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Traumerei  作者: 水月
終章・成生悠真
30/34

002

 今日も雪が降っている。そんな風景を教室から眺めていると、鎌田が消しゴムを投げつけてきた。


 「何昼間っから黄昏てんだよ」


 そう言って鎌田はビニール袋からおにぎりを取り出し、机の上に座り込み足を組んでいる。


 「あぁ、もう昼か」


 時計を見れば昼を回っており、授業の時間も過ぎている。生徒たちはそれぞれの場所へ移動しながら昼食を食べていた。


 「大丈夫ですか? あまり顔色が優れていないみたいですけど」


 泉も弁当箱を持ちながら歩み寄ってくる。


 「ただ眠いだけかもしれないな」

 「じゃあ、今日はどこで飯を食おうか」


 「どこも何も別にここでいいだろ」


 数秒後。閃いたと言わんばかりに鎌田が指を鳴らし、机の上から降りて教室を出た後に振り返った。


 「フッ、オレについてきな」

 「しょうもない所だったら校舎の屋根下に置いてくぞ」

 「死んじゃうから! 積雪で!」


 そんな冗談を交えながら鎌田の後を追う。

 ………………。


 「おい、なんで俺たちは体育館にいるんだ?」


 体育館の入り口で佇む俺と泉。鎌田は意気揚々と体育館へ入っていった。


 『あ――』


 俺と泉は反射的に声を出した。それに反応したのか鎌田は一瞬だけ首をこちら側に傾けると、目の前に転がってきたバスケットボールに気づかず体を転倒させた。


 「ほげッ!」

 「ごめんごめん、そっちにボールが転がっちゃった!」


 謝罪の声と共に、入り口の死角から一人の生徒が出てきた。声質的に最初は男子か女子かは分からなかったが、出てきた生徒が男子の制服を着用しているところを見ると、男子生徒のようだ。

にしても、見た目まで中性とは。


 「いっててて」

 「ごめんよ、大丈夫かい?」


 男子生徒が駆け寄り手を差し伸べると、鎌田は頭を押さえながら立ち上がった。


 「どうやらオレを怒らせてしまったようだね」

 「え?」


 鎌田は自分が転んだバスケットボールを突いてバウンドさせるとボールを人差し指でくるくると回し、いかにも小物臭を漂わせながら男子生徒に近寄っていった。


 「君、見たことないけどバスケ部?」

 「僕かい? いいや、違うけど」

 「ふぅん、どうだい? オレと賭けをしない?」


 ボールをバウンドさせて、鎌田は男子生徒の前にボールを差し出した。


 「賭け?」

 「そうそう、一対一で先に一本決めたら勝ちっていう簡単なゲームさ。んで、負けた方が勝った方に飲み物を奢る、どうだ?」

 「鎌田、お前足痛めてるんだからやめとけよ?」

 「まあまあ、ほんの少しだけだしね。で、どうだい?」

 「この学校でお前にバスケで勝てる人間なんかいないんだから受けるやつが――」

 「うん、いいよ」

 「へ?」


 男子生徒は何の迷いもなく即答した。


 「君の言いぶりだと、彼がこの学校で一番上手なんだろう? お手並みを拝見したくてね」

 「ほう、あんちゃんオレよりも一回りくらい背丈が低いのに結構自信家じゃん?」

 「はぁ、夏澄ちゃんに怒られても知らないからな……行こうぜ泉」

 「は、はい――でも、いいんでしょうか?」


 俺は泉を連れて壇上に上がり、コート側見える場所に腰を掛ける。


 「そういや、バスケのルールは分かってる?」

 「うん、弟がバスケしてたからね」

 「そう、じゃあオレから先攻な」

 「あいつ、大人気ねえな」

 「さすがにちょっと……ですよね」


 俺たちは昼飯を食べながら鎌田のプレイを鑑賞していると、早速鎌田が先手の高速ドリブルを仕掛ける。


 「そぉれ!」


 鎌田は衰えているとはいえ、スピードの緩急は相変わらず健在。男子生徒をあっさり抜いて、レイアップを決めた。


 「すごい――君、上手いんだね」

 「あたり前だ。それより約束は忘れてないだろうな?」

 「うん、もちろんだ」


 鎌田はボールを男子生徒に渡すと、姿勢を低く落とした。俺とやったときに比べたらぬるいものだが、それでも、鎌田のディフェンスには隙を感じない。


 「確か、こんな感じだったよね」

 「何を――」

 「鎌田が……抜かれた!?」


 その瞬間、鎌田はあっさりと男子生徒に抜かれた。俺の目から見ても鎌田の守りは確かに強固で、あっさり抜かれるような守備ではなかったはずだ。

 鎌田は慌てて追いかける。


 「速っ!」


 男子生徒は驚いた様子でシュートモーションに入る。鎌田は精一杯手を伸ばして、シュートを止めに入る。ボールは弧を描いてリングへ向かうが、一度リングの真上に跳ね返り、リングの円周上をくるくると回る。

