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Traumerei  作者: 水月
第一章・石鳥居かごめ
6/18

004

 「で、俺はなんでこんなところでかごめに出待ちされてんだ?」


 昇降口を出ると目の前にはかごめが立っていた。


 「実は悠くんに頼み事があってね」

 「頼み事?」

 「音楽室ってどこにあるの?」

 「音楽室? 音楽室なら――て、待て待て待て」

 「どうしたの?」

 「もう年末なのになんで音楽室の場所すら把握してないんだよ。まさかとは思うが、サボって一回も行ってないとかじゃないだろうな?」

 「むぅ、悠くんはボクをなんだと思ってるのかな。今年から一年生は音楽の授業がないんだよ!」

 「そうだったのか。疑って悪かったな」


 かごめの肩にポンと手を置いて帰ろうとすると制服の裾を引っ張られる。


 「あの、かごめさん? ぼく、おうちにかえりたいのだけど」

 「音楽室に連れてって!」

 「はぁ、わかったわかった。でも、音楽室なんかに用でもあるのか?」

 「ないよ。ただ行ってみたかっただけ」


 かごめに校内へ引っ張られ案内を任された俺は音楽室へと向かった。


 「音楽室って言っても吹奏楽部あたりが占拠してるんじゃないか?」

 「吹奏楽部今日休みなんだって」

 「なんて都合のいい……」

 「だから今日行って見てみたかったんだよね」

 「かごめってそんなに音楽好きだったのか?」

 「うん、大好きだよ! 何か演奏とか出来たらかっこいいよね!」

 「へぇ、じゃあ何か楽器扱えたりするのか?」

 「それは、ええと……リコーダー、とか?」

 「かごめが演奏か」

 「むぅ、どうして悠くんは笑っているのかな?」

 「かごめが必死にリコーダーを吹いてる姿を想像してたら、つい」

 「むぅ!」


 かごめが音楽室の中をぐるっと見回ると、ピアノの椅子に座った。


 「広いね~!」

 「そうか?」


 俺はその様子を廊下から見守る。


 「どう? 似合う?」


 何故だかドヤ顔で見つめてくるかごめ。


 「見てくれだけはサマになってるのな、ツインテールだから小学生の音楽会で伴奏してる子みたいだけど」

 「むぅ、最後の一文は余計だよ!」

 「悪い悪い、こういう掛け合いもなんだか懐かしくてな」

 「本当にね、ボクたちももう高校生なんだよね」

 「でも、一人称は『ボク』のままなんだな」

 「むぅ、それは……」

 「じゃあ、いっそのこと変えてみるか? ついでにそれで自己紹介とか」

 「え?」


 恥ずかしそうにおどおどとするかごめ。


 「そうだな、まずはやっぱり『わたし』だよな」

 「え、えと、わ、わ、わわわ……」


 こんな恥ずかしい表情を浮かべているかごめを見るのは初めてかもしれない。


 「わ、わたしは、石鳥居、かごめ、です……」

 「なんだか初々しいな。もうそれが一人称でもいいんじゃないか?」

 「むぅ、今さらはずかしいよぅ」


 音楽室を後にすると、かごめが隣の教室で足を止める。


 「あんなところに楽器が」

 「楽器?」


 隣の空き教室を覗くと、そこにはカバーの掛けられた楽器が置いてあった。


 「ドラム、にあのケースはギターとかその辺りか?」

 「ちょっと見てみようよ!」

 「お、おい!」


 手を引っ張られながら空き教室に入ると、微妙に埃が舞っている。


 「これは何の楽器なんだろう」

 「勝手に開けていいのか?」[p]


 埃被ったケースを開けると、中からギターらしき楽器があらわになる。


 「ギター?」

 「かっこいいねぇ」


 かごめはギターの弦を弾いてはしゃいでる。


 「楽しそうだな」

 「うん! 楽しいよ! 悠くんも弾こうよ」

 「え、俺も?」


 目の前にあるもう一つのギターケースらしきものを開ける。


 「これもギターか」


 適当に鳴らすが、音程が合っているのかすら分からない。


 「さぁ悠くん、まずはこれで校内制覇だよ!」

 「なんだよ校内制覇って……」

 「うん? 誰かいるのか?」


 まずい!

