012
いつまでも立ち止まってはいられない。それは、誰しもが、いつか通る道。
時は過ぎ行く。
「こんなもんでいいんじゃないか?」
「創立祭までもうすぐだ。成生もようやく曲を完成させたみたいだし、今の曲の練習を終わらせたらそっちの練習もするか」
「私もお二人の足を引っ張らないように頑張ります」
「体育館を借りれんのもあと十分しかないし、成生の曲を少しやろう」
「おっけー。んじゃ鎌田、頼むぜ」
「任せろ」
体育館の中に鎌田のドラムが響き渡る。それに合わせるように俺と泉は呼吸を合わせていった。
「ちょっと待て」
今まさに、ギターの弦に指をかけたその時だった。鎌田が叩くのをやめて辺りを見渡している。
「どうした?」
「揺れてないか?」
「言われてみれば、少し揺れてるかもな」
「ここ最近、地震が増えてますよね」
「学校だから耐震構造とかその辺はキッチリしてるはずだから大丈夫じゃないん?」
「早く収まるといいけどな」
「たまに大きめの揺れも来ますし、大事が起きなければいいですけど……」
「揺れ、酷くなってるな」
「ああ、徐々に大きくなってる。二人とも、しゃがむんだ」
直立できないほどの地震が校舎を揺らす。大きな揺れは一分ほど続き、やがてその勢力を落としていった。
「こんなに揺れたのはいつぶりだ? 成生も早苗ちゃんも無事か?」
「ああ、なんとかな」
「私も大丈夫です」
「それより他の生徒は――」
体育館の扉に手を掛けるが、先ほどの地震の影響か、ビクともしない。
「また来るぞ――!」
いち早く揺れに気づいた鎌田が再び声を上げる。
数秒後。先ほどかそれ以上の揺れが俺達を襲った。激しく揺れる体育館。耳を劈く轟音とともに照明は落ち、辺りはうす暗くなっていく。
「成生、一緒にこの扉を開けるぞ」
「ああ、行くぞ」
ありったけの力を込めてなんとか扉をこじ開ける。
「なんだ……これ――」
揺れが収まったと同時に俺達は衝撃の光景を目にした。世界の崩壊。終末。
そんな言葉が相応しいような光景。山や町、高原の道は消滅し、俺体の周辺だけが世界に取り残されていた。あまりの衝撃に泉も鎌田も呆然とするしかなかった。
「成生――俺達は夢でも見ているのか?」
「お父さん、お母さん――」
泉は、その場に崩れ座り込んでいる。
「何があったっていうんだ……」
暫くして、俺の脳内にある光景が映し出された。
これは――雪?
高原で鎌田と一緒にスキーをしている光景が頭の中に浮かんでいる。しかし、俺は鎌田と一緒にスキーをしたことなんて、第一今はこの前の事故でスキー場はやっていないはずだ。
「今の……は」
「鎌田も視えたのか?」
「私……も視えました。お父さんとお母さんと高原でスキーを――」
「俺もだ。一体どういうことだ」
「全員が同じ夢でも見たって言うのかよ」
「夢……なあ、俺達って本当はスキーをしにきてたり、するのかな?」
「んなバカな……」
唐突な悪寒が背筋を刺激する。寒い……寒い…………寒い。
なんなんだ――この感覚。
フラッシュバックする誰かの記憶。凄まじい轟音と共に白い波が体を覆い、目の間には冷たい壁がはだかっている。横たわる誰かは意識が朦朧としていた。今にも途切れそうな意識の中、その人物は強く願っていた。
『誰でもいいから助けてくれ』と。
「そう――か」
その瞬間に俺は全てを悟った。この世界の真実を――
「かごめが言っていた世界の真実――それは、この世界が俺達の願いから作られた虚構だったんだ」
「なるほど、な」
「………………」
どうやら、泉も鎌田も気づいたようだ。世界の真実に。
世界は再び崩壊を始める。
「この世界の終わりが近づいているんだな」
「オレ達は雪崩に呑み込まれて――」
「死んでしまうのでしょうか……私達は」
「ハハ……そんな事って」
「まだ……まだ諦めちゃいけない」
ナツメは言った。かごめが消えたのはあいつがいるべき世界にいるからで、そしてそこで最善の行動をしていると。
「成生――何か方法があるのか?」
「方法は分からない。ただ――ナツメから聞いたんだ。かごめが、あいつがいるべき世界で最善の行動をしてるって」
「かごめちゃんが……」
「俺達はこの世界で何を学んだ? 一人で全てを抱え込むんじゃなくて、仲間と協力をしながら乗り越えたじゃないか。だから――俺はかごめを信じようと思う。例え死んでしまったとしても、ここで楽しみあった日々は絶対に忘れない」
「成生――そうだな。オレもここであった出来事は忘れない。成生に早苗ちゃん、二人には夏澄との件で世話になったしな」
「私も、自分を探して、苦悩していたところを成生君に助けていただきました。お二人と出会えたことは忘れないと思います」
「なんだか異常に寒い気がするんだが……」
「俺達の体が少しずつ本来の世界と同化を始めているんだろう。その証拠に――」
辺りを見渡すと、少しずつ光の粒子が上り始める。やがて俺達の体からも光の粒子が現れ、徐々に体が薄くなっていることが見て取れた。
「動けるかは分からないけど、雪の中から脱出できたら必ず二人を助けに行くからな」
「それは――オレもだ。だから、二人とも死ぬなよ?」
「私も――お二人を探します。絶対生きててください」
俺達は三人でそれぞれ別の方向を向きながら背中を合わせる。
涙は――流さない。きっと皆同じ気持ちだったのだろう。
月が雲に隠れた時――世界は粒子に包まれ――消滅した。
………………。
冷たい。途切れそうな意識の中、俺は体を動かそうとするが、雪の重さでろくに動かすことも出来ない。
俺は……死ぬのか?
二人を……見つけなくちゃ……
不自由な体を少しずつ動かし雪の中をかき分けるが、思考がだいぶ鈍くなっている。あまり長くはもたなそうだ。早めにここから脱出して……二人を見つけ出さないと。
声が……声が聞こえる。懐かしい声だ。ずっと聞きたかった――声。
「か……ごめ」
声を出そうにも腹筋に力が入らず、やっとの思いで出した声を雪にかき消されてしまう。
「悠くんー、いるなら返事をしてー!」
生きている。あの時の俺の行動は無駄じゃなかったんだ。
俺は最後の力を振り絞って立ち上がろうとするが、まだ雪の量が多くて立ち上がれない。
雪を再びかき分けてから全身に力を込めると少しずつ体が軽くなっていくのが分かる。暗かった視界もやがて開け、俺は地上の光を浴びた。
「――悠くん!」
付近を捜索していた少女が俺の胸の中に飛び込んでくる。
「ひさしぶり、だな――かごめ……ずいぶん、し、んぱいしたん、だぞ」
「ボクもだよ……やっと会えた」
「なだれがおきて……どれくらい……たった」
「三十分は経ってるよ。ボクもできる限りのことはしたんだけど、二人とも見つけて上げられなくて――」
「さ……がさなきゃ……いずみと……かまたを」
俺は立ち上がり、闇雲に前へと進んだ。
「悠くん無茶だよ! その体じゃ!!」
「いずみ……かまた……へんじを……し――」
体から力が抜け、俺の意識は完全に深淵の中へと落ちていった。




