007
「クリスマスにちなんだもの、か」
自宅のベッドで天井を見つめる。
「ま、無難にケーキとかでいいか」
スマホのネット注文でケーキを探す。
やっぱりシーズンなだけあってなかなか注文できるのがないな。
ま、いっかこれで。適当に1ホールのケーキを注文し、明日の昼に届くことになった。
………………。
少し、作曲してから寝るか。今の気分や感情を音に乗せて。
「よし、これで、昨日作った曲の流れをギターでっと――」
空き教室でギターの練習をしていると、昼のチャイムが鳴った。
「もうこんな時間か」
「成生君、やっぱりここにいらっしゃいましたか」
「泉か。まあな、今の俺にできると言ったらこれくらいだからな」
「今夜は楽しみですね」
「そうだな。そっちは何のするのか決めたのか?」
「はい、今から夏澄ちゃんと行動開始です!」
「さすが泉、計画立てて行動してるな。楽しみにしてるな」
「はい、私も成生君と鎌田君が持ってくるもの楽しみにしてますから。それと、創立祭に向けてのバンド練習ですが、クリスマス会以降参加させていただきますね」
「ああ、わかった。気を付けてな」
泉を見送る。予定の時間までは暇だし、少し校舎内でも見て回るか。
俺は楽器をしまい、空き教室を後にする。体育館に足を運ぶと、運動部の掛け声が聞こえてくる。
「よし、スリーメン50本連続終了、各自昼休憩!」
鎌田のその声に部員たちがコート外に座って昼休憩を始める。あいつは、昼休憩になってもバスケをしていた。フリースロー、レイアップ、ハンドリング、たゆまぬ努力をしている。
俺は体育館を後にした。
石階段。淡い希望を抱きながら、階段を上る。
「――え?」
思わず声が漏れてしまった。学校の裏にある、誰も足を運ばないこの場所に、女子生徒がいたのだ。
俺の声に呼応するように女子生徒は振り向く。
「君は――」
「ごめん、まさか先客がいるとは思わなくて」
「気にしなくていいよ。僕はもう行くから、それじゃあね!」
女子生徒は俺を横切り、石階段を降りようとしていた。
「気をつけなよ。その階段滑――」
「へ――?」
女子生徒は足を滑らせ体制を崩す。俺は咄嗟に腕を引っ張り身をこちら側に寄せた。
「大丈夫か?」
「ありがとう。おかげで尻もち付かずに済んだよ。チョベリグってやつだね」
「今の子にチョベリグって通じないからな。普通に死語」
「死語でも通じてるじゃん?」
「はあ、まあ怪我がなくてなによりだ。気をつけろよ」
俺は不思議な女子生徒のもとを離れ、拝殿の方へ向かう。
「ありがと、またどこかで会えるかもね!」
そう言い残して女子生徒は去っていった。
結局かごめはいない、か。振り返り帰ろうとすると、先ほど帰ったはずの女子生徒が目の前に立っており、頬に人差し指を当てられていた。
「……!?」
「あはは! 驚いた?」
「なんでまだいんだよ」
「気にするな、僕は気にしない! 今度こそ、またね!」
今度こそ女子生徒は去っていった。
………………。
静かな空間だ。結局、今日もかごめに会うことはできなかった。帰ってケーキを受け取る準備をするか。俺は神社を後にして自宅へと向かった。
ベッドに横になってスマホを弄る。
「届くのは夕方か。時間はまだあるし、少し寝るか」
目覚ましをかけた後、瞼を閉じ、闇に誘われるままに眠りについた。時が過ぎるのは早い。
気が付けば辺りは夕方になっており、しばらくして宅配のケーキが自宅に届いた。
「ありがとうございましたー。失礼しましたー」
ケーキを受け取った俺は、鎌田の家に行く準備をした。
「悠ちゃん、今日はどこかに出かけるの?」
「…………」
俺は無言のまま自分の部屋に戻り、支度を始める。なんて居心地の悪い場所だ。こんな掃きだめみたいな場所からは一秒でも早く離れたい。家を出、鎌田の家へと足を運んだ。
鎌田の家のチャイムを鳴らし、家の中に入ると、泉と夏澄ちゃんが飾りつけをしていた。
「成生さん、いらっしゃいです!」
「成生君、こんばんは」
「お、やってるな? これが泉と夏澄ちゃんチームの出し物か」
「いえ、まだですよ! 部屋に来てください!」
夏澄ちゃんに部屋の案内をされ、鎌田の部屋に入ると、料理がずらりと並んでいた。
「凄いな。この料理二人が作ったのか?」
「はい、泉さんとわたしで作りました! 泉さん、料理の腕前がプロ級なんですよ!」
「そんな、大げさですよ! 夏澄ちゃんも料理上手でしたよ」
「今日は、腹いっぱい食えそうだ」
それに、ケーキらしきものはない。二人が空気を読んでくれたのかな? まさか、俺や鎌田が料理なんてするとは思わないだろうし。
「料理はいっぱい作りましたので、いっぱい食べてくださいね!」
「ありがとう。そうだ、俺も飾りつけ手伝うよ」
「いいんですか? それじゃ一緒に飾りつけをしましょうか」
そして、俺達は鎌田が帰ってくるまでに玄関から部屋までの道にクリスマスらしい飾りつけをしていった。
三十分後。
「よっしゃー、やっと終わった」
「疲れましたね」
「成生君、夏澄ちゃん、お疲れ様です!」
「あとはおにいちゃんを待つだけですね!」
「そうだな――」
何かを忘れている気がする。
「どうかしましたか?」
いや、忘れてるはずはない。ちゃんとカバンの中にケーキを入れてきたし……あれ? 冷やしてなくない!?
