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Traumerei  作者: 水月
第二章・鎌田連
16/34

008

 「昨日は、大変だったみたいですね」

 「ああ、いきなり鎌田のやつ出てくんだぜ」

 「どこに行ってたんですか?」

 「体育館借りてたんだと。んでそこで練習してた」

 「ストイックですね」

 「感心してる場合か」

 「そうですね。普通に深夜徘徊ですし」

 「あと無理してるせいで思ったよりも膝が悪化してそうだった」

 「それは心配ですね。それではまた後程」

 「勉強頑張れよ」


 さて、俺は空き教室にでも向かうか。空き教室に入るが、今日も誰も姿もない。適当に腰かけ、ギターケースからギターを取り出す。


 「確か作ってる曲はこんな感じだよな」


 自分の作った曲を弾いてみる。


 「今できてるのはここまでか」


 その後しばらく空き教室で練習をした後、昼のチャイムが鳴った。


 「よし、今日はここまでだな」


 ギターをケースにしまっていると、泉が教室に入ってきた。


 「泉か。今片づけてるから少し待っててくれ」

 「はい、ゆっくりでいいですよ」

 「よし、おわり、と。そうだ、帰り少し体育館見ていかないか?」

 「わかりました」


 泉と一緒に体育館へと足を運ぶ。バスケ部も昼休憩に入っているようだったが、鎌田は相変わらず練習を続けていた。


 「本当にストイックですね」

 「才能に驕らず、努力を怠らない。鎌田の強い理由だな。そろそろ鎌田の家にいくとするか」




 鎌田の部屋にいくと、夏澄ちゃんが元気よく迎えてくれた。


 「今日はクリスマスですね!」

 「そうだな、ケーキもまだあるし、鎌田の帰りを待つとするか」

 「そうですね。夏澄ちゃん、よろしければ、私と一緒にピアノ弾きませんか?」

 「はい、ぜひ一緒にお願いします!」


 俺は炬燵に入り、本棚から適当に漫画を取って読みふける。時間は流れ、夜になるが鎌田は帰ってこない。連絡をしても既読がつくだけで返事はない。夏澄ちゃんはピアノを弾き終わった後漫画を読みながら眠ってしまっている。


 「ぐっすり寝てたな、夏澄ちゃん」

 「おはようございます」

 「あ、本当だ。漫画読んでたらいつの間にか眠くなっちゃって――あれ? おにいちゃんは? まだ帰って来てないんですか?」

 「あ、ああ……少し練習が伸びてるみたいだ。あいつ、夏澄ちゃんのためにインターハイは優勝するって張り切ってたからな」

 「そう……ですか。わたしのために――いえ、やっぱりわたしの所為……ですよね」

 「――え」

 「わたし……実は知ってるんですよ。この体が、長くてもあと半年しか持たないって――」

 「なッ――」

 「おじいちゃんが電話で話しているの、聞こえたんです。おにいちゃんが膝を痛めてバスケ部を退部したことも、問い詰めたらすぐに教えてくれました。おにいちゃんは優しい人です。わたしがここからいなくなる前に、どんな無茶をしてでも優勝する――予想通りでした。わたしはバスケ部を辞めてほしい。先の短いわたしのために、おにいちゃんの長い人生に傷痕を残したくない。そう思ってここに来たんですから――」


 どんな無理をしてでも優勝旗を掴みたい鎌田と無理をして欲しくない夏澄ちゃん。互いが互いを想い合ったすれ違い――どちらも正しいし、どちらも間違っていない。


 「成生さん、おにいちゃんのところに連れて行ってください」

 「鎌田のところへか」

 「はい、おにいちゃんに無理はして欲しくないんです。お願いします、成生さん」

 「………………」

 「お願いします、成生さん……わたしは……」


 今にも涙を流しそうな夏澄ちゃんに気圧された俺は頭を掻きながらため息を一つつく。


 「……はぁ、わかった」

 「成生君?」

 「いいんだ、泉も来てくれ。俺も夏澄ちゃんの意を汲んで鎌田を説得する」

 「わかりました。鎌田君には申し訳ないですけど、私もお手伝いさせていただきます」

 「ありがとう……ございます――成生さん、泉さん」


 俺達は学校へ向かう。鎌田のいる場所へ。一人で全てを抱え込んだ悪友のもとへ。

 バスケットボールが弾む音。それがある程度一定リズムで流れる――ドリブルの練習をしているのだろうか。体育館からはボールの音が一つしか聞こえないことを考えると、きっと一人で練習しているんだろう。

 一歩、また一歩体育館へ近づく。

 そして――ドリブルの音が止んだ。


 「成生、早苗ちゃん――夏澄……」


 鎌田は何が起きたのかわからないような顔をしている。


 「おにいちゃん、もう――無理はしないで」

 「――え? 無理なんてしてないぞ、ほら」


 鎌田は手に持ったボールをゴールに向かって放る。ボールは綺麗な弧を描いてゴールに入った。


 「ほら、3Pシュート。今日も絶好調――」


 夏澄ちゃんは鎌田の胸を目掛けて走る。そして――


 「――やめて!! もうやめてよ――おにいちゃん……わたし、知ってるんだよ。おにいちゃんが足を痛めてバスケ部を辞めたこと――そして、わたしの寿命も……残り少ないこと…………全部――知っているの……」

 「…………成生。まさかお前……言ったのか――?」

 「違うの――最初から知ってたの」

 「知っ……てた……?」

 「お願い……もうバスケは……やめて――」

 「バスケを……やめる……? オレが……? 何を言ってるんだよ――」

 「このままバスケを続けたら……足、壊しちゃうよ……」

 「オレは……元気だ――」

 「――嘘つかないで‼ 嘘つかないでよ……わたしのために自分の人生を犠牲にしないでよ…………おにいちゃんは凄いバスケ選手なんだから、あと一、二年休めばまた復帰できるんだから、だから……今は休んでよ」

 「――それは、できねえ」

 「……え?」

 「夏澄に優勝旗を見せる――それがオレの夢なんだ。それを諦めるなんて……できるかよ」

 「どうして‼ どうしてどうしてどうして!! わたしの大好きな――大好きなおにいちゃんに……これ以上無理して欲しくないだけなのに……」


 夏澄ちゃんは涙を零す。今まで抑えていた涙が、全ての感情と共に流れ落ちる。


 「夏澄――」


 そう言って鎌田は夏澄ちゃんをゆっくりと抱きしめる。


 「そんなの……オレの方が好きだからだよ――!!」


 鎌田は声を震わせ、涙を流しながら夏澄ちゃんを強く抱きしめる。


 「――なんでなんだよ‼ 夏澄が何をしたってって言うんだよ‼ お父さんもお母さんも何もかも奪って――なんで世界は理不尽で……残酷なんだよ。オレはずっと夏澄といたかった――オレの方が――夏澄の何倍も夏澄のことが好きなのに‼ それなのに――それなのに……」


 鎌田は泣き崩れる。体育館の床に両手を付けて、しばらく涙を流し続けて――


 「おにいちゃん……」

 「……たとえ、夏澄の願いだとしても、バスケはやめられない――」

 「……おにい……ちゃん」

 「これが……オレが兄として最後にできることだから――」

 ゴールから転がってきたバスケットボールが鎌田の足元にぶつかる。鎌田の覚悟は正しい。夏澄ちゃんの願いも。なら、俺に何かできることはあるのか。

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