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Traumerei  作者: 水月
終章・成生悠真
36/41

008

 「きょうだい? 何を言って――俺には五つ上の姉しか」

 「真美姉でしょ?」

 「なんで――」

 「本当に覚えていないんだ。小さい頃、よくチェスや将棋なんかをやってたんだけどね。僕はその時霊体だったから悠真に代わりに打ってもらったんだけど」

 「チェス、将棋……あ――」


 蘇る記憶。

 父親は仕事でおらず、姉さんも外で遊んでいた日、俺はよくチェスや将棋をしていた。勝ったり負けたりを繰り返しながら。気づけばその人は見えなくなり、その存在すら忘れてしまっていた。


 「そうか、あの時の」

 「よかった。思い出してくれたんだ」

 「ごめん、いつの日からかナツメが見えなくなって、その存在すら忘れてしまった」

 「いいんだ。僕が生きていれば悠真もこんな辛い人生を送らなくて済んだのだから」

 「ナツメはその……」

 「本当はね、悠真の一つ上になるはずだった。でも、僕が生まれる前に僕は死んでしまったんだ。稽留流産――お父さんもお母さんも凄く悲しんでいた」

 「稽留流産……」

 「それからお母さんは鬱になって、病院の入退院を繰り返した。そして、悠真が生まれてすぐに僕の流産の記憶がフラッシュバックして、再び治療を余儀なくされた。だから、僕が全部悪いんだ。悠真たちの幸せになるはずだった未来を僕が壊してしまったんだ」

 「そんな、ことが……」

 「ちゃんと謝りたかった……けど、勇気が出なくて言えなかった。月日が経つに連れ、悠真は僕の姿が見えなくなり、いつの日からか僕は悠真の後を追うことしか出来なくなった。そんなある日、あの事件が起きて、かごめちゃんと入れ替わりでこの世界に入ることができた」

 「かごめと、会ったことがあるのか!」

 「かごめちゃんから『悠くんのことをよろしくね』って頼まれちゃったくらいだよ」

 「かごめは、かごめはいったい何処へ行ったんだ?」


 ナツメは首を横に振って告げた。


 「かごめちゃんはもうこの世界には居ない。彼女のいるべき世界できっと最善の行動をしているはずだよ」

 「かごめのいるべき世界――?」

 「これで、僕は僕の役目を終えられる。後は悠真次第だ。僕は通過点に過ぎないのだから――」

 「役目? それに通過点って」


 ナツメの体はやがて粒子に包まれ始める。かごめの時と同じように。


 「僕はもともとこの世界にいなかった存在。でも、僕の願いはちゃんと届いたんだ。できることなら、悠真とバスケをしたかったけど。それは欲張りすぎだよね」

 「ナツメ……?」

 「ゴメンね。これが僕の願いだから。最後に僕のことを思い出してくれてくれてありがとう。お父さんとお母さんによろしくね。それと、できる限り早く仲直りができますように――」


 ナツメの体がみるみるうちに光の粒子へと変容していく。満面の笑みを浮かべながら。


 「ナツメ!!」


 俺が手を伸ばした時には既に、光の粒子は空高く舞っていた。目の前は再び暗闇に染まり、月光だけが辺りを照らしている。


 「かごめのいる世界、役目……」


 ナツメが言っていた家族の真実、それにかごめのいるべき世界。

 俺は一度鎌田の家へと戻り、頭の中を整理することにした。鎌田のやつは漫画を顔に乗せながら眠っていたが、俺は中々寝付けずにいた。

 いきなりあんなことを言われても、長年の嫌悪感がすぐに払拭できるわけもない。明日、姉さんにでも訊いてみるか。天井を見つめながらそんなことを考えていると、やがて瞼が重くなっていった。




