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Traumerei  作者: 水月
第一章・石鳥居かごめ
5/18

003

 「へっくちゅ!」

 「ほら、言わんこっちゃない。いい加減こんな季節に巫女服を着て出かけるのはやめたらどうだ? まあ、神社の宣伝とかもあるんだろうが、凍傷になっちまうぞ」

 「そんな大げさだなぁ、悠くんは」


 鎌田の家に着いた俺とかごめは、鎌田を炬燵に寝かせ、俺の体操着をかごめに貸し出した。渡されたときは、睨みをきかせていたかごめも、さすがに風邪を引くと観念したんだろう。渋々だが、体操着を受け取り、脱衣所へと向かった。


 数分後。かごめは体操服を着て脱衣所から帰ってきた。


 「でも、似合ってるじゃないか」

 「それってどういう意味なのかな?」


 にこやかに殺意を振りまくかごめ。もはや、恒例行事だった。


 「そういやさ……さっきかごめが言ってたことなんだけど」


 疑念。懐疑心。そんなものに心を揺り動かされたのはいつ以来だったか。いつもなら数分もすれば忘れてしまいそうなこと、思い出せないようなことを胸に留めるのは。


 「気になる?」

 「まぁな。大した根拠があるわけでもなし、ほんの直感みたいなもんだけどな」

 「まぁ――いずれ悠くんも分かる日がくるよ。近いうちに」

 「へぇ?」

 「あはは、なーんてね――期待した?」

 「そんなもんあったら喉から手が出るほど欲しいよ」


 かごめは、こたつで横になっている俺を飛び越えてヒーターの前に当たる。

 ――静寂。


 ヒーターの熱を発する人工的な音、鎌田の小さな寝息を除いて、場は黙する。強いて言うなら話題の枯渇。どんな仲の良い友達でも、二人で遊ぶときにこんな状況はざらにあることだ。そんな時こそ、漫画やゲームなどで合間を潰すのだが。


 「漫画、見るか?」

 「ううん、もう少し暖まってたい」

 「そうか」


 男なら、だいたいはこの一言で軽い沈黙を破ることができるが、女というのはそうも単純ではないらしい。


 「しっかし、この部屋は快適だねぇ。床暖房まであるなんて近未来だよ。それを独り占めできるなんてこの人は……」

 「鎌田の両親が海外出張でしばらく家を空けるらしくてな、今は実質一人暮らしのようだ」

 「ふぅん、家庭の事情ってやつ?」

 「ま、そういうこった。誰にでもそいつならではの事情ってものがある」

 それは俺も例外ではない。誰にでも、他人には言い難い悩みの一つや二つ、あるものだ。

 「へぇ、もしかして悠くんにもあったりするのかな?」

 「さあ? どうだかな……そういうかごめはどうなんだ」

 「え――そ、そんなものなんてないよ」


 分かりやすい。必死に何かを隠そうとしているのが見え見えだった。そういえば、かごめは昔からこんなやつだったかもしれない。


 「ま、そういうことだ」

 「ふゎぁああ~」


 タイミングが良いのか悪いのか、鎌田が目を覚ました。多少寝ぼけてはいたが、鎌田はゆっくりと体を起こした。


 「今何時――ごぅわ!」


 視界の端から猛烈な速さで飛んでくる何か。だが、それが物ではなく人であるのは容易に予想できた。かごめが鎌田にドロップキックを喰らわせたのだ。これには鎌田も一発ノックアウト――再び夢の世界へ旅立った。


 「おい、何もそこまでしなくても――まあいいか、鎌田だし」


 かごめは乾かしてた巫女服を手に取ると、脱衣所へ駆け込んだ。


 「つくづく災難だな、お前も」


 俺は鎌田の顔を見ながら情けの言葉を掛ける。当の本人は、学校の時のように倒れこんでしまっているが。


 「び、びっくりしただけだよ」


 釈明。かごめは脱衣所から帰ってくると、乾かしていたブーツを手に取る。


 「もう帰るのか?」

 「うん、ボクはこう見えても忙しいからね」

 「そうか、神社の宣伝も程々にな」

 「――ありがとう」


 かごめはそう言い残して、鎌田の家を立ち去った。しばらくすると、再び鎌田が目を覚ます。少し痛そうに、頭を押さえながら。


 「いてて――あれ? オレいつの間に自宅に戻ってきたんだ?」


 どうやら状況が理解できていないようだ。無理もない、あいつにとっては、さっきまで学校にいたはずなのだから。


 「おはよう。もうすぐ学校だぞ」

 「もうそんな時間か――あー寝た寝た」


 こたつから立ち上がり、体を伸ばす鎌田。骨を軽く鳴らしながら体を動かすとベッドの上に乗っているカバンを持つ。


 「あれ、学校いかないのか?」

 「ああ、今行くよ」


 俺は、学校に行くふりをしてカバンを持って立ちあがる。部屋を出、鎌田が階段を降り始めるのを確認した俺は、すかさず鎌田の部屋に戻り、こたつに飛び込む。その十秒後。鎌田は凄まじい速さで階段を駆け上がった。