「すまん、ちょっと冷蔵庫借りるぞ!」
俺はカバンの中からケーキを取り出し、冷蔵庫を開ける。
「冷蔵庫の中には――」
泉が俺を静止しようとしたが、俺の手は既に冷蔵庫を開けていた。
「私と夏澄ちゃんのクリスマスらしいアイテム、バレちゃいましたね……あはは……」
「わたしと泉さんの力作ワンホールケーキです。自信作なんですよ!」
「泉、夏澄ちゃん……どうしようっか」
「どうって……」
俺は袋の中からケーキを取り出す。
「あ、あはは……」
「まさかのワンホールケーキが二つ!? で、でも四人いればきっと食べきれますよ!」
「そ、そうだといいんだが……」
「頑張りましょう……」
もうしばらくして、鎌田が帰宅した。
「ただいま~――て、凄い飾りつけと料理だな」
「この料理、泉と夏澄ちゃんの二人で用意してくれたんだってよ」
「ありがとう早苗ちゃん、夏澄」
「ふふん、わたしはできる子なのです!」
「そうだな、偉いぞ。ところで、みんなはクリスマスにちなんだアイテムは用意してきたか?」
「あ、ああ……一応」
「私達も……料理や飾りつけをしたんですけど、一応用意はしました……」
「一応、ね……」
「ん? まあいいや、オレのアイテムももうじき到着するからそしたらみんなで発表だな」
十分後。宅配で鎌田が玄関まで行ってる間に、俺達もケーキを取りに行き、背中に隠した。
「よし、これで全員のアイテムが揃ったな。それじゃ、せーので前に出すぞ? せーのっ!」
………………。
神がいるのなら、俺達にどうか安息を……。
「え、マジで?」
「マジも何も大マジだろ」
「なんか少し嫌な予感はしましたけど……」
「食べきれる……のかな? 胸焼けとかしないといいけど」
「夏澄……胸焼けをするってレベルじゃねぇぞ――!!」
目の前にはワンホールケーキが三つ。だが、不幸中の幸いなのが、味が全部違うことだ。
俺が用意したのはいわゆる誰もが想像できる白いケーキだ。泉と夏澄ちゃんが作ったのはチーズケーキらしい。鎌田が用意したのは、チョコレートケーキだった。
「なあ、これ食いきれるのか?」
「食いきれるのか、じゃない。食いきるしかないんだよ」
「じゃあ、最初は泉と夏澄ちゃんが作ってくれたケーキを食べようか」
「そうだな、せっかくの手作りだしな。一番美味しく食べたいよな」
「ありがとうございます。それじゃ、残りのケーキは冷蔵庫で冷やしておきますね」
泉が冷蔵庫にケーキを持っていくと、いよいよケーキにろうそくを立て始める。
「じゃあ、ここでろうそくを誰が消すか、だが――夏澄! おぬしに任せようではないか」
「やったー!」
クリスマスケーキに立てたろうそくに火を灯し、部屋の明かりを消す。
「さ、あとは夏澄の好きなタイミングでいいぞ」
「うん、それじゃいくね!」
夏澄ちゃんは力強く息を吸い込み、ろうそくに息を吹きかけた。
「ふぅぅーー……」
しかし、ろうそくは半分も消えていない。
「ゆっくりでいいからな……夏澄……」
「う、うん、……ごめんね!」
三回ほどして、ろうそくの火は消え、部屋の電気を付ける。
「さて、ここからはクリスマスパーティ開幕だーー!! 食うぞ! それでは皆様お手を合わせて――」
『頂きます!』
泉がケーキに入刀し、それぞれの皿に取り分ける。
「旨い、チーズの甘みにレモンの酸っぱさがいいアクセントになってる」
「そうですか? お口にあったのなら良かったです。鎌田君はどうですか?」
「旨い、チーズの甘みにレモンの酸っぱ――」
「人の感想をコピペするな」
「お二人に喜んでいただけて嬉しい限りです。良かったね夏澄ちゃん!」
「――はいっ!」
そのあと、俺達は各々が食べたいものを皿に乗せて食べていった。
「いい感じに腹が膨れてきたな」
「じゃあ、そろそろ始めますか!」
「始めるって、まさか」
「負けたやつはこの小皿に盛り付けた料理に激辛ソースをかけたものを食ってもらう」
