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Traumerei  作者: 水月
終章・成生悠真
32/34

004

 「おい、これはどういうつもりだ」

 「どういうってこういうのが好みなんでしょ?」

 「いや、そういうことじゃなくてだな」


 放課後。

 教室を出ようとした俺の前に、女子用の制服を着ているナツメの姿があった。片眼を隠したアシンメトリーな前髪がより中性さを引き出しており、あまり言いたくはないが、絶妙に似合っていた。


 「あ、悠真照れてる」

 「照れてない。俺にはそういう趣味はないんだ。他を当たってくれ……て。あれ?」

 「どうしたの? 僕の顔に何かついてる?」

 「どこかで見たことあると思ったらあの時神社にいたやつだ!」

 「正~解! よく覚えてたね!」

 「まさか、あの時会ったやつがナツメだったとはな」

 「今日はこれからどこかに出かけるの?」

 「今から俺は用事があるんだ……ったく、にしてもトイレで出待ちとは悪趣味なやつだ」

 「へぇ? この僕を差し置いて誰と密会しようというんだい?」

 「誰って、普通に鎌田の家に行くだけだ」

 「じゃあ僕も着いていこうかな」

 「ついてくるな」


 俺は校門を出るが、ナツメは俺の背後をまるでストーカーのようにぴったりとくっついてくる。


 「おい、いつまでついてくる――」


 振り返りナツメの方を見た瞬間奥から一台の車が猛スピードで突っ込んでくる。そして、俺の横に急ブレーキをかける。


 「おいおい、若いの、家の娘を誑かしておいて他の女を見るとは教育が必要のようだな?」

 「おっちゃん!?」


 車から降りてきたのは泉の父親、もといおっちゃんだった。ガンマンのようなエアガンをくるくると回し、俺に近づいてくる。


 「この方は?」

 「ああ、泉のお父さん――通称おっちゃんだ」

 「まあ、なんだ。紹介に預かったおっちゃんだ。ところで若いの――」


 今気づいたけどまた俺の呼び名変わってるし。いったい次はなんと呼ばれているのだろうか。


 「こうして浮気現場を目撃してしまったわけだが――その辺の釈明はあるか?」


 俺の頬にエアガンを押し付けてくるおっちゃん。今までより一層強い力でグリグリとエアガンを押し込んできて、頬にめり込んでしまいそうだった。


 「これはコイツの趣味だ。言ってやれよナツメ」

 「きゃ、悠真君。僕このおっちゃんさん怖い……助けて?」


 あろうことかナツメは腕を組んできて上目遣いでこちらを見つめてきた。角度から何から計算されつくしたその一連の所作はもはや敬服するしかないが、ナツメの挑発的なその姿勢の所為で俺が人生のピンチに立たされていることを忘れてはならない。