 「今、夜じゃねーか!?」


 ………………。

 俺は、これまでの経緯を鎌田に話した。


 「なるほどね。オレが寝てる間にそんなことが」

 「かごめは悪戯好きだけど、そんなに悪い奴じゃないから、近いうちに謝らせにくるよ」

 「そうだな、次に会ったら先輩の恐ろしさってものを体に刻み込んでやらないとな」


 鎌田は悪巧みの笑みを浮かべている。きっと、よからぬことを考えているのだろう。


 「お前――ろくな死に方しないぞ」


 鎌田が目を覚ましたということもあり、俺はカバンを持って再び立ち上がる。


 「そろそろ俺も帰ろうかな」

 「今日は泊まってかんの?」

 「んー」


 少し考える。


 「やっぱり今日は帰るかな」

 「おけー、気いつけてな」


 俺は鎌田の家を出た。相変わらずの雪、冷たい空気は夜になればさらに寒く、体を芯まで凍てつかせる。


 「いつもの、買ってくか」


 鎌田の家から自販機を目指す。いつもの缶コーヒーを買うために。それほど距離があるわけでもないので目的地へは五分とかからなかった。

 自販機。街灯も少ない田舎には貴重な光源。そんな環境だったからだろう、神秘的な光を纏った少女が、雪と相まって幻想的な空間を構築していた。


 少女――女子生徒。高原を眺める女子生徒。

 泉早苗。

 そこには泉が立っていた。

 どうやら、こちらにはまだ気づいていないのだろう。何か独り言を呟いているようにも見えた。


 「この先に――きっと……」


 泉はゆっくりと高原の方へ進んでいく。俺は、何かの危険でも察知したのだろうか、急いで泉の腕を掴んでそれを引き留める。


 「おい泉――高原は雪崩が起きたばかりでまだ危険だ」

 「成生……くん――?」

 「夜にこんなところに突っ立って、高原に何かあるのか?」

 「わかりません、ただ――」

 「ただ?」

 「いえ、やっぱり私の気のせいかもしれないです」


 泉は、身を翻すと、俺を見つめる。風の音だけが俺と泉を囲い、まるで、別世界に取り残されたように、鳥籠に閉じこめられたように。

 ………………。


 「なあ――」


 この世界には隠された秘密なんてあるのか?

 なんて聞けるはずもない。

 現実は現実。

 ありのままの真実。リアルとフィクションは違う。


 「どうしました?」

 「いや――雪、積もってるぞ」


 話題を変えるように、俺は泉の頭に積もった雪を払う。いつからここにいたのだろう。数分で積もった量ではないのは明らかだった。


 「ありがとうございます。優しいんですね、成生君。ちょっと意外でした」

 「おいおい、これでも俺は気の回る方だ」

 「いつも、鎌田くんといるからてっきり不良なのかと」

 「ま、まあ、あんまり印象は良くないだろうけど」


 夜空を見上げる泉。俺もそれに釣られて空を仰ぎ見る。そこは特等席。田舎だけの特権。天然の、それも世界で一番大きなプラネタリウムの世界が広がっていた。


 「――この町に思い出はありますか?」

 「え?」


 その問に俺は数秒沈黙した。


 「そうだな、無くはない……な。あまりいい思い出ではないけど」


 俺の頭の中に映ったのは町の光景だけではない。町に欠かせないもの、欠けてはならないもの、それは、町の思い出にあるはずだった。


 「私、この町が好きなんです。今見てる風景、町の人との交流、家族、どれもかけがえのない思い出です」


 家族。俺に馴染みのない言葉。そして、一番嫌いな言葉だった。


 「そうとは限らないんじゃないか。生まれたくなくてこの場所に生まれた人、そういう人にとって、風景、交流……家族なんてものは枷でしかないと思うけどな」


 別に、泉の意見を否定するつもりはなかった。本来は泉の方が一般的であり多数派なのだから。ただ、この町に住んでいる全員が全員、必ずしも幸せとは限らない、きっとそう伝えたかったのかもしれない。

 ………………。


 「――すまない。今のは気にしないでくれ」

 「……私、小さな頃に高原で迷子になったことがあるんです。とても、とても寒い冬の日でした。自分でもどこにいるかわからなくて、ただ真っ白な世界に呑み込まれていました。そんな時、ある男の子が私を助けてくれたんです。その子の手はとても暖かくて、私はその男の子に連れられて、無事に両親に会うことが出来ました。この町の、人の、温かな心に救われたんです」


 何も言えなかった。荒んだ幼少期、そんな時代を過ごした俺には。


 「成生君、こんな話を聞いたことありますか。ウワサ、というか昔からの言い伝えみたいなものなんだけど――高原にある、とある一本の木には不思議な魔力が宿っていて、悩んでいたり、苦しんでたりする人の願いを何でも叶えてくれる――そんな御伽噺みたいな木のことを」


 知っている。俺はその言い伝えを知っている。だが――言い伝えはそれで終わりではなかったはずだ。続き、その話には続きがあったはずだ。だが――思い出せない。記憶の断片が、まるで、パズルピースを無くしたようにぽっかりと穴が空いている。

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