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Traumerei  作者: 水月
第三章・泉早苗
18/18

005

 チャイム。

 下校の時刻を告げる鐘の音を境に生徒達がそれぞれの放課後の活動を始める。いつもならすぐに帰りの支度を済ませ鎌田の家に向かうところだが、今日は泉の探し物を手伝う約束をしている。


 「成生くん、今日本当に大丈夫そうですか?」

 「ああ、マジで何にも用事とかないからな」

 「そうですか、それならいいんですけど」

 「本当なら鎌田も誘おうと思ってたんだけど、あいつ今日サボりだからな」

 「鎌田くん期末まで出席大丈夫なんでしょうか」

 「あいつのことだ、最悪先生に土下座してでも単位は回収するだろ、たぶん」

 「あはは、それに慣れてもいいんでしょうか」

 「きっと何とかなるんじゃないか? 二年に上がるときも進級は何とか出来てるみたいだし」


 俺と泉はそんな話をしながら校門まで歩いていた。


 「そういや、本当に探し物の心当たりはないのか?」

 「そうですね……どことなく風景は覚えているような気はするのですが」


 俺は、泉の思うまま、その後ろについて行った。

 久しぶりの高原。

 年末に雪崩があって以来この場所には近づく機会がなかったこともあり、赴くのはおよそ一ヵ月ぶりだった。景色も一ヵ月前に比べて銀色の世界に拍車が掛かっている。


 「うわあ、真っ白です」

 「この道を歩かなきゃいけないのか……」


 高原に続く一本道。しかし、その道は遥か遠くまで続いており、その長さを直線にしたところを考えたくないほどだ。

 一歩、また一歩と、泉が心当たりのある場所まで俺は歩いていくことにした。

 十分後。スキー場の駐車場付近に着くと何やら消防士と思しき人たちが除雪の作業をしていた。


「消防士の人も大変だな。こんなに大人数で」

「そうですね。特にこの辺は雪が多くて除雪も相当な時間もかかりますしね」

「標高も高いからなおさら雪の量がな」


 スキー場を越え、その先へ進んでいくと泉はふと足を止めた。

 何かに吸い込まれるように、何かに魅入る様に。とある一本の木の前で足を止めた。

 そこは、懐かしい場所。木の太い枝に括りつけられた先から延びる縄は木製のブランコを形作っており、モノトーンな銀世界を仄かに照らす燈火のようだった。古い記憶が詰まったまるで宝石箱のような、そんな懐かしいと思える場所だった。


 「ここ、か?」

 「はい、とても、とても見覚えがある気がします」


 泉は木の幹を触れながらその周りを一周する。


 「――ここ……です」


 俺も見た覚えがある。この木、ここから見下ろす田舎の風景、白い雪。

 あの時の少女。

 少女――?