 数秒後、ボールはネットを潜らずに落ちた。


 「いやぁ、負けちゃったか」


 男子生徒は頬を掻きながら呟くと、鎌田は両手を膝に付けて驚いた表情を男子生徒に向けた。


 「あと少し背が高かったら、負けてたな」

 「そっか、それは残念。約束通りさっきのお詫びも兼ねて飲み物を買ってくるよ」


 男子生徒はそのまま体育館を出、ジュースを買いに行った。。


 「よくあそこから立て直したな鎌田」

 「マジでオレと戦ってるみたいで、一瞬鳥肌立っちまった」


 鎌田は近くのボールを手に取るとボールを回しながらこちらの方へと歩み寄ってきた。


 「確かに初心者の動きではなかったな。慢心と本調子ではないにしても鎌田の虚を突くくらいだから」

 「とても速い攻防でしたね」

 「てか、あれでバスケ部じゃないってマジ?」


 そんな話をしていると、男子生徒は瓶のジュースを買ってステージの段に座っている俺達のもとへと帰ってきた。


 「これでいいかな?」

 「お、ごち~」


 鎌田は、満面の笑みを浮かべると、キャップを開けて勢いよく飲み始める。


 「そういや、名乗ってなかったな。俺は成生悠真。そこにいるバスケバカは鎌田連そして――」

 「泉早苗です」

 「僕はナツメだよ」


 ナツメは嬉しそうに自己紹介をした。


 「ナツメか――ってそれは上の名前か下の名前かどっちだ?」

 「うっ……」


 唐突に鎌田が悶え始める。


 「おい、どうした?」

 「だ、大丈夫だ。ちょ、ちょっとトイレに」


 鎌田はアヒルのような歩き方でトボトボと体育館を出た。鎌田が飲んでいた瓶のジュースを持ち上げ名前を確認してみると、そこには活力やらなにやら書いてある強壮剤だった。


 「鎌田君、大丈夫でしょうか?」

 「あ、あああ、大丈夫だ。きっとただの腹痛だよ」

 「どうしたんだろう?」


 ナツメは不思議そうに人差し指を頬に当てて、鎌田が出ていった体育館の入り口の方を見つめている。


 「ナツメ、これはわざとか?」

 「え? なにが?」


 どうやらナツメはとぼけているようだ。いや、本当にとぼけているのか、素なのかはわからない。ただ、一つだけ分かることがある。

 なぜ、こんなものが学校の自販機に売っているんだ。問題があるだろ……。




 空き教室。

 目の前に映る光景は、眩しすぎる光景だ。


 「やっと形になってきたか」

 「みんなともやっと呼吸が合ってきたし、曲も出来てきたし、本番が楽しみだな」

 「おにいちゃんは本番で暴れ過ぎないようにね、足が本調子じゃないんだから」

 「言われなくてもわかってるって!」

 「でもこの前――」

 「成生く~ん? オレがジュースを奢ってあげるから購買いこっかぁ~」

 「おにいちゃん?」

 「あれ? 君たちは」


 空き教室にナツメが入ってきた。


 「タイミングの悪いときに……」

 「げっ……」

 「なんか、楽しそうな音楽が聴こえてきてね、つい覗いちゃったよ。あ、バスケの上手い人もいるんだ。たしか鎌田君だっけ?」

 「あ、ああ、オレはバスケが、うまい、もんなぁ?」


 間違ったことは言っていない。

 まだ、バスケをした事には触れていないため、実質セーフだろう。

 鎌田、ここが正念場だぞ。


 「そ、そうだ、君にもジュースを――」

 「あの時は負けちゃったけど、次は負けないからね!」


 夏澄ちゃんの疑いの眼差しが鎌田の背中に突き刺さる。

 だが、何で戦ったかまでは明言されていない。

 しかし、夏澄ちゃんは何かを確信しつつ、呆れた表情をしている。

 「夏澄、そんな目でオレを見るな! まだ何で戦ったかなんて一言も――」

 「?? 一緒にバスケをやったじゃないか。ジュースをかけてやろうって言ったのは鎌田君で――」

 「はぁ~、おにいちゃん?」

 「マジで申し訳ありませんでした。今後、軽はずみでバスケをすることを慎みます……」


 土下座で夏澄ちゃんに謝る鎌田。


 「ナツメ、お前えげついな……そういうのオーバーキルって言うんだぜ?」

 「ハハ、ごめんごめん。彼、面白いよね。ムードメーカーっていうか」

 「まあ、気持ちはわかるけどな」

 「そこ! 悪人二人で結託しようとするな!」

 「おにいちゃんは病人って自覚ある?」

 「は、はい!」

 「この光景はなかなか微笑ましいね」

 「鎌田君も色々ありましたが、今ではこうしてみんなで創立祭に向けてバンドを組んでいるんです」

 「へぇ~なんだか面白そうだね?」

 「ナツメもやるか? 今絶賛ベース募集中なんだ」

 「いいの? 僕なんかが入っちゃっても」

 「気にするなよ。ベースいないことには変わらないし」


 俺は、ベースの楽器ケースを持ってナツメの前へと行く


 「でも僕、楽器の経験なんてないよ?」

 「安心しろ、ここにいるほとんどが未経験だから」

 「え!? そうなの!?」

 「あと1ヵ月あるし、できるところまで挑戦してみちゃどうだ? 上手い下手なんて関係なく楽しんだもん勝ちだし」

 「悠真がそこまで言うなら……」

 「ナツメの信頼度が上がった」

 「変な実況を入れるな」

 「照れちゃうね」

 「ナツメも悪乗りするな」


 ナツメはベースを受け取りケースを開ける。


 「これがベース? なんだかギターと同じに見えるような」

 「たしかに似てるよな。俺も弦が太いくらいしか見た目の違いがわからん」

 「僕はみんなの音を後ろから支えればいいんだよね?」

 「簡単な音でもいいから俺達と合わせてくれるだけでいいさ。こっちだってプロじゃないんだから、気軽でいいよ」

 「それじゃあ、お言葉に甘えて気軽にやらせてもらおうかな」

 「あらためてよろしくな、ナツメ」

 「みんなよろしくね。気軽にナツメでいいよ」

 「ナツメ君、よろしくお願いします」

 「ナツメ、今度は遅れは取らないぞ?」

 「おにいちゃん? ナツメさん、よろしくお願いいたします」

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