004
日曜日の朝、俺は鎌田の家に行っていた。勿論、昨日泉に教えて貰った数学を今度は鎌田に教えるためだ。
「ここでこれを使って――」
二時間後。
鎌田が数学をしている間、俺はそのほとんどを漫画に費やしていた。
「そういや成生、もうすぐ夏澄から電話がくるぞ」
「へえ、夏澄ちゃんが」
「そうそう、たまに病院の公衆電話から掛けてくるんだよ。昨日会ったばっかなのにな」
「でも、今のところ容態は安定しているんだろ?」
「そうだな、それでもやっぱり夏が正念場なんだろうけど」
噂をすれば影。
鎌田の携帯からバイブレーションが鳴り響く。鎌田は電話に出るとスピーカーモードにした。
『やっほ~お兄ちゃん』
「よう夏澄か、今日は成生もいるぞ」
鎌田は携帯を俺の方に寄せる。
「久しぶりだな夏澄ちゃん。体の具合、どうだ?」
『あ、成生さん、お久しぶりです。最近は特に元気ですよ。お兄ちゃんのためにももっと頑張らなきゃって言い聞かせてるんです』
「夏澄ちゃんは本当に頑張り屋だな。今度は俺もお見舞いに行こうと思うけど、なにかリクエストがあったら言ってよ。鎌田と一緒に買っていくからさ」
『そうですね、あじまんが食べたいです』
「あじまん? たい焼きじゃなくてか?」
『あじまんはとっても美味しいんですよ。薄い皮にぎっしりと詰められた熱々のあんが冬の寒さに負けない力をくれるんです。大きさも手のひらサイズでとても食べやすいんです。たい焼きに勝らずとも劣らずのとっても美味しい食べ物なんです‼』
力説する夏澄ちゃん。どうやら、何かのスイッチが入ってしまったのだろう。あじまん愛を一生懸命に俺に語りかける。
「わかったよ夏澄、今度あじまん買ってくよ」
『本当⁉ 楽しみにしてるよ。あ、そろそろ診察の時間だから電話切るね』
「おう。元気でな、夏澄」
『お兄ちゃんこそ、また無理しちゃだめだからね。成生さん、お兄ちゃんが無理しないように監視の方よろしくお願いしますね』
「おう、任せときな」
『それじゃあね――』
静寂。
「元気そうだったな」
「ああ、昨日も会ったけど最近は本当に元気だよ」
夏澄ちゃん。
余命を宣告された少女。
そんな少女でさえ、明日への希望を信じているのに俺は……。
「成生?」
「ああ、すまない。なんでもないんだ」
それからはお互いに漫画を読みながら過ごした。あんな退屈な家にいるよりも、こうして鎌田の家で寛いでいた方が何百倍もマシというものだ。監獄のような俺の家なんかよりも。
外は相変わらずの雪景色。こういった日は炬燵に暖まりながら漫画を読むに限る。そして、眠気に身を任せて昼寝をする。至福のひと時だ。
こんな時間が永遠に続けばいい――そう考えたりすることもあるが、現実はそうも甘くないらしい。寝ていた時間の差分はきっちりと清算されている。
夕暮れ。
「なあ鎌田――」
鎌田の方を振り向けば、漫画をアイマスク代わりにして寝ていた。
「…………」
鎌田はどう思っているのだろう。家族は海外出張で家にはいないが、寂しくないのだろうか。そんなことを訊こうともしていたが、寝ているなら無理に起こすのも可哀想だ。
俺は鎌田が目覚めないように帰りの支度を始める。勉強道具を一通りカバンに入れた後、「俺、帰るからな」と一言を添えて鎌田の家を後にした。
………………。
雪を踏む音が響く世界。今日の夜は静かだった。風もなく、降雪も少ない。こんな日だからなのだろう――あの場所に行こうと思ったのは。
あの日、消えてしまった彼女の最期の場所。
学校の裏山にある石階段を上る。小さな鳥居をくぐり、一段一段足元に気を付けながらあの場所へ向かった。
拝殿。
「久しぶりだな――かごめ」
勿論、返答などない。ただ、彼女なら近くで俺を見守ってくれてる。そんな風な気がしたのだ。
そう、気がした。