 俺はその時の記憶が、まるでコップから水が溢れ零れ落ちるように、徐々に鮮明な記憶が蘇ってきた。

 ……俺は小さい頃に――


 「成生くん、どうかしましたか?」

 「いや、何でもない」

 「それにしてもこの木はとても大きいですよね」

 「そうだな、見渡せばこんなところに木があるのはここだけみたいだし、異質っていうか」

 「あ、見てください! ブランコがありますよ」


 太い枝に括りつけられている木製のブランコ。座るところには雪が積もっていたが、泉はそれを払いのけて腰を掛ける。


 「なんだか、懐かしい気分になっちゃいますね。子ども心を取り戻すというか」

 「確かにな、俺もこの場所はなんだか懐かしいように感じるよ」


 泉はゆっくりとブランコを漕ぎ始める。

 少しずつ。

 少しずつスピードを上げながら。


 「おい、趣旨が変わってないか。探し物は――」

 「――あぅ」


 どこかで見たことのある光景。木の枝に積もっていた雪が泉の頭上に降り注ぐ。

 やれやれ。あいつといい、泉といい、少し抜けてるところがあるというか。


 「大丈夫か。今助けるぞ」


 雪に埋もれている泉を俺は手を伸ばして救出する。


 「すみません、ありがとうございます」

 「で、探し物はどうだ。見つかりそうか?」

 「そうですね、この場所の近くにはあると思うんですけど」


 制服の雪を払いのけると、今まで通りの泉へ戻った。


 「なら、手当たり次第雪をどかしてみるか」

 「え、でも勝手にやっていいんでしょうか」

 「大丈夫だ。ボランティアで雪かきをしたと思えば」

 「そ、そうでしょうか。でも、この量をさすがに二人では……」

 「いや、そうでもないさ」


 俺は白い雪を手で丸めて泉に見せる。


 「コイツを使うんだ」


 白い雪を木の根元に置き、そして木の円周をグルグルと回る。小さな雪玉は周りの雪を吸い寄せて、徐々に大きくなっていく。


 「雪だるま戦法ですか」

 「そういうこと。前半後半分ければ雪だるまが出来て一石二鳥、なんてな」

 「それは名案ですね。早速始めましょうか」

 「ああ、俺はこのままいくから泉はあっち側から始めてくれ。最後に合流したところで雪だるまを作ろう」


 俺と泉はお互いに小さな雪玉を動かして周りの雪をかき集める。

 十分後。

 前半と後半に分けて行われた雪だるま作戦は無事成功、足元には最低限の雪を残して大きな雪だるまが仁王立ちしている。


 「よし、探してみるか」

 「はい!」


 泉は辺りを見渡しながら、雪を掘りながら探し回る。真剣な顔つきで、ひたむきに、自分を探している。

どうやらあの時の言葉は本気だったようだ。

 十分、二十分と時は経ち、日が少しずつ傾き始め空は橙色に染まる。


 「冬は暮れるのが早いな。もう夕暮れだ」

 「そうですね、今日はそろそろ切り上げた方がよさそうです」


 泉は額に手を当てて一息をつく。


 「そうだ、帰りになんかジュースでも奢ろうか?」

 「あ、いいんですか」


 俺と泉は作業を切り上げて坂を下りる。


 「ま、毎回奢ろうと思ってもルーレットで当たり引いちまうから正確には奢りではないんだろうけど」

 「いえ、成生くんの百円が無ければ私はルーレットすら回せませんから、ちゃんと奢られていますよ」

 「そうか、ならいいや。それと、なかなか見つからないな、泉の探し物」

 「そうですね、でも、明日こそは見つけてみせます」

 「乗りかかった船だ。俺も最後まで付き合うさ」

 「ありがとうございます。明日こそは一緒に見つけましょう!」


 いつもは物静かで淑やかな雰囲気を漂わせている泉だが、この瞬間だけは、まるで、無邪気な子どものように前向きで、希望に満ちた表情を浮かべていた。

 坂を下り、いつもの自販機の前。俺はお金を投入して泉に好きな飲み物を泉に選ばせる。そして回る数字のルーレット。

 ………………。


 「なあ泉、もしかして遠隔操作してるのか?」

 「いえいえ、とんでもないです」


 追加でお金を投入しようとした俺の目の前で。泉は再び当たりを引いた。二のゾロ目だった。

 あまりの豪運にお互い引いたりもしたが、俺はありがたく缶コーヒーを頂くことにした。


 「なんか、奢ったつもりがまた奢られちまったな」

 「あはは、私ってくじ運が強いんですかね」

 「やっぱりその豪運を使ってギャンブルでもした方が楽に生きれるんじゃね?」

 「そんな人生嫌ですよ……」


 軽い冗談を交えながら、疲れた体に暖かい飲み物が染み渡っていく。心から温まっていくその流れに身を任せ、缶コーヒーを飲み干した。


 「ぷはー、生き返る」

 「はい、とても身に沁みます」