 振り返ると教室の扉が開き、数学の教師が立っていた。かごめはというと、俺の背後に隠れて、隠れ蓑にしている。


 「なんだ成生か」

 「あ、先生、すみません。今片付けますので」

 「ほう、ギターに興味があるのか」

 「いえ、その、まあ、はい。少しだけ気になって勝手に触っちゃいました」

 「そうか、ついにこの新しいギターも相棒に出会えたってわけだな」

 「……へ?」

 「懐かしいな。このギターやドラムやベース、キーボード、これらを使って創立祭で暴れ散らした生徒達が居てね……もう二十年ほども前の話にはなるが」

 「暴れ散らした?」

 「ああ、私もその頃はまだ若かったものだから彼らの激しさを見て、教師の身でありながら、興奮したものだよ。それに、『いつか俺達の意思を継ぐ奴が来たら託してやってくれよ先生!』なんて言われてね。以来、物置と化したこの教室でひっそりとその時を待っていたようだが」

 「そうなんですか」

 「ふむ、どうだ。そのギターで暴れてみるのは。私も成生がギター弾いてるところを見てみたいものだ」

 「暴れるって言ってもメンバーもいないですし、そもそも創立祭まで一ヵ月とちょっとしかないですよ」


 後ろの方で目をキラキラと輝かせながら袖を引っ張るかごめ。


 「無理強いはしないから、やりたくなったらいつでも先生に相談するんだぞ。先生の権限でちゃんと演奏をする時間は確保しておくから」

 「は、はあ……メンバーが集まったら、ですかね。一応考えてはおきますけど、期待はしないでくださいよ」

 「ははは、わかったわかった。それじゃあ私はこの後職員会議があるから、あまり散らかすなよ」


 そう言い残して、数学の教師は教室を後にした。


 「ふぅ、危うく怒られるところだったね」

 「後ろに隠れてた奴が何言ってんだ?」

 「で、先生の話、受けるの?」

 「つってもな、メンツがいないし、大人しく濁して先生も忘れるのを待った方が――おい、どうして道を塞ぐ」


 教室を出ようとするがギターを持ちながら通路を塞ぐかごめ。


 「やろうよ! 悠くん!」

 「あとのメンバーはどうするんだよ」

 「それは――う~ん」

 「大人しく祭りを楽しんでおくのが無難だろ。さ、行くぞ」

 「ジーッ」

 「……はあ、わかったよ」

 「さすが、悠くん!」


 子どものようにはしゃぐかごめを見ながらギターケースに目を向ける。


 「あとはベース? とドラム、キーボード――あ、マイクもあるってことはボーカルもか。なあかごめってボーカルとか――」

 「無理無理無理!」

 「即答かよ!」

 「だって、ボーカルは恥ずかしいし……」

 「恥ずかしい、ね――巫女服を着て神社を宣伝するのに、ボーカルは恥ずかしいのか?」

 「むぅ、あれはボクにとって制服同然だからセーフなの! それに――あ……」

 「ん? どうした?」

 「演奏だけど……やっぱりやめようか――」


 かごめは静かにギターをケースにしまう。


 「おいおい、さっきまでの威勢はどうしたんだよ。ボーカルが嫌ならボーカル無しでもいいぞ」

 「いや、そうじゃなくて――ボクは……」

 「まあ、無理に強要するものでもないし、俺も元々やらない予定だったしな」

 「それは……ボクはやりたいんだけど」

 「なにが嫌なんだ?」

 「……時間…………」

 「時間か、確かに期間も短いしな」

 「………………」

 「そんな寂しそうな顔するなよ。なに、来年一緒にやればいいだろ?」

 「そう……だよね。それじゃ、帰ろっか」


 次の日。放課後の鐘とともに俺は席を立ち上がる。鎌田のやつは……サボりか。昇降口を抜けようとすると、昨日見たような光景があった。

 「さ、て、と、缶コーヒーでも買って帰りますかねぇ」


 制服の袖を掴まれる。


 「むぅ、どうして素通りするかな」

 「いやぁ、その、なんだ、俺今から用事が――」

 「むぅ~」


 ジッと至近距離で目を見てくるかごめ。


 「おい、そんなに見つめるなよ」