――ただ、それだけ。
俺は、拝殿の前にある小さな階段に腰を掛ける。幸い、屋根のおかげで雪は積もっておらず、濡れる心配もなかった。扉を背もたれ代わりにして扉の向こう側にいるかごめに語りかける。
「どうだかごめ、最近の調子は。俺は、ちょっと微妙かな。なんて言うんだろう――やっぱり俺の家庭は恵まれてないんだなって痛感させられたよ」
月明かりが雲に見え隠れしながらも、俺は語り続ける。
「なあ、俺はこれからもあんな場所で生活しなきゃいけないのかな。俺、息が詰まりそうだよ――かごめ」
かつての友人の名を呼びながら、俺は月を見上げる。綺麗な満月――雲間から垣間見える幻想世界、夢幻に近い光景を眺めながら。
「――え?」
俺は小さく声を洩らす。気のせいだと思うが、背中の方――拝殿の扉が少し揺れた気がした。まるで、扉の向こう側に何者かが背中を下しているように。
重み。
想い。
その重みに恐怖という感情はなかった。いや、明確になかったわけではないが、それよりも、懐かしいという想いが勝ったのだ。
「そういやかごめ、大分昔に世界の秘密がどうのこうのって言ってたよな――そんなものがあったとして、俺は変わることが出来るのかな」
『…………』
俺は、過去の会話を思い出していた。
「探してみる……か―――それもいいかもしれない」
風とともに、壁を挟んだ向こう側の重みが消える。
数秒後。
俺は立ち上がり、歩き始める。暗い階段を下りて、暗い校舎を抜けて、校門を出る。かごめに悩みを打ち明け、少しだけ、ほんの少しだけ心が軽くなった俺は家の方角へ足を運んだ。
家に帰ると母親と名乗る女性が「おかえり」という言葉とともに俺を出迎える。口には出さないが、正直迷惑だ。頼んでいもいないのにわざわざ玄関まで出迎える神経がわからない。
俺の過去に父親と母親なんてものはいない。父親は夜勤でほとんど家にはいなかったし、母親は家にすらいなかった。そんな家庭で育った人間はきっと俺のような人間に成長していくのだろう。
親が親なら子も子、だ。
俺はその言葉を無視して自分の部屋に閉じ籠もる。
そして翌日、放課後のことだった。鎌田はいつものようなハイテンションで俺と泉を呼びつける。
「なあ二人とも、今日夏澄の見舞いに行こうと思うんだけど二人も来ないか?」
「特に予定もないし、いいぞ」
「私も今日は大丈夫ですよ」
「っしゃ、じゃあバス停に行こうぜ」
鎌田の先導で、俺達はバス停でその時を待った。この時期、バス停の時刻表は当てにならない。平然と十分以上も運行が遅れたりもする。山間のこの土地ではそういったことが多々あるのだ。
そう、それは今日も同じだった。十五分の遅れでバスは到着し、市の中心街に向かって走り始める。夏澄ちゃんが喜ぶように、病院近くであじまんを購入して病院へ足を運ぶ。
俺と泉が待合室で待っている間、鎌田は受付で手続きをしている。
「そういや泉、自分探しは順調かよ」
話題の枯渇。
無言で鎌田を待つという選択肢もあったにはあったが、受付という微妙な待ち時間を無言で待ち続けるというのは中々精神を削られる。
「そうですね……」
泉はやけに真剣な顔つきで悩んでいる。
「ある程度、いえ、自分がやるべきことはもうわかっているんです。でも、勇気が出ないと言いますか」
「勇気――ねえ」
「それを見つけてしまったら、私が私でなくなるような気がするんです」
「ちょっと意外だな。頭もよくて家庭にも恵まれてる泉にも、悩みがあるなんてな」
「…………」
「悪い悪い、別に悪意的に言うつもりじゃなかったんだ。俺からすれば泉は雲の上の存在だからな」
「成生くんは、小さい頃の記憶はありますか?」
「小さい頃? そうだな、まあ、覚えてるといえば覚えてるし、覚えてないといえば覚えていない、まちまちかな」