 「……生。成生ッ!」

 「――すまん、呼んだか?」

 「昼飯食おうぜ」

 「ああ、もうそんな時間だったか」


 時計を見れば、昼休憩の時間だ。


 「大丈夫かよ」

 「ちょっと夜更かししてたから、眠くてボーっとしてたわ」

 「あまり無理はなさらないでくださいね」

 「ありがとう泉、心配してくれて」

 「で、どこで食べる? また体育館にする?」

 「絶対にバスケするから却下な」

 「いやしないよ!? この前はたまたまだから!」

 「普通にここでいいだろ。ここならバスケのしようもないし」

 「なんかめっちゃ警戒されてるんすけど」

 「そういやさ……」

 「どったん?」


 ナツメのことを話そうにも話しづらい。きっとかごめの時みたいに二人に迷惑をかけることになる。


 「いや、やっぱなんでもない。俺、購買で飯買ってくるから二人は先に食べちゃってていいよ」


 俺は購買で昼飯を買い、鎌田達と合流する。


 「やっとメンバーも揃ったし、これであとは創立祭に向けて練習あるのみだな」

 「そうですね。この調子で頑張っていきましょう」


 二人はまだナツメがいなくなったことを知らない。あんなに楽しそうにしている二人を俺の身勝手な一言で消してしまってもいいのだろうか。そう思うと、なかなか伝えにくいものだ。


 「最後の曲はどうする? やっぱ〆はオレの曲かな? アンコールの鳴り響く場内――」

 「体育館だけどな」


 その場だけのいつもの返しをしても残るのは空々しい自分の姿。醜悪な自分自身。

 ………………。

 いつの間に家に帰っていたのだろうか。気が付いた時には自宅のベッドに腰をかけて壁の方を見つめていた。部屋の外に出ても人の気配がない。父親も母親も、姉さんも出かけているようだ。

 ナツメが本当にきょうだいなのだとしたら、どこかにナツメがいた記録が残っているはずだ。俺は家をくまなく探し始める。二十年近くも前の話な上に、あの二人のことだ。きっと忘れているか捨てているに違いないだろうが。

 十分後。俺は一つの木箱を見つけた。

 その木箱を開けると、中には一枚の仕切りがあり、片方は白い紙のようなものに包まれた何か、もう片方にはノートとロケットペンダントが入っている。ノートを開くと見慣れない人の文字と日記が綴られていた。


 『今日、成生家に新たな命が誕生した。名前はもう決まっています。あなたの名前は”ナツメ”。成生ナツメ。真美もお姉さんになれると大喜びではしゃいでいる。よかったね真美。あなたはこれからこの子の良き遊び相手になって、そして、立派なお姉さんになるのよ――』


 俺は日記のページを捲っていく。


 『ごめんなさい、ナツメ。私はナツメを産ませてあげられませんでした。母親としてこんなに悔しい思いをしたことはありません。お父さんも涙こそ流していませんでしたが、相当なショックを受けていました。きっと、辛すぎて流す涙も出てこなかったんだと思います。ナツメ、ごめんなさい。あなたはこんな私が憎くてたまらないことでしょう。でも、ナツメと一緒に過ごした十週間は私にとってはかけがえのない日々でした。お父さんや真美と四人で遠くまで旅行に出かけたり、バーベキューをしたり、コスモス畑を歩いたり、一緒にお歌を歌ったりもしました。バスケのコートで高校の同級生同士集まってバスケをしているところも一緒に応援したりして、そこでお父さんが滑って皆で笑いあったりもしました。でも、もう、私はナツメと一緒に笑いあうことができなくなってしまいました。面白いことがあったとしても、それはただの一人笑い。ナツメと感情の共有も出来ません。ナツメ、あなたは男の子だったのかな。それとも女の子だったのかな。お母さんは、それすらわかりません。母親失格ですね』


 ………………。


 『ナツメが亡くなってから一週間が経とうとしています。どうしてなのでしょうか。何故だか、ナツメがどんどんと遠くに行ってしまう、そんな感覚になってしまいます。できることならあなたの元まで迎えに行きたいのですが、私にはその勇気がありませんでした。ごめんなさい。勇気のないお母さんでごめんなさいナツメ』


 ………………。


 『ナツメが亡くなってから一ヵ月が経ちました。忘れたくない。そう思いながらも、一つ、また一つ思い出が頭の中から消えていってしまいます。この日記で書いていたことも少しずつ思い出せなくなって、他人の日記を見ているみたいで、時々ナツメの名前すら思い出せなくなって』


 思い出せない?


 『これまで三日に一回は書いていた日記も、その存在すらあやふやになり始めた。ナツメに関する記憶が誰かの手によって抹消されているのではないか。ナツメ、ごめんなさい。恨まれても仕方のないことをしました。私にできる償いはただ一つだけ。お祈りを捧げること。例え、何に祈っているのか忘れてしまったとしても、ナツメのために祈りを捧げ続けます」


 ロケットペンダントの中を開けば、一枚の写真。裏には名前が彫られている。

 俺は静かに日記を閉じた。

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