、さっきまでなかったはずの血の跡が着ぐるみについている。
「さぁ、それを着るんだ、魔法少女スイレン!」
「ああもう、ほんっとうに最悪!」
仕方がない。迫る怪物たちは津波のごとく大通りを埋め尽くしている。多勢に無勢。このままなすすべなくやられるくらいならせめて一矢報いてやる。
そんな意気込みとともに着ぐるみに足を突き刺す。視界が悪い。
すっぽりと体が収まると同時に、背後のファスナーがひとりでに閉まる。
その瞬間、全身に力が満ちた。
『キィィェェェェエエエエエエエエ!』(さあ行くぞぉぉぉぉぉ!)
え、何、ちょっと、すごい変な声になったんだけど。まさか着ぐるみを着ている間は勝手に言葉が翻訳されるとか!?
「うわあ、キモッ」
許さない。絶対に許さないこの悪魔妖精め!
私は自分をこんな目に合わせた悪魔に復讐することを心に誓いながら迫る怪物たちへと殴り込んだ。
鎧袖一触。パッチワークアーマー(勝手にそう命名した)は強かった。私の体力を何倍に強くしてくれるその装備は最高の鎧だった。風を切り裂く拳の一振りで十把一絡げに怪物たちが吹き飛んでいく。地面に倒れ伏した怪物たちの体からはヘドロのような黒い液体が消え、巨大な動物へと姿を変える。というか、別に蜘蛛とかサソリとかムカデばかりじゃなかった。最初だけどうしてあんなに気持ち悪い奴ばかりだったの?まさかチュートリアルとか?
私は隣に漂う悪魔をにらむ。悠然と宙を飛んでいるその姿が憎い。
「ははは、いいね。すごくいい!なかなかの逸材だね!」
うるさい。私は怒りとともに腕を振るって。
ビリビリビリ、と腕の部分の着ぐるみが破れて、私の拳はひょろひょろとした少女のものへと後戻りした。当然、迫る怪物はほとんど吹き飛ばせなかった。
「あ、言い忘れていたけれど、君が着ているそのパッチワークドレスは耐久性が著しく低いから。まあ仕方ないよね。間に合わせで敵の身ぐるみ剥いで装備を作っているわけだし」
「早く言いなさいよ!」
踏み込んだ脚の部分も破れる。もうこの着ぐるみはだめだ。
無事な腕で怪物たちを薙ぎ払って、もたつきながらムカデパッチワークアーマー(断じてドレスじゃない!)を脱ぐ。
イメージしてその手に巨大ハサミを顕現させて、近くに倒れていた猪への刃を叩き込む。
ぽん、と軽快な音とともに猪が着ぐるみに代わる。やっぱりパッチワークだ。あちこちに穴が開いていて、その一部をかろうじて黒い布でつぎはぎにしている。何より、その白目が気持ち悪い。
だけど、時間がない。ほかの着ぐるみを作っている余裕はない。
手を離すとハサミが虚空に消える。残念なパッチワークアーマーを着て、私は裂帛の声を上げる。
『ブモオオ!』(ああもう!)
「いけ、行くんだ魔法少女スイレン!」
悪魔の応援をシャットアウトしながら私は戦い続けた。イベントの苦行を思い出した。何度やっても出ないイベントアイテムを手に入れるために三徹した日のことだ。オンゲーで走ったあの記憶が、走馬灯となって私の脳裏をよぎる――って死なないから!
熊になって、トカゲになって、サソリになって、ヤスデになって、ダンゴムシになって、蜘蛛になって、オオサンショウウオになって、カエルになって――
『ゲコッ!』(乱数!)
「ぷ、くく、ほんっとうに逸材だね」
悪魔の声が遠い。もうどれだけ戦っていたかもわからない。
デヴィルキングという巨体は、配下の数が減るごとにその体の一部を切り離して球体を放った。そこからあふれる無数の怪物が私の脚を止めた。けれどそれも、もう昔のこと。
私の前にいるデヴィルキングは、今や私と同じくらいの大きさの、人間の影のような姿にまでなっていた。
「さぁ行くんだ、魔法少女スイレン!」
『キュェ!』(うるさい!)
