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Traumerei  作者: 水月
第一章・石鳥居かごめ
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002

 「冬休み? 特に予定はないけど」


 鎌田は席を立つと、大きくあくびをしながら体を伸ばしている。


 「今日も家来んの?」

 「暇だし行こうかな」


 俺は空っぽのカバンを片手で持ち上げる。


 「つうか成生知ってるか」

 「知ってるって、何を?」

 「実はバスケ部の後輩に聞いたんだがな――二年の教室で怪奇現象が度々起きているらしいぞ」

 「怪奇現象?」

 「なんか、チョークが宙に浮いたり、掃除用ロッカーがガタガタ揺れたりするんだと」

 「へぇ、俗に言うポルターガイストってやつか」

 「そう――そのポルター何とかってのが最近になって増えてきたって言ってたな」


 鎌田。

 元バスケ部で俺の悪友。

 去年、一年生でありながらスタメン候補と持て囃され、ある日突然バスケ部を退部した男。スポーツ推薦で入学してきた鎌田にとって、バスケはかけがえのないものだったのかもしれない。それが失われてからの鎌田は、まるで抜け殻のように、怠惰な生活を送った。事実、あいつは一年をギリギリで進級している。成績は常に赤点前後、学校はサボる習慣が付き、気が付けば今の鎌田が出来ていたのだ。


 一年の時はクラスも別々だったが、二年になって同じクラスになり、こうしてつるんでいる。とはいえ、俺も入学当初はバスケ部に入部しており、鎌田との面識は以前からあった。鎌田は当時一年ながら、練習試合でインターハイに出場した強豪校相手に、ドリブルで三人抜きという快挙を成し遂げた。鎌田の持ち前はスピードの変化だった。零から百、百から零の切り替え――敏捷性、あいつのドリブルは容易く相手のディフェンスを千切った。それくらい、鎌田は鮮明に記憶されるほどの優秀なバスケットボール選手だった。


