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Traumerei  作者: 水月
第三章・泉早苗
20/34

003

 その日は鎌田の家に泊まることにした。次の日、起きればベッドに鎌田の姿はない。どうやら面談に行ったようだ。時刻は10時過ぎ。そろそろ鎌田が帰った頃だろうか。そんなことを考えていると、玄関のインターホンが鳴った。

 鎌田か? いや、鍵を持ってる鎌田がわざわざ押すことはない。

 何か配達でも頼んだのか? 俺は玄関の扉を開け外を確認する。


 「はい、どちら様ですか~?」


 外を確認するが人の姿はない。


 「成生さん、おはようございます!」

 「うぉあ! びっくりした、夏澄ちゃんか」


 視線を下に落とせば、そこには夏澄ちゃんの姿が。


 「おにいちゃんは外出中ですか?」

 「ああ、ちょっと学校にな」

 「学校……?」

 「違う違う、バスケじゃないよ。面談」

 「よかった……ところで面談というのは?」

 「これをはたして言ってもいいものか」

 「ぜひ教えて下さい!」

 「実は――」


 しばらくして再びインターホンが鳴る。玄関を出るとそこには泉の姿。


 「泉さん、いらっしゃいです!」

 「お邪魔します。あれ、鎌田君はいらっしゃらないんですか?」

 「ああ、鎌田は今日面談があるらしくてな」

 「あ……そういうことでしたか」

 「おにいちゃんがまさか、進級ギリギリだなんて……わたしにはそんなこと一言も」

 「まあ、言いにくいだろうねぇ……はは」

 「ですよねぇ……」


 鎌田の帰りは意外と遅く11時手前だった。


 「ただいまーって、え!? 夏澄!?」

 「どうやら泉がこの家にいてもびっくりはしないみたいだぞ」

 「というより、夏澄ちゃんがいるインパクトが強すぎて存在感が薄れてるんだと思います」

 「おにいちゃん」

 「あれ、夏澄、なんか怒ってる?」

 「話は成生さんと泉さんから聞かせてもらいました」

 「いや、それはその、あれだな」

 「おにいちゃん! 体調が悪いときならまだしもサボるなんてダメでしょ?」

 「……はい…………」


 鎌田は夏澄ちゃんの前で正座をさせられている。


 「なんだかおもしろい構図だな」

 「成生君もあんまりサボっちゃ駄目なんですからね?」

 「う……はい」

 「じゃあ、大晦日と正月だけどこの前のクリスマスみたいになにかするか?」

 「さすがにケーキの二の舞は勘弁だけどな」

 「あはは……」

 「あれはなかなかお腹が脹れましたよね」

 「みんなのトラウマをほじくり返すな……」

 「でも、さすがに大晦日、正月と言えば色々あるだろうしもしかしたら被らないかも?」

 「そうであることを信じるか。というわけで、第二回開催。名付けて『大晦日、正月のアイテムと言えば? 選手権』パフパフ!」

 「自分で効果音入れるの虚しすぎだろ」

 「期限は12月31日の夜まで」

 「よし、今度こそ被らないようにしないとな」

 「そうですね、私達も頑張ろうか、夏澄ちゃん」

 「はい、今回もよろしくお願いします!」

 「そういやなんだけど、泉と夏澄ちゃんって作曲とかしてる?」

 「はい、一応電話なんかのやり取りで大まかなところはできてますよ」

 「聴かせて聴かせて! 夏澄と早苗ちゃんが作る曲か~」

 「夏澄ちゃん、どうします?」

 「恥ずかしいけど、感想とかも貰いたいし、うん、いいよ」


 泉は鎌田にUSBを渡す。


 「どれどれ」


 鎌田は作曲されたファイルを立ち上げ、曲を再生する。


 「なんか夏澄らしさがでてるな」


 鎌田から笑みがこぼれる。


 「それは褒めてるのかな?」

 「褒めてるよ、きっと。それに、音色に夏澄の気持ちもちゃんと乗ってるし、いい曲だね」

 「ありがとう!」

 「まだ昼だし、少し学校で練習してく?」

 「今から? 鎌田だって、泉だって今さっき学校から帰ってきたんだろ?」