「出たよ――せっかく泉や夏澄ちゃんが作ってくれたんだから節度を守ってやれよ?」
「うっ……そう言われるとなんだかやり辛いじゃんか……」
「というわけだ。まずは鎌田が味見して食べれる範囲か確かめないとな」
「ホワーーーーッッツ!?」
「ほれ口開けろ」
鎌田の口の中に小皿の中身を放り込む。
「はれえーー!!」
「今は雪だぞ」
「おにいちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫だ。これで食えることは判明した。それじゃゲームだが……四人もいるし大富豪でもやるか」
「いいね、四人いればいい感じに手札も回りそうだし」
「負けません!」
「私も頑張りますね」
鎌田がシャッフルをし、全員にカードを配る。手札を見るとまずまずの手札。
「じゃあ、ハートの3持ってる人出して~」
「あ、わたしです。それじゃ3が2枚で」
「2枚か。んじゃオレは――」
夏澄ちゃん、鎌田、俺、泉の順で回っていく。
そして数分後。
「それじゃ、8で切って――7、8、9、10の革命だよ!!」
「な、なにぃ!? 7渡ししつつ10捨てもだと!?」
鎌田が叫びながら立ち上がる。
「どうした鎌田。相当手札に自信がないと見えるぞ?」
「ま、まだまだだわ。これからこれから」
その後、夏澄ちゃんと泉が上がっていった。
「オレと成生の一騎打ちか」
鎌田の手札は3枚。俺の手札は8枚。
「ま、まずは様子見だよな?」
そういって鎌田は2を出した。
「これでオレの手札はあと二枚。次のターンで勝利を決めてやるぜ!」
「鎌田……次のターンなどない! 俺は5を召喚!!」
「一騎打ちでの5スキは実質8切り……ここから逆転するというのか!?」
「そして俺は、10を三枚召喚!! 手札からカードを三枚除外する」
「三枚だと!?」
「そして鎌田の手札は2枚。この手を返すのは不可能! そしてこれが最後の一枚……現れろ5ッ!!」
「なんて、ソリティアだ……」
「てことで、鎌田が罰ゲーム決定な」
「んなバカな」
鎌田は再び激辛ソース入りの料理を口にし、発狂を始める。楽しい祭りのようなひととき。時間はあっという間に過ぎ去る。
「……うぷっ。これ以上は食いきれん」
「ケーキはワンホールと半分は食ったから残りは明日に食うか。明日がクリスマス本番だしな」
「そうだな。料理はあらかた食べたから後は寝るだけか」
「寝る部屋だけど、オレと成生はこの部屋。早苗ちゃんと夏澄はリビングのソファでもいいかい?」
「いいよ!」
「わかりました」
「助かるよ。それじゃ、クリスマスイブのパーティはこれにて解散!」
しばらくして泉と夏澄ちゃんが鎌田の部屋を出ていった。
「ふぅ……今日はだいぶ楽しんだな。」
「そうだな……夏澄のやつ、死ぬほど楽しそうな顔をしてた」
「俺も、鎌田が帰ってくる少し前から飾りつけ手伝ってたけど、本当にずっと楽しそうだったよ。笑顔で鼻歌なんか時折歌いながら」
「ならよかった。成生や早苗ちゃんには改めて礼を言わなくちゃな」
「あんま気にすんな」
「そういや、夏澄も参加すんだよな、創立祭のバンド」
「そうだな。泉と一緒に練習をするって聞いたけど」
「そうか」
「ま、鎌田はバスケの練習があるし、こっちのことは気にするな」
「そう、だな。んじゃ、夏澄のことは任すわ。オレも明日の練習をできるだけ早く上がれるようにしないとな」
「明日帰るのが遅くなろうものなら、それこそ夏澄ちゃんが悲しんじまうぜ」
「………………ああ」
少し落ち着いたような、ホッとしたような表情を浮かべた鎌田は、その後すぐに部屋の明かりを消した。こたつに横になり、眠りにつく。
何時間が経ったのだろうか。ふと重たい意識の中、誰かの気配が俺の傍を横切る。鎌田のベッドを見てみると、そこに鎌田の姿はない。時刻は深夜の十二時。トイレか? しかし、鎌田のベッドは綺麗に整頓されており、バッグなどもなくなっている。