「そうですか。私はほとんど覚えてないんです。お父さんやお母さんとの記憶すら」
「へぇ――」
「だから、この学校にはそれを探すために入学したんです。あの高原、そこに私の探しているものがあるんです」
泉は確信に満ちた表情を浮かべる。
間もなく、鎌田が受付から帰ってきた。どうやら許可が下りたようだ。
エレベーターに乗って夏澄ちゃんの病室へと向かう。
「あ、成生さん泉さん、お久しぶりです」
病室に着くと、夏澄ちゃんはベッドの上で漫画を読んでいた。
「久しぶりだね夏澄ちゃん」
「お久しぶりですね、夏澄ちゃん」
「ちょいちょいちょーい夏澄、俺には?」
「お兄ちゃんはいつも来てくれてるでしょ!」
ベッドの前に崩れ落ちる鎌田。相当精神的ダメージを受けているようだ。
「もしかして鎌田って、シスコン?」
「――違うわ! てか、オレと夏澄に血縁関係はねぇよ‼」
「じゃあ――」
「じゃあもジャガイモもないわ! ったく」
「あはは、そういえばお兄ちゃん、アレ買ってきてくれた?」
「ふふん、ちゃんと買ってきてあるぞ。みんなで食べようぜ」
鎌田はビニール袋の中からあじまんが入っている箱を取り出す。カスタード味が三個、あんこ味が三個の計六個が入ってるようだ。
「オレはカスタードを頂くぜ」
颯爽とカスタード味のあじまんを一つ掻っ攫っていく鎌田。
「んじゃあ俺あんこー」
「私もあんこを一つ頂きますね」
「カスタード、かな」
あじまんを口に頬張ると芳醇な香りが口内に広がる。
「ほんの少し冷めてるけど、全然いけるな」
「まあ、それはしょうがないんじゃないか? 病院からも少し距離あったし」
「やっぱり、あじまんはいいよね! 病人にもこのサイズは手ごろだよ」
夏澄ちゃんはあまりの美味しさに頬を抑えている。俺と鎌田は、余った二つを夏澄ちゃんと泉にあげ、三時のおやつ――にしてはやや遅いが、それを楽しんだ。
「ああ――美味しかった」
「夏澄が喜んでくれるなら買ってきてよかったよ。で、診察はどうだった?」
「う~ん、先月に比べて少しだけ心臓が弱ってるみたい」
「……そう、か」
「そんなに落ちこまないでよ、私はまだ死なないから」
「夏澄ちゃん……」
「成生さん、泉さん、今日はわざわざ来てくれてありがとうございます」
「いや、いいんだ。俺もちょうど顔を出そうと思ってたし」
「私もです。こうして夏澄ちゃんを一目見れただけでも来た甲斐があります」
それからは、小一時間ほど談笑を交えて今この瞬間を楽しんだ。
時間は有限。
一つでもバスを乗り損ねたら一時間以上も待たなければならない田舎ならではの悩み。俺達は病室を後にした。
病院を出、停留所でバスの到着を待つ。行きとは違って、帰りは時刻通りにバスが停車し、それに揺られながら俺達は学校前まで向かった。
「着いたー」
「すっかり、夕焼け空ですね」
「じゃあ、今日はこの辺で解散でいいか? 二人とも今日は付き合ってくれてサンキュな!」
鎌田はそう言い残して足早にその場を去った。
「鎌田くん、行っちゃいましたね」
「全く、台風みたいなやつだな。俺もそろそろ帰るかね――その前に缶コーヒーでも買ってから帰るか、泉もいるか? 奢るぞ」
「あ、いいんですか?」
「ああ、好きなのを選んでくれ」
………………。
自販機。
ルーレット。
目の前には、見事に数字の二が揃っていた。泉が遠隔操作でイカサマしているとしか思えない。俺が自分一人で買ったときは毎回最後の一個が外れるのに、幸運の持ち主だ。
いや、豪運の持ち主だった。
「あ、当たりましたよ!」
「泉、お前今度宝くじ買わないか? 俺が金を出すからさ」
「成生くん、高校生じゃ宝くじは買えないですよ?」
正論だった。
にしても、俺の目の前で、しかも二回連続で当たりを引くなんて、まるで魔法でも使っているのか?