 「どうして?」

 「逆に恥ずかしくないのかよ」

 「なんで?」

 「俺達もう高校生だぜ。流石にこの距離感は――」

 「ゆ、悠くんのばか!」


 恥ずかしそうに顔を赤らめながら、離れるかごめ。


 「いやいや、近づいてきたのはかごめだから――ってことで俺はこの辺で」


 体を翻し、前へ進む。はずだった。裾を掴まれて体が動かない。


 「かごめ、さっきの俺の話聞いてました?」

 「じゃあ、今日はどこで遊ぼうか!」

 「もしかしてかごめ俺以外に友達いないの?」

 「むっ、そ、そんなことあるわけないよ。ほら、ボク頭いいし? クラスのみんなからも頼られまくりだよ、あはは」

 「そうか、友達がいっぱいいるなら問題ないな。それじゃ」

 「むぅ、悠くんのいじわる~!」


 その後、俺はかごめに拉致され、空き教室へと連行された。


 「おい、創立祭でのバンドは諦めたんじゃなかったのか?」

 「うん……諦めたよ」

 「昨日も言ったけど、何もそこまで落ち込む必要もないだろ? 来年もあるんだからさ、それよりほら、将棋の駒と盤があるから一局指すか」

 「そうだね! 今は楽しいことをしようか!」


 元気な笑顔を見せて盤に駒を並べるかごめ。


 「てか、ずっと気になってたけどいつの間に巫女服に着替えたんだよ……」

 「悠くんは将棋とかやったことあるの?」

 「スルーかよッ!」

 「愚問だな。この町に住んでいる人間は子どもの頃から将棋の指し方を覚えるのが義務教育なんだぞ。

でも、そうか。俺達こんだけの付き合いで将棋すらしたこと無かったのか」

 「そうだね。あの時は受験勉強でそれどころじゃなかったもんね」


 駒を並び終えて、いざ勝負。


 「ふふふ、手加減はしないぞかごめ。先攻はくれてやる」

 「それじゃあボクのターン、ドロー!」

 ふむふむ――ん? ドロー? 将棋を指していて馴染みのないワードが飛び交いかごめの手元を見る。

 「なあ、かごめ? そのカードと山札はいったい……」

 「それじゃあまずは――魔術カード発動! 『雷鳴』! このカードは相手側から見て最前列の横一列の駒全てを破壊する!!」

 「なん……だと!?」


 俺の歩兵達が全て盤上から消え失せる。


 「イ、インチキだぞかごめ!!」

 「ボクはこの駒を動かしてターン終了だよ」


 か、考えるんだ。俺の場には歩兵がいない。つまり、飛車角が攻めやすくなるはずだ。落ち着いて戦えばきっと……五分後。


 「王手!」

 「ま、参りました……」


 結果は惨敗。改めて歩兵の大事さを学んだ一局だった。


 「やった~! ボクの勝ちだね!」

 「ぐぬぬ……もう一回だかごめ! 今度はそのカードは無しだぞ」

 「むぅ、悠くんはか弱い女の子に対して手加減なしで戦うの?」

 「か弱い女の子はあんなえげつないことをしない」


 俺はかごめのカードを預かり横に置く。再び駒を配置して今度は普通の将棋を始める。序盤、中盤が過ぎ、迎えた終盤。俺はやや劣勢だった。飛車を取られ、かごめの持ち駒には飛車が二枚。狩りに行く体制が着々と進められていた。

 というか、イカサマ無しにしてもかごめは普通に強かった。


 「よし、それじゃあここで――」


 飛車の駒を持ち上げて指すかごめ。


 「王手!」

 「ぐッ――ここは退くしかない……」


 俺は王将を後退させかごめの飛車から逃げる。


 「ほうほう――やるね悠くん、じゃあ――」


 再び飛車の駒を盤に指すかごめ。


 「王手!」


 「まあ、そうなるよな……」


 二枚の飛車に追われ逃げ場が無くなっていく王将。


 「まだ終わらないぞ、かごめ!」


 俺は再びかごめの飛車から逃げる。


 「それじゃあ、そろそろ悠くんの王将を倒しに行きますか!」

 「悪いがまだ俺の守備は完全に死んでいない。流石にそんなにすぐには――」

 「王手!」

 「ここで飛車か……うん? 飛車……?」[p]


 盤上の飛車の枚数を数える。1、2、3――3!?