 「私は別に構いませんけど。それに、夏澄ちゃんの練習にもなると思いますし。夏澄ちゃんは今日病院に帰るのですか?」

 「年が明けてから数日くらいまでに病院に帰らなきゃいけないので、それまではおにいちゃんの家に泊まらせていただく予定です」

 「そうなんですか。それじゃ、それまでいっぱい練習しましょうね」

 「はい!」

 「泉と夏澄ちゃんがいいなら別にいいけど」


 俺達は学校へと向かった。そして、校門前へと到着した。


 「そういえば、成生君と鎌田君は進路希望調査提出しましたか?」

 『あ…………』

 「あはは……忘れてると思いました。年明けに提出ですからね。あとは国語のワークと――」

 『あ………………』

 「完全に忘れてるじゃないですか……」

 「そ、そういや鎌田、進級の件はどうなったんダ?」

 「あ、ああ、これ以上休んだら留年も検討するって言われたけど、なんとか今のところは大丈夫みたいダ」

 「現実逃避してますね……」

 「泉は宿題終わってるの?」

 「はい、もう終わりました。年末と正月はゆっくりしていたいので」

 「わかるか鎌田」

 「ああ――」

 「これが、優等生だ」

 「おいおい、まじかよ……」

 「練習終わったら勉強会をしましょう」

 「背に腹は代えられないしやるしかないよな」

 「オレに関しちゃ、これ以上態度悪いとまじで留年しかねないしな」




 空き教室に向かった俺達は各々の楽器を準備した。


 「じゃあ、まずは鎌田の曲から一緒に聴きながらやってみようか」


 鎌田がスマホに入れてる曲を流すと、それに合わせて俺達は演奏を始めた。


 「始めてみんなで合わせたにしては上出来なんじゃないか?」

 「そうだね。ちゃんと呼吸もあってる気がした」

 「よかったね夏澄ちゃん」

 「ありがとうございます泉さん」

 「いきなりいろんな曲やってもこんがらがるし、まずは鎌田の曲を中心にやってくか。ちゃんと一曲として出来てるしね」

 「オッケー。じゃあ、もう一回流すよ」


 その後、何回か合わせ、各自の練習をした後、解散――するかと思っていたのだが。


 「今度は、勉強会の時間です」


 俺と鎌田はこたつの前に座らされてワークを開かされていた。


 「この前山のような追試課題やったばっかなのに……」

 「それは鎌田の自業自得だろ……」

 「わからないところがあれば手伝いますから、宿題を終わらせて冬休みを謳歌しましょう!」

 「なんだかその表現の仕方にするだけで少し宿題をする気力が湧いてきた気がする」

 「単純なやつだな」


 俺と鎌田の勉強会が始まった。今日だけで数日分の時間を過ごした気がする。それくらい濃密な一日だった。

 二時間後。


 「ぐへぇ、やっと終わったぁ」

 「終わったと言ってもあと三教科残ったけどなぁ……」

 「残りは明日中に片付きそうですね。お疲れ様です」

 「これも、大晦日と正月を謳歌するため……」

 「まあ、たまには年内に宿題を終わらせるのもいいか」

 「あとは、残りの強化と進路希望調査だけですね」

 「進路希望か。とりあえずオレは進学してバスケ選手って書いておこうかな」


 鎌田は進路希望を記入しペンを置く。


 「進路希望か」

 「成生何かやりたいこととか無いの?」

 「何もないんだよな」

 「進学か就職かも決まってないん?」

 「何も決まってない」


 よく考えてみれば、自分の将来のことを考えたことなんて一度もなかった。いや、考えることすらできないよな、あの環境なら。


 「成生?」

 「ああ、すまん。ちょっと考えてて」

 「いきなりは出てきませんもんね。冬休みが明けるまでに提出できればいいですし、ゆっくり考えましょう」

 「そう、だな」


 その後、鎌田の家を後にして数日ぶりに自宅へ帰ることにした。自分の部屋のベッドに転がり、天井を見ながら考える。やりたいこと、ね。そんなことを考えて生きてきたことなんてなかった。小、中学の頃の進路希望はどう書いてたのかも覚えていない。俺は空っぽだ。

