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Traumerei  作者: 水月
序章
2/18

002

 薄っすらと見える光が途切れ途切れに網膜を刺激する。

 寝ているということに気づいたのはいつ頃だっただろうか。

 頭の中を回るようにチョークが擦れる音と声が反響している。

 重たい瞼を開いて窓の外を見つめていると、鉛色の空が大気を覆い尽くし、小さな結晶が窓へ付着する。やがてその結晶が雫に形を変えると、屋根に積もっていた純白の結晶が不定のリズムで落下を始めた。


 「――であるから、ここで三平方の定理を用いて……」


 ――数分後。チャイムと同時に数学の授業が終わった。数学の先生が教室を去った直後、担任が教室へ入ってくる。


 「はい皆さん、席についてください。HRを始めますよ」


 担任が胸の前で両手をたたくとクラスメイトたちは各々の席に戻っていく。


 「ついさっきの出来事なんだけど、高原側で雪崩があったという情報が届きました。それに伴ってしばらくの間はスキー場も臨時休業になるみたいです。楽しみにしていた生徒も、今はスキー場には近づかないようにしてください――はい、それじゃ終わりましょう」


 HRも終わり、生徒たちが続々と教室を後にする。俺も椅子の背もたれに掛けていたコートを羽織り教室を出るが、待ち受けていたのは寒気。風が身を震わせるほどに冷たかった。特に今日は低気圧の発達がどうとかで氷点下を軽く下回り、夜には氷点下五度まで冷え込むという予報まで出ていた。

 下駄箱で靴を履き替えて昇降口を抜けると、小さな結晶がまるで流星のように降り注いでいた。生徒たちは各々の話に花を咲かせながら、次々に結晶の雨の中に身を投じていく。

 ………………。

 ――寒すぎる。だが、こんな時のルーティンは決まっていた。校門を抜けると、高原側、家とは反対方向に足を運んだ。高原側に近づくなとHRで言われたばかりだが、数十メートル先にある自販機の缶コーヒーを飲みながら帰るためだ。

 雪風に煽られながら自販機までたどり着くと、スキーの板を持った一人の少女が高原の方角を向いたまま立ち止まっていた。同じクラスの泉早苗だった。どれくらい立ち止まっていたのだろうか。泉の頭には少しばかり雪が積もっていた。


 「――おい、高原は今立ち入り禁止だぞ?」


 おい、だなんてもう少し気の利いた声の掛け方もあっただろうに、俺は初めて話す泉に対して冷たく声を掛けた。


 「――どうかしましたか?」


 予想に反して泉は驚いた素振りも見せずに振り返った。

 ………………。

 しばらくして、泉はゆっくりと顔を傾げる。


 「雪、積もってしまいますよ?」


 泉はゆっくりと俺に近づき頭に積もりかけの雪を払う。どうやら、自分の頭にも雪が積もっていることに気が付いていないようだ。


 「どうも……じゃなくて!!」

 「??」

 「そっちの方こそ雪が積もってるぞ」


 俺は泉の頭に積もった雪を払うと目の前の自販機に百円を入れた。


 「何か飲むか? 奢るぞ」

 「いいんですか? それじゃあ――」


 泉がボタンを押すと、飲み物の落下音とともに、投入金額を表示するところに一個ずつ数字が表示されていった。そういやこの自販機はあたりはずれのあるタイプだったか。まあ、俺はこういった類のものであたりなんか一度たりとも引いたこともないし、あたりが入ってるとも思ったことがない。だが、財布から新しく百円玉を取り出そうとした時、目の前で初めて数字が揃った。六のゾロ目だった。


 「……魔法みたい」

 「魔法だなんて大げさだな。まあ俺も当たるとは思ってなかったけど……じゃあ、これは俺がありがたく頂こうかね」


 俺は彼女と一緒に学校方面へ歩き出す。


 「さっきは急に話しかけて悪かったな。ええと……確か泉だったか?」

 「そういうあなたは成生君だよね?」

 「正解だ。そういやなんであんなとこで突っ立てたんだ?」

 「………………」


 その問いに泉は静かに俯く。

 ――沈黙。

 数秒の静寂の後。


 「分からないんです。どうしてあんなところに立っていたのか。でも――」

 「でも?」

 「いえ、たぶん気のせいだと思います。それでは私はこの辺で――」

 「おう、あんまりボーッとしすぎるなよ」

 「……はい」


 泉は軽くお辞儀をすると、振り返って歩き始めた。

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