――魔法。そういえば、泉と初めてこの場所で話した時もそんなことを言っていた気がする。それに――
「なあ、泉」
「どうしました?」
「そういや前もこんなことあったよな?」
泉はルーレットで当たった缶コーヒーを取り出しながら「そんなこともありましたね」と懐かしんだ声で答える。
「あの時、どうして高原の方を向いてたんだ?」
それは、ささやかな疑問。泉が高原をずっと見続けていた光景を、俺は少なくとも二回は見ている。その都度「私の気のせいです」なんてはぐらかされたわけだけど。
「――実は、探し物をしてるんです」
答え。
少しは俺のことも信用してくれたのか、改めて訊いた問に、泉は少し恥ずかしそうにしながらもそう答えてくれた。
「私、この学校に来たのは自分探しっていうのもあるんですが、本当はこっちの方が主な理由だったりするんです」
「探し物か、もしかしてスキー場にか?」
「いえ、スキー場までの道のりですね」
「それは途方もない話だな。あそこって結構な距離あるだろ。一本道にしてもさすがに一人で探すのは難しいんじゃないか?」
「まあ、そうなんですけど」
「で、無くしたものは何なんだよ。もしかしたら、俺も手伝えるかもしれないしな」
「えっと、それが……わからないんです」
「へ?」
泉は頭を押さえながら小さく溜め息をつく。
「全くわからないのか?」
「……はい。でも、この高原のどこかに私の探し物があるのは確かなんです」
「おっちゃん達には相談したのかよ?」
「いえ、まだしてないです」
「あの人達なら喜んで協力しそうだけどな」
「そうかもしれないですけど、なんと言いますか、これは自分で見つけなきゃ意味がないって思っていまして」
「そうだ、じゃあ俺にも探すの手伝わせてくれよ」
「い、いえ、成生くんの手を煩わせるにわけには」
「泉に勉強教えて貰ってばっかりだったし、たまには恩返しってことでさ」
――なんて、ちょっとカッコつけた風に言ってみるが、半分は単純な好奇心だ。
「でも、高原は広いですし成生くんに迷惑が掛かっちゃうかもしれないです」
「そんなことを言ったら、俺なんかわざわざ勉強教えて貰ってるんだぜ。おあいこだ」
「そう、ですか。じゃあ、成生くんにお願いしてもいいですかね?」
「任せろ。ま、今日は遅いし話の続きは明日以降でもいいか?」
「そうですね……今日はもう暮れてしまいますし」
俺と泉は自販機を後にした。
その数分後だった。
前方から何やら人が走ってくる。やがてその人影がある人物を形成していった。
「お、おっちゃん⁉」
「お父さん⁉」
おっちゃんは袋とエアガンを片手に俺のもとへ全力疾走している。俺は慌てて踵を返すが、それから間もなく俺は背中にエアガンを突き付けられた。
「おうおうおう。うちの娘を誑かすとはいい度胸してんじゃねえか兄ちゃんよお」
おっちゃんはこんな暗い中、しかもあの距離から娘の姿を認識したのだ。しかも、その隣に男がいたということまで。
――おっちゃんはいったいどこの部族出身なのだろう。
「って、なんだ若造じゃねえか」
そして、俺はなぜか小僧から、若造にランクアップしていたのだった。
………………。
炬燵。
俺は泉の家に拉致されていた。あの後すぐにおっちゃんは「せっかく会ったんだから飯でも食ってけよ」と俺に提案、もとい命令をするのだが、断ろうにも「断ったら、埋めるぞ」と先手を打たれてしまい、今この状況だ。
意外にもさゆりさんは乗り気でご飯を作っている。
俺の気も知らないで……
「どうした若造、元気がないぞ」
「そりゃ、いきなり誘拐されたんだ。びっくりもするだろ」
「誘拐とは人聞きの悪いことを言うなよ若造」
「やっぱり、成生くんとお父さんは仲良しですね」
泉は少し笑いながら俺とおっちゃんを見つめる。