 「おいおい、なんで飛車が!?」

 「悠くん、いつから飛車は二枚までと錯覚していたんだい」

 「なに――!?」


 俺は三枚目の飛車から逃げると、かごめはニコニコしながら自分の持ち駒を置くところを指さす。


 「お、おい――これは――」


 持ち駒を置く場所には三枚の飛車、四枚の角行、そして、王将が置いてあった。


 「飛車、角、王将まで……」

 「悠くんが狙っている王将はただの影武者だよ」

 「そんな……馬鹿な!? いったいどこでそれを――」

 「魔法の力だよ」

 「魔法!?」

 「こういうこと――だよ!」


 かごめは右腕を横に振ると、指先には駒のようなが挟まれている。


 「かごめ――袖の下に仕込みやがったな! それと、それは魔法というよりただの課金だろ! ソシャゲじゃないんだぞ!」

 「王手!」


 その後、俺は圧倒的戦力差を前に成すすべもなく敗北した。


 「ボクの勝ちだね――勝利のブイ!」

 「また負けた……」

 「そうだね、罰ゲームは~――」

 「罰ゲーム!? そんな話は一言も、て聞く耳なしか!」


 かごめは辺りを見渡して罰ゲームになりそうなものを探している。楽器の辺りを見つめると、かごめの視線が一瞬止まる。


 「そんなにやりたいのか?」

 「な、なんのことかな? ボクはバンドのことなんてこれっぽっちも」

 「はぁ~、わかったよ。それじゃあ一緒にやるメンツ集めるか」

 「え……でも……」

 「時間がないのはしょうがない。でも、その中でやれることはやれるだけやる、それでもいいじゃないか。ま、音楽経験なんてないから恥かきそうだけど」

 「時間がなくても……やれることはやれるだけやる……」

 「どうかしたか?」

 「ううん、気にしないで」

 「で、どうする? 俺はかごめの意見を尊重するぞ」

 「悠くんがそこまで言うなら付き合ってあげてもいいよ」

 「なんで俺が言いだしっぺみたいになってるんだ……」

 「じゃあボク、一番目立たないもので……」

 「ギターやりたがってたし、ギターやればいいじゃないか」

 「で、でも……」

 「なにかやりたくない事情でもあるのか?」

 「それは――」

 「無理に訊くつもりはないけど、本当に困ったときは相談してくれよ。これでも、友人枠ではかごめの一番の理解者のつもりだ」

 「悠くん……それ、ボク以外の女の子には絶対に言わないでね。引かれるから!」

 「なんだよ、人がせっかく心配してやってんだぞ」

 「ボクは寛大だし、悠くんの無自覚にも耐性があるから許してあげる!」

 「俺の無自覚とは!?」

 「でも、本当はギターをやってみたいのが本音、かな」

 「ボーカルはどうする?」

 「ボーカルは本当に恥ずかしいよ」

 「やってみたい気持ちは?」

 「ほんの……少しだけ……」

 「じゃあ、ボーカルもかごめにするかー」

 「ちょ、悠くん!? まさかの二足の草鞋!?」

 「まあ、最悪ギターはエアギターでもいいしさ」

 「むぅ……」

 「俺は何にしようかな~」

 「ギター」

 「へ?」

 「ボクもギターやるんだから悠くんも道連れに決まってるよね!」

 「えぇ……」

 「あとは、何が残ってるの?」

 「俺はギターで決定かよ……あとはベースと、ドラム、キーボードか? ギター二人だけでもいけないことはないんだろうが」

 「あと、三人……集まるかな?」

 「さぁな。でも、鎌田ならきっと喜んで乗ってくれるぞ」

 「メンバー集めは悠くんにお願いしようかな。それが罰ゲームの内容にしよう」

 「はあ、わかったよ。でもあんまり期待するなよ」

 「ほどほどに期待しておくね」

 「さて、そろそろ帰るか? もうだいぶ遊んだだろ」