 「若いの、ちょっと車に乗ろうか、ついでにそこのお嬢さんもね」


 おっちゃんはにこやかに俺の背後にエアガンを突きつけて車の中に連行する。

 ………………。

 よく考えたら、誘拐だった。こういった状況に慣れてしまっている自分に頭を抱えるしかなかった。

 おっちゃんの車の中で俺はナツメの頬を両手で引っ張る。


 「ナツメの所為でおっちゃんに誘拐されてしまったじゃないか」


 ナツメは無抵抗のまま俺に頬を引っ張られ続けている。車の振動で前髪から見え隠れするナツメの右目。深い青を携えた瞳は俺のことをジッと見つめている。

 なぜだか嬉しそうな顔をしているナツメを見ていると、無意識にあいつの顔と重ねてしまっていた。


 「どうして笑ってるんだよ……」

 「え? 僕笑ってるように見えた!?」

 「ナツメもしかして本当に――」

 「あーまた悠真はそうやって、いいのかい? 僕の手一つで悠真はさらに地の底へと落ちていくワケだけど」


 ナツメは制服のリボンを外そうと第一ボタンに手を付ける。


 「ごめんなさいでした」

 「うんうん、それでよし――」


 ナツメは俺の頭をポンポンと叩くと、勝ち誇った表情で正面座席の方を向いた。

 屈辱的な気分だが、背に腹は代えられない。俺は我慢し、暖かい車の中で泉の家に連行されるのを大人しく待つことにした

 五分後。

 俺とナツメは泉の家に連行されていた。おっちゃんに手錠とコートのようなものを被せられ、よくある犯罪者が報道されているような姿のまま、俺は泉の家の中へと案内された。


 「さて、娘よ。こうして浮気現場を捕らえてきたわけだが、この若いのをどうする? ハチの巣か? やっぱりハチの巣だよな? うんうん」

 「お、お父さん、この方はナツメさんといって女の子じゃないです」

 「何ぃ? あれ? さっきまでスカートを履いていたような」


 さっきまで女子生徒用の制服を着ていたナツメだが、いつの間にか男子生徒用の制服に着替えていた。ここに連れてこられるまでの時間でどこに着替えるタイミングがあったかは不明だが、ナツメは男子用の制服を着て何食わぬ顔をしている。


 「話がややこしくなるから言っとくが、ナツメはコッチ系なんだ。おっちゃんよ」

 「なん……だと」


 衝撃を受けるおっちゃん。あまりの衝撃におっちゃんはその場で硬直してしまっていた。


 「ちょっと悠真、僕はコッチ系でもソッチ系ないんだけどぉ?」


 ナツメが不服そうにしている。


 「あ、あはは……」

 「まあ、容疑が晴れたようだし――宴会! の前に若いのちょっとついてきな」

 「………………?」


 俺はおっちゃんの後を追っていくと、いつの間にかおっちゃんの車の中に入っていた。


 「で、どうして二人もついてきてるんだ?」


 気が付けば後部座席に泉とナツメの姿。しっかりシートベルトを着用している。


 「えへへ、どうしても気になってね」

 「わたしたちのことはお気になさらず」

 「よし、それじゃ出発するぞ」


 そういっておっちゃんは思い切りアクセルを踏み込んだ。


 「おいおい、飛ばしすぎだろ」

 「言い忘れてましたけどお父さんの運転は少し荒いところがあるので――」

 「いやいや、泉の家に行くときはこんなに荒くなかったじゃないか!?」


 山間なこともあり、狭いくねくねとした道をおっちゃんは走り屋のように下っていく。対向車が来ないことを俺はただひたすらに祈った。

 しばらくカーブの続く道を攻めた後、煙草を咥えたおっちゃんはハンドルを握ったまま人差し指をトントンと動かし、何やら呟いている。


 「仕掛けるポイントは……」

 「仕掛けるポイント!? んなものあるかぁ!!」


 おっちゃん目の前にあるカーブをものともせずにスピードを上げていく。


 「おっちゃん溝!! ……って、溝がないだとぉぉおお!!」


 辺りを見渡しても溝の代わりになるようなものはなく、あるのは年期の入ったガードレールとその先にある崖だけだ。


 「まあまあ落ち着いて悠真――はいこれ」


 後部座席のナツメは紙コップに注いだ水を俺に手渡してきた。


 「いやいやいや――こんなんでどうにかできるような状況じゃないだろ!」


 そんなことを言っている間に車はカーブへ侵入し、横にかかった重力に沿って体が引っ張られる。


 「おいおい若いの――ったくこれでも飲んで落ち着けや!」


 おっちゃんはハンドルから手を放し、俺の口に紙コップの入った水を俺の口の中に注ぎ込む。


 「ゲホッ……ゴホッ――何すんだおっちゃん!?」

 「いや、ちょっと、若いのに水を飲ませたくてな――」


 車はそのままカーブを後輪すれすれの位置で渡り切り、おっちゃんは再びハンドルを握った。


 「ヨコジーがなんたらかんたらだね悠真」

 「まだまだこれからだぜ――行くぜお前達!! 若い頃、無敗伝説を築いた走り屋の血が疼いてしょうがないぜ!!」

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