 「明日こそ、見つかるといいな」

 「はい、せっかくここまで来たからには必ず見つけてみせます」

 「その意気だ。それじゃあ、俺はここそのまま真っ直ぐだから」

 「今日はありがとうございました。明日もよろしくお願いしますね」

 「任せろ」


 俺は泉と別れ自宅を目指す、寂れた風に身を揺らされながら。

 家に帰れば、いつものようあの人物が俺を出迎えた。「おかえり悠ちゃん、ごはん出来ているからね」と、声を掛けられ俺はお盆に夜飯を乗せて階段を上がった。


 「…………」


 虚しい食卓。

 最近は飯を食べる度に泉の家を思い出す。騒ぎながら楽しく食卓を囲むあの光景を。

 俺は一人。この冷えた家庭で食卓なんて、囲めるわけがない。例え囲めたとしても、きっと喋ることなんて一言もない。泉の家のようにはならない。


 「……薄い」


 料理の味が薄い。俺の慣れ親しんだ味ではない。昔は今なんかよりももっと味が濃くて美味しかったような気がする。

 溜め息。

 こんな生活はいつまで続くのだろうか。

いつから俺の世界は壊れてしまったのだろうか。日が経つに連れて世界の歯車が一つ、また一つと外れ、残された歯車たちも錆びついている。そんな状態でゼンマイを巻いても、世界が音を奏でることはない。

 明日……か。今日は早めに寝るか。

 俺は夜飯を手短に済ませ、ベッドへと潜り込んだ。消灯した天井を見つめて眠気が来るのをひたすらに待つ。目覚まし時計の秒針の音だけが鳴り響く空間、その中に身を任せるうちに俺は自然と眠りについた。

 ………………。 

 朝。

 いつものように学校に向かうが、今日も鎌田のやつは学校をサボっているようだ。メールを送っても「オレは今から魔王を討伐しなければならないんだ」と、わけのわからない返信が返ってくる。

退屈な授業は机に突っ伏したり、外の雪景色を眺めながら放課後を待った。


 「鎌田くん、今日も休みですね」

 「ああ、あいつはまたサボりだ。どうやら魔王討伐とやらが忙しいみたいでな」

 「ゲームで学校を休めるのもある意味凄いですね……」

 「それじゃ、向かうか。あの木のところに」


 俺と泉は昨日向かったあの木へ足を運んだ。冬は日が暮れるのが早い。できる限り足早に木まで向かうと、泉は「今日こそは必ず!」と、張り切っていた。


 「よし、それじゃ作業に取り掛かるか」

 「はい!」


 俺と泉は一緒に木の周りを探索する。どうやら昨日の夜はあまり雪が降っていなかったらしく地面に新しい積雪はほとんどなかった。

 今日は探索範囲を広げて木から少し離れた場所まで探索をすることになり、俺は泉の後をついて行く。

 しかし、これといった収穫もなく、時間だけが無慈悲に過ぎていった。


 「なかなか見つからないな」

 「やはり、私の気のせいだったのでしょうか」


 やがて、日は徐々に暮れ始める。一通り調べたがそれらしきものは見当たらない。泉は少し暗い表情を見せながら瞳を伏せる。


 「……これ以上は――」

 「あと掘っていない場所といったら、あの木の根元くらいか」

 「そう、ですね」


 泉は覚悟を決めて木の根元へ向かうと、少しずつ根元を掘り起こした。目の前にはむき出しになった地面、掘り返されたその空間からは物寂しさや虚しさだけが零れ落ちる。


 「どうして……」


 酷く落ち込む泉。それも当然だ。唯一と言っていいほどの探し物の手がかりだったこの場所に答えはおろかヒントすら無かったのだから。

 泉の心情を現すように雪がゆらゆらと舞い降りる。泉の意思に反して世界は乖離していく。時だけが無常に進み、諦めかけたその時だった。一粒の雪が掘り返した地面に触れた瞬間、薄っすらと光る球体が蛍の光のように浮上していった。


 「これは……」

 「私にも何がなんだか」


 光る球体は仄かに明滅を繰り返しながら、泉の胸の位置で静止する。泉が両手を重ね受け皿にすると、光球はそっと手のひらに降下していった。


 「それが泉の探していたもの、なのか」

 「よくわかりませんが、この光る球体からはなんだか懐かしいものを感じます」


 泉は光の球体を乗せた両手をそっと胸に当てると、球体は吸い込まれるように泉の胸の中に消えてしまった。


 「よかったな。泉――」

 「……ゃ」

 「泉?」

 「――いやぁぁああああああ!!」


 悲鳴。

夕暮れに染まる空に泉の叫び声が溶けていくと、数秒後、泉は木の前で倒れこんだ。


 「泉、おい泉! しっかりしろ泉!!」

 「成生……くん」


 俺は泉を仰向けの状態で支えるが、泉は大粒の涙を浮かべると、目の前で気を失った。

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