 「うん、今日も楽しかったよ。ありがとうね、悠くん」

 「かごめが楽しそうで何よりだ」

 「それじゃ、ボクは神社の宣伝もあるからこの辺で失礼させてもらうね」

 「ああ、風邪は引かないように気をつけろよーってもういないし……」


 将棋盤を片付けて教室を出る。


 「あれ、成生君?」

 「泉か。どうしたんだ? こんな場所で」

 「はい、実は数学の山元先生からの頼まれごとで、この空き教室にあるギターを持ってきて欲しい、と」

 「え? なんで泉が? 話が見えんのだが」

 「今日私が日直だったんですけど、学級日誌を職員室に届ける際に山元先生とお会いして『泉のクラスメイトがギターを使うかもしれないから、調整しておきたい』と頼まれまして」

 「あの数学教師手が早すぎるだろ」

 「なんだかとても嬉しそうでした」

 「そんなに俺にやって欲しいのかあの教師は……」

 「え、成生君が演奏するんですか?」

 「いや、なんというか、非常に複雑な事情があってだな……することになる、かもしれない」


 若干濁しながら応える。


 「凄いですね! ギター弾けるんですか?」

 「いや、全く。完全に初心者だけど半強制的にな」

 「あ、あはは……」

 「持ってくなら俺も手伝うよ。二つ必要だから」

 「わかりました。一緒に行きましょう」


 泉と一緒にギターを持って職員室へと向かう。ハズだった。


 「これがギターですか」


 ギターケースを持ち上げる泉。


 「ああ、それとこれだな」


 俺ももう一つのギターケースを持ち上げる。


 「あれ、こちらは?」

 「これと、泉が持ってるのがギターだからそれはたぶんベースかな? まだ開けてないけど」

 「ドラムもありますね……凄い埃被ってますけど」

 「昔にこの楽器使って創立祭で暴れた連中がいたらしいんだけど、それ以来ここにずっとしまわれてたってあの先生が言ってたな」

 「そうなんですか……なんだか寂しいですね」


 俺と泉は空き教室を後にして職員室へと向かった。


 「持ってきてくれたか――なんだ、成生もいたのか」

 「なんか準備万端って感じですね」

 「成生の演奏楽しみにしているぞ」

 「まだやるとも言ってないんですけどね……あ、それとこのギターの調整もお願いしていいですか?」

 「もうメンバーを集めてたのか。やる気じゃないか」

 「いえ、集めたというか――半強制というか」

 「ははは。いい青春を送ってるみたいだな。このギターも成生のことを拝めて嬉しいだろうさ」

 「大袈裟ですよ。見つけたのもたまたまですし」


 というか、見つけたのはかごめなんだけど。


 「空き教室にあったを楽器を使ってた方達ってどんな方だったんですか?」

 「このギターを使ってたのは……そうだな、成生や鎌田ににとても似ているな。泉はキーボードを弾いていた生徒にそっくりだ」

 「俺や鎌田ですか?」

 「それに私も、ですか?」

 「ああ、彼らは真面目でありながら不良であり、不思議な生徒たちだったよ。特に、成生に似ている方の学生は根が優しくてね、困っている人間がいたら率先して人助けをしていたもんさ。毎日を楽しそうに過ごし、時には催し事で暴れて、教師の私が言うのもなんだが、あの連中が一番青春を謳歌し輝いていたと思うくらいだ」

 「そんな人がこのギターを」

 「だが、そんな青春を送ってた彼らにも困難が訪れた。その生徒のプライバシーにも関わることだから詳細なことは言えないが、一人、また一人と連鎖するように、波紋のように壁が立ちはだかっていった。決して癒えることのない傷もあっただろう。成生も鎌田ほどではないが学校を遅刻、欠席することが多いらしいな」