階段を降りる足音とともに玄関から扉の開閉音が聞こえてきた。俺は鎌田の後を追ってみることにした。泉には『鎌田が出かけたから後を追ってみる。鍵を頼んだ』とメッセージを送って俺も家を出る。
鎌田は学校方面へと向かっていた。こんな時間からどこへ行くんだ? 鎌田がたどり着いた先は学校だった。こんな深夜に学校なんて不法侵入もいいとこだ。鎌田の後ろを付いていくと、体育館の裏口から館内へと入っていった。
体育館の電気を付けて部室へと入っていった鎌田。俺は身を潜めて鎌田の動向を探る。
鎌田はバスケのボールを突きながらフリースローをしている。心地の良い音。ボールは綺麗な弧を描いてゴールに吸い寄せられた。しばらくして鎌田はドリブルと一緒にレイアップの練習を始めた。
「くッ――」
鎌田が膝を抑えて前屈みになっている。
「オーバーワークは感心しないな」
気が付けば俺は体育館の中に入り、鎌田に話をかけていた。
「え……成生?」
どうやら鎌田のやつは気づいていないようだ。いや、本来の鎌田なら気づけてもいいはずだ。
「俺の存在に気づけないくらい焦ってんだな?」
「………………」
「お前のことだから、どうせ夏澄ちゃんの笑顔を絶やしたくないって思いがあるんだろうが、本番前に膝を酷使しすぎたら無意味じゃないのか?」
「オレの体なんざどうなってもいい。ただ、オレは約束を果たすだけ。それは成生だってわかってんだろ?」
「わかりたくはなかったけどな」
「そういうことだ。こんなところを夏澄に見せられないからな。夏澄には黙っててくれよ? 無用な心配はかけたくない」
「フリースローやハンドリングはともかく走っての練習は遠慮したらどうだ?」
「………………」
「今日だけでもいいさ。せっかくクリスマスパーティやってんだから、一日二日くらい手を抜いても誰も怒りやしない」
「なあ成生――バスケ部に復帰するつもりはないか?」
「……は?」
「成生がいてくれるだけでも今のやつよりかは幾分もマシだ――」
「おい……」
「ディフェンスだって成生の分もカバーする――」
「鎌田……」
「成生のパスがあれば、またあの舞台に立てる可能性が数段高まる――」
「鎌田……!」
「す、すまない……ったくオレらしくもない」
「急いでるのはわかってるけど、さすがに急ぎ過ぎだ」
「……成生はもうバスケ部に戻る気はないのか?」
「……すまない」
「そうか。オレはオレの理由、成生は成生の理由があるもんな。きっとオレみたいに色々複雑な事情もあるだろう」
「鎌田ほどじゃないさ。本当にバスケをしている意味がわからなくなっただけさ……」
「ま、とりあえず、今日はバレちまったしもう数本フリースロー撃ったら帰るか」
「そうしとけ。夏澄ちゃんにバレないうちにな」
安心した俺は泉とのトーク画面を開く。
『わかりました。夏澄ちゃんを起こさないように鍵を閉めておきます』か。
「てか、ここ使うの許可とってんの?」
「安心しろよ。ちゃんと許可は取ってある。グレーだけど」
「深夜十二時はしっかり深夜徘徊だからな。補導対象だ」
「アンタも補導対象だけどな!」
帰り道。俺と鎌田はこっそりと家に帰り、そして、眠りについた。
朝。眩しい日差しが顔を照らし、意識を目覚めさせる。
「もう、朝か」
鎌田のベッドを見るが、鎌田の姿はそこにはない。朝練か?
ノックの音とともに泉と夏澄ちゃんが部屋に入ってくる。
「おはようございます」
「ああ、おはよう。鎌田のやつは朝練に行ったみたいだな」
「そうみたいですね」
「俺も学校行くか。しっかりギター触っとかないと訛っちまうし」
「私もそろそろ冬期講習の時間ですね。夏澄ちゃんお留守番、お願いしてもいいかな?」
「はい、任せてください」
「それじゃ、私達も行きましょうか」
「ああ」




