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成生悠真がここに越してきたのは幼少期の冬頃だった。と言ってもそんな時代の記憶なんてもう曖昧なものだ。あの時の俺はいったいどんな事を思って生きていたのだろう。ただ、当時から家族というものに不信感を抱いていたことだけは鮮明に覚えてる。俺の中にあるのは仕事でほとんどいない父親が忙しそうにしている顔と外で元気に遊びにいく姉の姿だった。母親と呼べる人間はいなかった。俺の自我が芽生えるその時には既に家にはいなかった。いや、いないことが普通だと思っていた。
だけど違った。初めて疑問を持ったのは小学生の授業参観日。女性達が我が子の成長を見守っている。その時俺は初めて知った。世界とずれているのは俺の方なのだ、と。
こんこんと積もる雪を家の中から眺める毎日。退屈な日々だったが、神経衰弱や将棋などの家でもできるゲームを楽しんでいた。そんな俺の閉ざされた心の籠を開けたのは石鳥居かごめだった。無邪気でお調子者なかごめ。あいつと遊んでいたときは心の底から笑えていた気がする。それに高校受験の時は本当に世話になった恩人だ。荒れていた時期の所為で学校をサボり勉強についていけなかった俺を、かごめは楽しそうに笑いながら勉強を教えてくれた。
無事に高校の試験も終え、高校生になっても変わらない日常。変わり映えのない日常。仕事をする父親と実家を出て一人暮らしを始めた姉。長期休みになると鉄砲玉のように実家に帰ってくるのだが。ほとんど父親と二人暮らし、そんな日々が続く、そう思ってた。
………………。
状況が変わった。高校一年の終わり頃だった。
家に母親と名乗る人物が住み始めたのは。出会った瞬間から慣れ慣れしく母親面してくるこの人間に俺は嫌悪感を抱いていた。形容しがたい感情が胸の中で蠢き続ける。丁度その頃、鎌田連とつるむようになった俺は次第に家よりも鎌田の家で遊んだり、寝泊りすることが多くなった。ウマが合った、というのもあるのだが、あの場所にいるのが嫌だった、というのが大きかったのだろう。二年になっても母親と名乗る人物は家を出ていく気配がない。俺は変わらず鎌田とつるみ、時にかごめとも遊んでいた。かごめも同じ高校に通うことになったのは気恥ずかしいが少し嬉しかった。
そのかごめも、いつの間にか消えてしまった。胸の中に、思い出と一緒に。
別れ。
それから鎌田や泉の内面を知り、俺とはかけ離れた世界を知った。夏澄ちゃんやおっちゃんやさゆりさん、様々な人に出会った。とても満ち足りた日々だった。
人生は紆余曲折。
夢は覚めなければいけない。止まっていた秒針は再び時を刻んでいった。