 「う……それは……」

 「たまにはサボることも大事だが、人生は一度きりだ。時間を無駄にしすぎないようにな、このギターもそれを望んでる」

 「は、はい……」

 「ハハハ、留年だけはしないようにな」


 俺は山元先生から肩を叩かれる。職員室を後にした俺と泉は校門前で別れた。




 「今日? 悪い、今日病院行かないといけなくてさ」

 「そうか。それじゃあまた今度だな」

 「あ、病院終わったらいけるぞ?」

 「わかった。適当に待ってるわ」

 「ほんじゃこれ」

 「っと」


 鎌田は自宅の鍵を俺に投げる。


 「いいのか俺に鍵渡して」

 「外にいるのも寒いだろ? 適当にくつろいでなよ」


 鎌田は足早に教室を飛び出していった。鍵を預かった俺は早速鎌田の家に向かって歩みを進める。


 「やっと着いたー」


 こたつに入り電源を入れる。


 「まだ冷たいねー」

 「そうだなー……ん?」

 「なんでいるんだよ?」

 「ボクに内緒でこたつを占拠するなんてずるいよ!」

 「てかここ鎌田の家だぞ。普通に不法侵入だからな」

 「むぅ、悠くんのケチーー」

 「まあいいや、今日は宣伝しないのか?」

 「今日は午前の内に済ませておいたんだー」

 「午前って今日は学校だったろ? サボったのか?」

 「ナンノコトダカワカラナイナー」

 「授業抜け出す癖は相変わらずだな」

 「いいんだよ、ボクは!」

 「何がいいんだか……」

 「それより今日は何で遊ぼっか!」

 「かごめの頭の中は遊ぶことしかないのか?」

 「人生遊ばなきゃ損だよ!」

 「遊ぶって言っても今から出かけるのもなあ。こたつから出たくないし……」

 「それじゃあ――これならどうかな?」


 かごめがスマホをこちらに向けてゆらゆらと揺らす。


 「あ! それ、俺のスマホ――」

 「ボクを見つけたら返してあげる!」

 「おい、それって――」

 「ったく、どこ行ったんだかごめのやつ……」

 『えー、悠く……コホン』

 「かごめ!?」

 『成生悠真君、至急職員室まで来るように』

 「なんでだよ!? 俺は何もしてないぞ」

 『ふふーん、それはどうかな~?』

 かごめが職員室にいるわけがない。となれば放送室? 急いでやめさせないと、俺まで説教されてしまう。

 ん? 待てよ。どうしてかごめは俺の声に反応して返事を出来たんだ? 俺のツッコミが大きかったにしても放送室までは距離があるし……となれば、なにか別の手段を使って俺の声を盗聴する術を!?

 制服を確認するが、その類の物は見当たらない。ということは、俺の声が聞こえる範囲にいる? しかし、放送室のチャイムがなったのだからその瞬間は間違いなく放送室にいたはずだ。俺の声を聴きながら放送室で喋るなんてそんなのいったいどうすれば……

 ふと窓の外を見ると電話をしながら廊下を歩く生徒の姿……電話。


 「そういうことか!」


 かごめはスマホを通話に繋いだ状態で放送室に置き、遠い所から俺を監視していたんだ。そして、かごめが俺の前でスマホを弄ったことはない。恐らく俺のスマホは放送室にある。そして、取りに来た俺を勝手に放送室を使った犯人にしようという魂胆だろう。

 つまり――ここの曲がり角にある公衆電話にかごめが――しかし、人の姿はない。勘違いかと踵を返したが、よくよく考えたら受話器の部分が無かったような……あらためて振り返り確認をしてみるがやはり受話器の部分がない。受話器のコードを辿ってしゃがんでみると、そこには犯人の姿が。


 「よう、かごめ」


 俺はにこやかにかごめの方を向きながら話をかける。


 「むぅ、見つかっちゃった。てへッ」


 その後俺はかごめの頬を両手で引っ張りながらスマホの在り処を吐かせてバレないように放送室からスマホを回収した。


 「はあ……なんかどっと疲れた」

 「大丈夫?」

 「誰のせいだろうな~? う~ん? こたつでくつろごうとしてたのにな」

 「あ、そうそう! ボクね 曲のフレーズ思いついたんだ!」

 「そうなのか? さすがかごめだな。俺なんかまだ全然手も付けてないのに」

 「聴いていってよ。感想を聞かせて欲しい!」


 そうして俺は空き教室へと連行された。


 「あ、そういえばこの前、山元先生にギターのメンテに出し……た……はず」

 「これだよね?」

 「いや、あの先生行動が早いな。何十年ぶりに引っ張りだしたのにこんな早くメンテ終わってていいのか」

 「よし、これとこれを繋いで……と」

 「ってかごめも準備が早い」

 「じゃあ、ほんわかだけどこんな感じでどうかな?」


 かごめはギターでメロディを奏でる。始めたばかりだしプロのようにいかないけど、それでも、楽しそうに演奏してるのは伝わった。言葉には言い表しづらいが、かごめらしいメロディ――強いて言うなら激しいようで、少し切なさを感じる、そんなメロディだった。