「おいおい娘よ、こんなみみっちそうな男とお父さんが仲良いいわけないだろう」
「そうだぞ泉、仲いい奴は人攫いなんてしない」
「さあ、皆さんお鍋ができましたよ」
さゆりさんは手袋をはめて熱々の鍋を持ってくる。鍋の蓋を開ければそこにあったのはすき焼きだった。
「今日はすき焼きか。これは旨そうだ」
「さゆりさん、俺なんかが勝手に家に上がっちゃって、しかもごはんまで頂いていいんでしょうか?」
「あらあら、気になさらなくていいんですよ。なんたって早苗の彼氏候補ですもの」
「なんだと? 彼氏候補?」
おっちゃんが食い気味に俺の顎にエアガンを押し付ける。
既視感。
「だから、成生くんはクラスメイト……」
「泉、お前もこれはこれで苦労しそうだな」
「あはは……」
苦笑いする泉とともに、泉家ではさながら宴会状態になった。主に騒いでいたのはおっちゃんだけだった気もするが。
酒瓶を振り回したり、俺と泉に酒を飲ませようとしたり、危なっかしい部分もあったがそれでも。
楽しかった。
決して味わうことのできない温かい環境。ご飯を食べることが楽しいことなんて、感じたことがなかった。
だから、なんだろう。劣等感がまるで津波のように押し寄せてくるのは。
――宴会が終わる。楽しいひと時もいずれは終わりを迎えるのだ。泉とさゆりさんはこの前のように洗い物をしにキッチンの方へ行ってしまったが、前回と違うのはおっちゃんが起きていることだった。煙草に火をつけて食後の一服をしている。
「若造、どうだ。楽しかったか?」
「ま、まあ、そりゃこの環境にいて楽しくないわけないだろ。おっちゃんがバカ騒ぎするしな」
「そうか、ならよかった」
「……?」
「なあ若造、お前は家族のことをどう思ってる」
「は?」
「その目、隠さんでもわかる。俺も一時期そういう時期があったからな」
「…………」
「ま、大方の事情は予想がつくがな」
「それは――俺に対する何かの嫌味か?」
「嫌味……か、これでも心配したつもりだったんだがな」
「あ――」
「勘違いは誰にだってある。いいか、悩みは一人で抱え込むな、いつかそれは自分の身を潰すことになるからな。人生の大先輩からのアドバイスだ」
「へえ、ただの頭のおかしいおっちゃんかと思ってたけど、少し見直したよ」
「何かあったらいつでも来いよ。相談に乗ってやるからよ。それに――いや、なんでもねえ。まあ、若造がどう向き合うかは若造次第だ」
間もなく、泉とさゆりさんが洗い物を終えて帰ってくる。
「あれ、成生くんどうかしましたか?」
「もしかして、料理が口に合いませんでしたか?」
「い、いえとても美味しかったです!」
「あら、それならよかったです」
「まあなんだ、若造の青春の悩みというやつを漢として、人生の先輩として、聞いてやっただけさ」
「おい、意味深な言い方はやめろ」
「あら悠真さん」
意味深に笑うさゆりさん。
「あの、さゆりさん……?」
「な、成生くんも男の子ですからね……お父さんに、色々教えて貰うといいですよ」
「だぁぁああ‼」
俺は髪の毛をかき乱して心の声を洩らす。
「どうしたどうした若造。急に叫び声なんか上げて」
「九割はあんたの所為だぞおっちゃん」
俺は手短に荷物をまとめると、おっちゃんが大きく笑い声をあげ始める。
「またいつでも来いよ若造」
「あ、それでは玄関まで見送りします」
「早苗のこと、これからもよろしくお願いしますね悠真さん」
「けっ、若造に早苗は渡さんぞ!」
「あ、あはは、どうか気にしないでください……」
泉に案内されながら俺は苦笑いをして、その場を立ち去る。
「忘れ物はないですか?」
「ああ多分ないと思うけど――それじゃ」
「はい、また明日です」
俺は、泉の家の玄関を抜けて、自宅へと足を運んだ。