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石鳥居かごめは、俺の一つ下で、その人物の特徴を一言で表現するなら巫女だ。学校の坂を少しばかり上った先、ひっそりと神社が佇んでおり、かごめはそこの神主の一人娘なのだ。だから、当然のように、年末から年始にかけて巫女服姿の彼女を見かけるし、俺がかごめに出会ったのも、そんな年末のある日だった――とはいえ、それも遠い昔の話。かごめとは、かれこれ十年くらいの付き合いになるが、その本質は自由奔放。学校に出席している日は少なく、そのほとんどを病欠という名目で欠席している。学校に来ていたとしても、授業をサボっていることが多く、その姿を見ることは稀だった。本人が言うには、小学、中学と、隙があれば授業を抜け出し、どこかへ遊びに出かけていたらしい。気になるのは、そんなことをしていて成績は大丈夫なのか、ということなのだが、テストは余裕らしく、学年でもトップクラスの頭脳を持っていると自慢げに語っていた。自分でも情けない話なのだが、俺は中三の夏休み、かごめに受験勉強を手伝って貰っていた。部活を引退し、いざ受験勉強を始めるも結果は散々。学校の定期テストでは中の下ほどだった俺の成績は、かごめに勉強を教えて貰うことで、右肩上がりで伸びていき、やがて上の中に落ち着いた。正直、今こうして高校生活を送れているのは、かごめのおかげと言っても過言ではない。
しかし、不真面目な生徒というのは孤立するもので、例えそれが、成績優秀な――テストの点が良い生徒であったとしても、自ら友達になろうと思う酔狂な人間はいない。不良と呼ばれる生徒たちはどの学校にも一定数いるものだが、俺の中学校――かごめの中学校では、一学年あたりの生徒数はおよそ百人弱。悪ガキに分類されるやつこそ多かれ、不良と呼べる者はいなかった。類は友を呼ぶ、ということわざがあるが、類のいなかったかごめに友人と呼べる存在はいなかった。
いつも昼食を一人で取っていたかごめには、一人も。
かごめがクラスメイトや同学年の生徒、他学年の生徒と話したり、遊んだりしたところを俺は未だかつて見たことがなかった。本人がそのことについて、どう思っているのかは知ることはできないが、彼女は何のために授業を抜け出し、学校を欠席するのか、その理由を知らないクラスメイトには、自分とは関わるな、という意思表示として受け取られたのかもしれない。それこそ、仮に話を掛けようとしたとして、学校中を探しまわったとしても、気が付けば彼女はそこにいなかったのだから尚更だろう。男子であれば、何がどうであれその場のノリで友達を作ることは可能だが、女子となるとそうはいかないらしい。俺が見てきた限り、男子は基本的に一つのグループで固まって動くことが多いのに対し、女子は、四人前後のグループが複数存在しており、それぞれのグループの行動理念のもとに動くので、点でバラバラの集団なのだ。かごめはどの集団にも属すことはなかったが、だからこそ――それ故に、いじめの対象になることはなかった。かごめと同じ中学にいた期間は二年だったが、少なくともその二年間は、いじめられただとか、変な噂が囁かれた、というのはなかった。一般的に、好きの反対は嫌いと言われているが、実際それは正しくない。嫌いと意識している時点で嫌いではないのだ。他人に意識されているからこそ、いじめが起きる。つまり、いじめられるということは、一人の人間として、その存在を認められているのと同義だ。
かごめは例外だった。
ここにいることがいつものことで、そこにいないことがいつものことだった。
そこにいて、ここにいなかった。
無関心――かごめがいじめられずに、小学、中学を過ごせた理由であり、好きの反対の感情。文字通り、かごめはクラスメイトの中に存在しなかった。料理に無味無臭のスパイスを入れたところで、誰もその変化には気づかない。つまりはそういうことだ。
だからといって、必ずしも無関心が悪とは限らない。その人間のものさしによって関心の有り無しなんてものは変わるし、関心がない人と三年間同じ教室だとして、学校を卒業してからその人の名を覚えているかと訊かれたらほとんどの人は覚えていないだろうし、寂しいかと問われたとしても一ミリも寂しいとは思わない。しかし、それはかごめ自身にも言えることだろう。彼女の、授業を抜け出す、という行為自体がその場、クラスメイトへの無関心が生み出した行動と捉えることができる。
それは俺だって例外ではなかった。
十年前のあの日に出会う前までは。
その日は、その年の最後の一週間だった。年の瀬はどこの家も大掃除やらなにやらでせわしなく動き回るし、きっと大掃除の邪魔になると思われてたんだと思う。俺は、子どもは子どもらしく外で遊んでこい、と父親に家を追い出された。特に行く当てのなかった当時の俺は、近場にある高校の裏山に探検をしに行った。雪が積もった石階段を駆け上がり、小さな社を見つけると、鈴の下で巫女服姿の少女が一人蹲っていた。俺は近づき、大丈夫? と声を掛けた。少女は顔を上げると、先程まで泣いていたのか、瞼が少しだけ赤く腫れている。かごめとの出会いはそんな昼下がりだった。