 「凄いじゃないかかごめ! もう作曲までできるなんて」

 「ありがとう!」

 「情熱的で、それでいて少し切なさを感じるようなメロディだったぞ」

 「ボクの気持ちを乗せてみたんだ。伝わってよかった」

 「へえ、いったいどんな気持ちなんだ? 俺も作るときに参考にさせてもらおうかな」

 「それは、秘密! でも作るコツとしては、自分の心の中に秘めた本音や夢みたいなものを音で表現するんだよ」

 「なるほどな。参考にしてみるか」


 スマホの着信。画面には鎌田の文字が。


 「はいもしもし――テレビは持ってませんが」

 『いや、契約じゃないわ! それより寒いんだが開けてくれ!! 凍えちまう』

 「わり、今学校。すぐ戻る」

 『え、今なんて!? 学校!?』


 通話を切ってかごめの方を振り向く。


 「かごめも一緒に行くか? って――」


 目の前にかごめの姿はない。


 「逃げたなかごめのやつ」


 鎌田の家に戻れば玄関前に凍えた姿の鎌田が白目を向いていた。そんな鎌田の屍を乗り越え、一足先にこたつで温まっていると、大きな足音とともにものすごい速さで何かが階段を駆け上がってくる。


 「おいおいおい、普通は助けるだろ!?」

 「なんだ、生きてたのかよ」

 「なんでちょっと悔しそうなんだよ」

 「はあ……」


 俺はカバンの中から一冊の本を取り出す。


 「ん? その本なに?」

 「これか? ギターの本だよ」

 「成生、ギターとか弾くんだな」

 「かごめが創立祭でバンドやりたいって言うから半強制的にな」

 「バンドね~」

 「鎌田もやるか? メンバーが足りなくて困ってるところなんだよ」

 「オレが? 音楽経験なんてないぞ?」

 「安心しろ、俺もない、かごめもない」

 「え、不安しかないんですがそれは……」

 「安心しろ、俺も不安しかない」

 「いやなにも安心できる要素がないやん」

 「今なら、ベースとドラムとキーボードがお得だよ、お兄さん買ってかない?」

 「なんでちょっと八百屋のおっさん風なんだよ。でも、そうだな。そのなかだったらドラムかな。叩いてストレス発散とかできそうだし」

 「やってくれるか! 心の友よ」

 「まだ、やるとは言ってないからな。少し時間をくれ。返事はそのあとでもいいか?」

 「ああ、これで鎌田がいけそうだったら、あとはベースとキーボードか」

 「あと二人ね。集まらなかったらどうすんの?」

 「鎌田がベースとキーボード弾きながらドラム叩くことになる」

 「いやいや、どう考えても手が足りないでしょうよ!」

 「しょうがない。じゃあ、鎌田を通信交換するか」

 「いや進化しねーよ!? 腕増えないからな!?」

 「そうなると、また探さないとな~」

 「そうしてくれ」

 「は~、曲どうするかな~」

 「作曲もするのか。大変だな」

 「なんかいい案ないか?」

 「オレに聞く? なんかわかんないけどとりあえずココだ! てところメモって弾けばいいんでない?」

 「ココだってところか。全然ピンとこないな」

 「そんなすぐピンときたら苦労ないだろうよ。こういうのは長い目で見て、自分の感じたままを書けばいいんじゃないか?」

 「そういうものか」

 「でも、楽しそうだな。実はオレの父さんの部屋にドラムあるからさ、練習しようと思えばいつでもできるんだよね」

 「外に聞こえないか?」

 「防音対策が完璧だからね。苦情きたことはないよ」

 「いいな。もし練習とかするなら鎌田の家借りるか」

 「おいおい、オレの家はスタジオじゃねえぞ」

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