 その年の冬休み前。鎌田は変わった。

 そんなある日、一足先にバスケ部を退部していた俺は、仮病を使って学校を早退していた。校門を出て、自販機へ行こうする俺を鎌田は呼び止める。


 「よっ、サボり魔」


 鎌田は校門に寄りかかり、俺を出待ちしていた。冬だというのに、寒そうにしながら。


 「鎌田、か」

 「へぇ、オレのこと知ってんだ。ふーん?」


 出待ちしていたくせに、白々しいやつだった。いかにも、今たまたま出会いましたよ、みたいな顔をしながら俺の方をチラ見してくる。


 「学校が終わるにはまだ時間が――て、おいおいおい!」

 「どうした?」

 「どうした? じゃないでしょ!」

 「いや、なんかイタそうなやつが校門前で待ち構えてたから」

 「イタくないよ!」

 「そういや、言うの忘れてたけど、ズボンのチャック――開いてるぞ」

 「え…………」


 ………………。


 「学校が終わるにはまだ時間が――」

 「――いや続けるのかよ!」

 「うるさい! あーもう、折角カッコ良く登場したのに台無しじゃんか!」


 そんなちょっと他とはずれた出会いも、今ではいい思い出だ。


 「ん? どしたん、ボーッとして」

 「いや、なんでもない。てか、幽霊なんて出てるのに授業なんてやってて大丈夫なのかよ」

 「それがな、その幽霊、勉強も出来るんだよ」


 ………………。

 何を言っているんだこいつは。元々、頭の螺子が緩いやつだとは思っていたけど、まさかここまでだったのか。


 「おいなんだ、そのかわいそうな人間を見つめるような目は」

 「すまん、今まで気づいてやれなくて」

 「いや――本当のことですけど!?」

 「どこの世界に勉強する幽霊がいるんだよ」

 「でも、本当のことなんだって。数学の時にチョークが浮いたと思ったら答えが勝手に書かれ始めたんよ」

 「それはそれは、幽霊様も退屈なんだな。でも、そうか、誰にも見えないんじゃそりゃ退屈にもなるか」

 「なに一人で納得してんすか……」

 「なあ、こんなところでだべってないで、そろそろお前んち行こうぜ。一刻も早くこたつにいきたい」

 「んー、それもそうだな」


 教室を後にしようと鎌田が扉を開いた瞬間だった。「ぅぐっ!」という声とともに、鎌田は真っ白になった。正しく、文字通り。教室の床を見れば、黒板消しが落ちていた。

 俺は教室から顔を出して左右を確認する。もちろん、犯人が誰かを探るためだが。こういった類の悪戯をするやつは、大体どこかでその反応を見ている。


 いた。廊下の奥の方、突き当りの物陰から、いかにも悪戯が好きな顔が覗き込んでいた。というか、かごめだった。


 「――かごめ!」


 俺の声に気づいたかごめは、こっそり姿を消した。


 「ほ、ほう? オレに喧嘩を売るのか……」

 「か、鎌田?」

 「これをやったやつはどこにいった?」

 「そこの突き当りにさっきまでいたけど――」


 指を差す。さっきまでかごめがいた場所を指差した途端、風とともに鎌田の姿が消えた。


 「待たんかい我ぇえ!」


 鎌田は全速力で突き当りまで走る。そして、突き当りを曲がった途端。


 「そんな、バナナぁぁああああ!!」


 鎌田の断末魔がドップラー効果のように響き渡る。大方、バナナの皮でも仕掛けられていたのだろう。俺は、鎌田の後を追いかける。突き当りを曲がると、頭にバナナの皮を乗せた鎌田が、目を回しながら段ボールに突っ込んでいた。


 「かごめのやつ……」


 校舎を抜けるが、かごめの姿は見当たらない。


 「どこ行ったんだ……あいつ」


 校舎の辺りを見渡すもかごめの影はどこにもない。だが、どこにいるのか、心当たりはあった。


 ………………。

 学校の裏の石階段を上る。


 この前にも上ったが、やはり冬だ、もう積もってるなんてな。それに――先客の足跡も残っている。鳥居をくぐった先、最後の石階段を上りきると、彼女は立っていた。


 「よくここが分かったね――悠くん」


 この時期、年末のかごめは巫女服姿だった。酔狂、こんな寒い時期、昼でも氷点下に近いこの季節に、かごめは巫女服を纏って俺を待っていた。さすがに、足袋ではなく、白いブーツだったが。


 「当たり前だろ、この学校の友達じゃ最古参なんだからな」

 「あはは――それもそうだね、もう十年くらい経つんだよ? 時間の流れって早いよねぇ」

 「そうだな」


 俺は一呼吸を置くと、かごめのもとへ歩み寄る。


 「黒板消しとバナナの皮の件、忘れてないよな?」

 「へ?」


 振り向いたかごめの頬を両手でつねる。頬を両側から引っ張られたかごめはやや間抜けな顔のまま俺の目を見つめていた。


 「いはい、いはいよ悠ふん」

 「あとで鎌田に謝れよ? 一応あれでもお前の先輩なんだからな」

 「わはっは、わはっははらぁ」

 「ならよし」


 両手を離すと、かごめは頬を擦りながら半泣きの表情でこちらを見つめてくる。

 同情を誘うように。


 「ひどいよぉ……」

 「全く、いい加減ああいう悪戯は卒業したらどうだ? 少しは年頃の娘らしく慎ましくだな――」

 「むぅ、ボクもう大人だもん!」

 「駄目だこりゃ。どうやら、というか、見た目通り――」

 「――見た目通り?」

 「あ――」


 心の声を読まれた。違う、間違って声に出してしまった。かごめは、にこやかに、怖いほどにこやかに俺を見つめている。


 「見た目通り……大人なボクッ娘――」

 「――ん?」

 「……じゃなくて、大人な女性だなっ、て……」

 「むぅ、悠くんは無意識に女の子を傷つけるタイプだよね」

 「――すまん」


 俺は、そっぽを向いた――神社の方を向いたかごめに向かい合って土下座をする。


 「はあ……もういいよ、これ以上の背の伸びは期待できないし――ううん、絶対にもっと伸びてやるんだから!」


 かごめは謎の闘志を燃やすが、元通りになってくれてなによりだった。俺は立ち上がり、後ろにある小さな社に目を向ける。

 懐かしい。そんな気持ちが蘇るが、あまり思い出せない。小さい頃の記憶だけがまるで抜き取られたかのように思い出せないのだ。所々に靄がかかったように、霧がかかったように、霞んで視えるだけだった。


 「それより悠くん、暖かそうだね」

 「え?」


 次の瞬間、かごめは両手を伸ばして、俺に向かって突進してきた。俺は思わず反射で避けるが、かごめの方はというと、そのまま社へぶつかり数秒程硬直していた。


 「痛いよ――悠くん」

 「悪かった。でも、山賊がいきなり襲い掛かるから……」

 「襲ってないし山賊じゃないもん! 悠くんのコートが暖かそうだったから――ふぎゃ!」


 積雪。屋根に積もっていた雪が、さっきの衝突で落ちて来たのだ。幸い、小さな社ということもあり、掃除の手入れがしやすいのだろう。雪は少量しか積もっておらず、そのやわらかい雪が雪崩となり、かごめの頭上に降り注いだ。


 「社に突撃するから罰が当たったんだぞ」


 俺は、かごめの手を引っ張って、雪の中から引きずり出す。


 「むぅ、悠くんが避けるからだよ!」


 どうやら俺が悪いらしい。雪を払うかごめ、巫女服。見ているこっちが寒くなりそうだ。


 「冷た!」

 「どうした?」

 「いやあ、雪が服の中に……」

 「……はあ、ほら、これ使えよ」


 俺は、コートを脱いでかごめの肩に掛ける。さすがに、こんな寒い中で巫女服だけというのもかわいそうだ。雪も入ってしまったみたいだし、こういう時こそ男の出番というものだ。