 天井を見つめた後、瞼を閉じて俺は眠りについた。鳥のさえずり。カーテンから零れる日差し。

心地の良い朝を迎え俺は鎌田に連絡を入れる。今から鎌田の家に行くと連絡を入れて一分後、わかったと返信があり、支度を済ませ、鎌田の家へと向かった。




 「おはようございます成生さん」

 「夏澄ちゃんおはよう」

 「きたか成生。それじゃ始めるか」

 「そうだな」

 「早苗ちゃんには夏澄が連絡を入れてくれたみたい」

 「手が早いな」


 しばらくして、泉が鎌田の家を訪れた。


 「おはようございます。宿題の方は調子いかがですか?」

 「まあなんとかって感じだ」

 「あともう少しで終わりそう」

 「難しい教科は昨日のうちに終わりましたし、私と夏澄ちゃんは見てましょうか」

 「はい! おにいちゃん、ピアノ借りるね」


 泉と夏澄ちゃんはピアノを弾いて練習している。そして、丁度昼頃。


 「やっと終わった~」

 「オレも疲れすぎてもう動けない……」

 「お疲れ様です」

 「これで、大晦日と正月を豪遊できるぜ……」

 「どんだけ豪遊したかったんだよ」

 「明日は遂に大晦日。さて、何食べようかな」

 「気が早いわ!」

 「明日発表するためのアイテムも買わないとな」


 アイテムか。適当に家から餅でも持ってくるか。


 「私達はもう、考えてあります」

 「泉さんとよく話し合いましたもんね」

 「成生は?」

 「今決めたとこ」

 「みんな大丈夫そうだね。シッシッシ」

 「不敵な笑みを浮かべるな。蹴り飛ばすぞ」

 「なんで!?」

 「よし、それじゃおにいちゃん」

 「どうした夏澄」

 「今から年末恒例の大掃除といきたいと思います!」

 「大掃除か」

 「さて、鎌田はどこに隠してるのかな~」

 「んなもんあるか!」

 「お・兄・ち・ゃ・ん?」

 「だからないって!!」

 「あはは……」

 「お、ベッドの下に薄い本が!」

 「そんなわけ……」


 鎌田はベッドの下の本を取る。


 「………………へ?」


 呆然と立ち尽くす鎌田。


 「オレこんな本知らないんだが!?」

 「鎌田、お前ってやつは……」

 「ホントに知らないんだってば!!」


 無罪を主張する鎌田に冷たい視線が刺さる。


 「ま、鎌田もそういうお年頃だ、二人とも責めてやらないでくれ」

 「変にフォローすんな。てかオレの所有物で話を進めるな」

 「でも、鎌田の部屋にあったものだしな」

 「成生、まさか嵌めたか?」

 「い~や~? なんのことだかわからないですね」

 「敬語やめろ」

 「おにいちゃん、それはちゃんと処分してね」

 「ぐぬぬ……大いに賛成なのに絶妙に納得いかないこの感情の名前を教えてくれ」

 「未練?」

 「頼むから成生はこれ以上余計なことは言わないで黙ってくれよ!?」

 「んじゃ頑張れよ、俺応援してるから」

 「成生はほぼオレの家に住み着いてんだから、大掃除手伝えよ」

 「しょうがない、手伝ってやるか」

 「悪だくみすんなよ?」

 「私も最近お世話になっているので手伝いますよ」

 「ありがとう早苗ちゃん」


 鎌田の家の大掃除が始まった。


 「おにいちゃん、この本は片づけちゃっていい?」

 「ん? ああ、こっちにまとめておいて」

 「鎌田君、この赤点のテスト用紙は……」

 「……捨てちゃっていいよ」

 「鎌田、この本は――」

 「捨てろよ!」

 「まだ見せてないんだけど」

 「見せなくてわかるよ! 本の時点で何となく察しが付くんだよ!」

 「おにいちゃん、わたし台所片づけてくるね」

 「ありがとう夏澄」

 「バスケ関連はこっちにまとめておきました」

 「ありがとう早苗ちゃん、助かるよ」

 「鎌田、この――」

 「だからいつまで持ってんだよ、早く捨てろ! って、バッシュは捨てないでくださいごめんなさい」




 「ふぅ、こんな感じか」

 「半分くらい遊んでたやつが、ちゃんとやりましたアピールするなよ……」

 「成生さん、泉さん、おにいちゃんの部屋掃除を手伝ってくれてありがとうございます」

 「気にしなくていいよ。この家にはだいぶ世話になってるからな」

 「私もお役に立てたなら何よりです」

 「これで、心置きなく大晦日の準備ができるわけだな」

 「とりあえず門松とか置いておけばそれっぽくはなるんじゃないか?」

 「正月の装飾も少しやるか。せっかく四人もいるし」




 「なあ鎌田、この矢はどこに飾る? 適当にベッドの上らへんにでも飾っとくか」

 「そうだな、あれ? 矢三本あるはずなのに一本足りなくね」

 「渡す前まで、あったはずなんだけどな」


 唐突に屈む鎌田、膝には矢が突き刺さっている……風にしていた。


 「『昔はお前のようなバスケ選手だったが、膝に矢を受けてな』とか抜かしたらヘッドロックするからな」

 「昔は成生のような……ておい!」

 「当ててやろうか? 誰かに先を越されたかな?」

 「泉さん、男子ってたまによくわからないこと言ってますよね」

 「あはは……きっとアニメかゲームのネタを指しているんだと思いますけど、私たちにはわからないですね」




 「飾りつけもこんな感じかな? あとは大晦日を待つのみ」

 「夏澄ちゃん、明日頑張ろうね」

 「はい!」

 「明日に向けて、ここからは自由行動ってことでいいかな?」

 「俺は構わないぞ」

 「それじゃ、一緒に買い物行きましょうか」

 「泉さん、よろしくお願いしますね!」

 「俺も自分の部屋片づけてくるかな。明日の用意もあるし」

 「それじゃ、解散! 明日集合で~!」


 鎌田の家を出、俺は学校へと向かった。学校の裏に回り石階段を上る。人気のない階段を上り、鳥居を超える。

 今日もかごめの姿はない。拝殿だけが悠然と構えている。


 「今日もいない、か」


 拝殿に腰かけ冬空を仰ぐ。


 「かごめのやつ、どこで何やってんだろうな。ここに来ればいつかは会えると思ってたんだが……」


 視線を落とし、雪を眺める。


 「もしかしたら、かごめは、もう……」


 いや、まだそうと決まったわけではない。きっと何か理由があるはずだ。いつか必ず再会できる、今はそれを信じるしかない。


 「また来るか」


 腰を上げ拝殿を離れる。石階段から見える景色を眺めながら、俺は帰路についた。

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