パッチワークエリマキトカゲになった私は影に向かって走る。少し手前で腰をひねり、尻尾をたたきつける。大体一撃でおしゃかになるけれど、尻尾による鞭攻撃は強い。
けれどキングは攻撃を躱した。さすがは怪物の王。小さくなっても強い。
びりびりと音を立てながら尻尾が引きちぎられる。
大きく踏み込んで拳を振るう。受け止められる。
『キェェェェェェェ』(どうして魔法がないの!?)
「だって魔法ってたくさんのエネルギーが必要だからね」
これは絶対に魔法使いじゃない。敵の身ぐるみを剥いで被って相手を肉弾戦で倒すなんて魔法少女じゃない。第一、私は十五歳だ。
『キシャアアアアアアア!』(少女っていう年齢でもないでしょ!)
「ぶふ、傑作☆」
ああうるさい気が散る!
キングの拳を躱す。エリの一部が吹き飛んだ。ぴろぴろしていて邪魔だったからちょうどいい。
拳を振りぬいたキングの胴体はガラ空きだ。でも、ただ殴るだけじゃ躱される。それくらいの知恵と機転がキングにはあった。
だから裏をかくんだ。想定外のことをしてやれ。
『キェ!』
私は両腕を広げてキングに抱き着いた。でろりとした感触が気持ち悪い。流体なのかスライムのような粘性体なのか、キングが体の形を変えて私の腕の中から逃げようとする。
でも、逃がさない。
巨大ハサミ、仮称パッチワークシザーズ顕現!
キングの背中からハサミの刃を突き刺す!
『キェェェェェェェェェェッ』(行っけぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!)
抵抗があったのは一瞬のこと。ハサミの先端がずるりとデヴィルキングの背中に突き刺さって。
腕の中にあったデヴィルキングの体が消えた。
前のめりにつんのめった私は、そのまま地面へと倒れこんで。
「え、何あれ。なんかの撮影?」
「いや、きもいんですけど」
ざわめくささやきが耳に届いた。
「うーん、九十点!惜しかったねぇ」
憎き悪魔の声が聞こえた。
顔を上げる。太陽がまぶしい。視界には、色があった。私は、元の世界に返ってきた――
パシャリ、とスマホが音を鳴らす。写真を撮られた。
音の下へにらもうとして、ふと視界が狭いことに気づいた。これは、もしかしてパッチワークアーマー……?
私は、人の往来激しい大通りの歩道にて、半壊したエリマキトカゲの着ぐるみを身に着けて立っていた。幸い、その下に来ていた服は無事だったけれど、黒い液体で汚れてしまっていた。
「さぁ、魔法少女スイレン。君は役目を果たして世界を救ったんだ!これで君は魔法少女卒業だよ!」
そう言いながら、悪魔妖精が空中に溶けるように消えていく。
逃げるな。こんな状態で私を置いていくな!
伸ばした手は、けれど悪魔を捕らえることなく空を切って。
その日、私は東京に突如現れたエイリアンとしてトレンド入りした。
べったりと全身についたヘドロのような黒い液体をシャワーで洗い流す。洗面所へとつながる扉の先、制服を叩き込んだ洗濯機がガタガタと異様な音を鳴らしていた。
いくら洗っても髪の間に入り込んだヘドロがなくなる気がしない。心なしか、普段以上に髪が真っ黒で光を吸い込んでいる気がする。
「ああもう!」
あきらめとともにシャワーのスイッチを切ってお風呂から出る。とんだ災難だった。
不幸中の幸いは、あの不思議な世界の中にいた間、外の世界では全く時間が経っていなかったことだろうか。行方不明にならずに済んだ。
怒りは、そのうちにおかしな白昼夢を見たという内容にすり替わっていった。気持ちを切り替えよう。今からはゲームの時間だ。
髪を乾かすのもそこそこに、VRゴーグルを身に着けて目を閉じて――
「やあ、僕はジャスティー!心に正義を宿す少女に魔法を授ける魔法世界の妖精さ!」
Loadingの文字の代わりに現れたのは、白と黒の布をつなぎ合わせた、子熊の見た目をした悪魔妖精。
その声を聴いた瞬間、私は声のする方へと殴りかかっていた。
魔法少女の戦いは終わらない。世界に人がいる限り、にじみ出る悪が本当になくなることはない。
今日も魔法妖精に選ばれた魔法少女は、パッチワークドレスに身を包んで、時が止まった不思議な世界で、悪感情渦巻くVRMMOの世界で、デヴィルキングたち怪物を殴り倒している――