 「悠くん、ありがと。このコート凄く暖かいよ」


 かごめはとても温かそうにしているが、その傍ら俺は寒さに凍え切っていた。

 本末転倒。かごめを暖かくさせるために自分が風邪をひいてしまったら世話がないものだ。


 「お、おおおう、ととと、とりあえず学校に戻ろうぜ。鎌田も待っていることだし」


 ――寒い。身震いが止まらない。寒い寒い寒い。頭の中はそれでいっぱいだった。

 俺は身を翻すと、滑らないよう早歩きで石階段を一段一段踏みしめる。


 「あ――」

 「悠く――」


 俺は、凍った階段で足を踏み外し、一段一段尻を強打しながら下へと降りて行った。

 まるで、ドミノ倒しのように。


 「悠くん大丈夫~?」


 かごめは若干急ぎ足で俺のところへ駆け寄る。


 「ちょ、まっその段は――」

 「へ――」


 かごめは俺と同じ段で盛大に足を踏み外し、それに耐えようとした結果――宙を舞った。重力のままこちらに突っ込んでくる。


 「悠くん、避けてー!」

 「ふごっふ!」


 俺は強打した反動であまり身動きが取れなく、そのままかごめの下敷きとなった。


 「ご、ごめん悠くん」

 「あ、ああ、気にするな、大したことない。かごめが軽くて助かったよ」

 「むぅ、悠くんが言うと褒めてるのか貶してるのかわからないよね」

 「もちろん褒めてるヨ。痩せてるし、肩も凝らなそうだし」

 「肩が凝らなさそうは余計だよ悠くん」


 雪を払い立ち上がるかごめ 眼前には小さな鳥居が悠然と構えている。やがて、小さな鳥居の前に立つとかごめはその柱に手を触れていた。


 「懐かしいね――悠くん」

 「そ、そうだな……」


 少しはぐらかしたが、小さい頃の記憶はあまり覚えていない。どうして、こんな些細なことのために誤魔化そうとしたのか自分でもよくわからない。

………………。


 「実は、昔のことがあんまり思い出せなくてな――」


 訂正。


 「なんていうか、断片的にしか思い出せないんだ。ここでかごめと出会ったことは覚えているんだけどな」

 「――なんでだか、教えてあげようか?」

 「え?」


 前かがみになって俺の顔を覗き込むかごめ。だが、その瞳は少しだけ憂いを含んでいる。


 「この世界には――ある秘密が隠されているんだ。魔法って言った方が適切かな。それのおかげ、いや――」


 魔法、どこかで聞いたフレーズだ。しかし、そんなものがあると信じてるのは、せいぜい幼稚園までだ。小学生に上がれば、憧れこそするものの、それが現実に存在しえないということは誰もが理解している。


 「魔法ね、そんなもんが本当にあったらもっといい人生になってたのかなぁ」

 「ボクの口からはこれ以上のことは言えないけど、気になったら探してみてよ。魔法であんなことやこんなこともできるかもね」

 「あのなぁ……」


 かごめの提案を、俺は話半分に聞き流しながら、雪を払い立ち上がる。正直、寒さで気が気でなかったのかもしれない。鳥居をくぐり、石階段を下りると、校舎へと駆け込んだ。 

 かごめと一緒に、鎌田のところに戻る。そろそろ目を覚ましている頃か、もしかしたら、目を覚まして帰ってしまったかもしれない。しかし、そんな予想を、鎌田は裏切って見せた。


 「鎌田……」

 「……寝てる、ね?」


 そこには段ボールの山で寝転がってる鎌田の姿があった。まるで漫画の世界のように、ぐるぐると目を回しながら。


 「ったく、誰の所為なのか」

 「むぅ……」

 しかし、このまま放っておくわけにもいかないので、鎌田を担いでいくことにした。担いでいくしかなかった。俺は、案外面倒見のいい奴なのかもしれない。

 「俺はコイツを持ってくから、カバン――頼んでいいか?」

 「うん、わかったよ」

 「ついでに、その巫女服も鎌田んちで干してけよ」

 「え、でも……替えとか持ってきてないし」

 「んー」


 俺はかごめを見て、数秒の間、熟考する。


 「大丈夫大丈夫。替えならいっぱいあるから」

 「むぅ、ボクには男の子の服で十分と言いたげだね?」


 にこやかに殺意を見せるかごめ。やはり、コンプレックスのようだ。「一部の男性には刺さるから、悲観することはないぞ」と、言おうとしたが、間違ってもそんなことを言えない俺は、その場を走り、鎌田の家へと向かった。

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