006
俺が空き教室でギターを触っていると鎌田が教室の前で立ち止まった。
「成生、ちょっといいか」
鎌田と一緒に教室を出る。
「夏澄が数日オレの家に泊まることになった」
「そうなのか」
「あんなこと言っておいてこんなことを頼むのも自分勝手だと思うけど、夏澄のことお願いしてもいいかな?」
「いいよ。鎌田は練習、頑張れよ。夏澄ちゃんのことは任せておけ」
「助かる。これ鍵な」
鎌田は俺に鍵を渡すと体育館へと走っていった。
「成生君、鎌田君に呼ばれてたみたいですけど、なにかあったんですか?」
「ああ、夏澄ちゃんがしばらく鎌田の家に泊まるらしいから、見守りを頼まれたんだ。そっちは今冬期講習が終わったとこか?」
「はい、今ちょうど終わったところです。今から鎌田君の家にいくんですか?」
「まあな。よかったら泉も来るか? 泉も一緒にいた方が夏澄ちゃんも安心するだろ」
「わかりました。ぜひご一緒させてください」
校舎を出、俺と泉は鎌田の家へと向かった。
「あ、成生さん、泉さんいらっしゃいです」
「すまんな、鎌田じゃなくて……」
「お邪魔します」
「今日はなにか御用でしょうか?」
「鎌田のやつ最近バスケで忙しいから、少し帰りが遅くなるみたいで、夏澄ちゃんのこと頼まれたんだ」
「そう、ですか……」
「そうだ夏澄ちゃん、私と一緒に遊びませんか」
「……はい!」
「すまんな泉、任せてもいいか?」
「わかりました。夏澄ちゃんなにして遊びますか?」
「そうですね……」
部屋の中を見渡しながら夏澄ちゃんは部屋の隅にあるピアノを見つめる。
「ピアノ……」
「夏澄ちゃんピアノが好きなのか?」
「はい、ピアノの音色がとても好きなんです」
「それじゃ、一緒に弾きませんか? 私、夏澄ちゃんの弾くものに合わせますので」
「いいんですか? わたし、あまりピアノ上手くないですよ?」
「私もあまり上手ではないので、気軽にやりましょう」
「わかりました」
泉と夏澄ちゃんは椅子に半分ずつ腰かけてピアノの前に座った。俺も漫画を開きながら二人の演奏に耳を傾ける。
夏澄ちゃんがメロディを奏でたその瞬間、ふと懐かしい感覚に包まれる。
「この曲は……」
「どこかで……」
「あ、すみません……」
泉が合わせて奏でる。
「この曲って、私達が子どものときによく聴いた曲ですね。たしか曲名は」
「『あじまんすぱいらる』ですね」
「たしかに懐かしい曲だ、俺も久しぶりに聴いたよ」
「はい、わたしもよくおにいちゃんの音楽プレーヤーで聴かせてもらいました」
「作曲者は未だに謎に包まれてるんだよな」
「そうですね。SNSでも曲を一つ残してそれっきりですからね」
「それが、不思議さなどを帯びて世に広まったんでしょうか?」
「そうかもしれないな。メロディも独特だし、なんだか眠くなりそうだし」
「この曲はわたしの中でとても特別な曲で、病院の中でも聴かない日はないくらいなんです」
「そりゃ、きっと作曲者の人も嬉しいだろうな」
「そうだ成生君、夏澄ちゃんをバンドに誘ってみてはいかがでしょうか?」
「いきなり凄いことを言い始めるな泉は」
「バン、ド?」
「まあ、その、色々あってな、だいたい一ヵ月後くらいに学校の創立祭があるんだが、それでバンド演奏することになってるんだよ」
「凄いですね、成生さんも泉さんも出るんですか?」
「俺は出る予定ではあるんだが……」
「私は少し考え中なんですけど、夏澄ちゃんがやるなら一緒に出ちゃおうかな、なんて、あはは……」
鎌田と三人で知った秘密。これもきっと泉なりの優しさなんだろう。やや強引なところもあるが、人の為に行動ができる泉は本当に凄いな。
「そうですね。でも、わたしまだ中学生ですし、高校のお祭りに参加できるのでしょうか?」
「たしかに、あの数学の先生に聞いてみるか、今いるか分からないけど」
学校に電話をかける。
「二年の成生ですけど……ええ、はい、実はメンバーの件なんですが、この前学校見学来てた子が鎌田の知り合いなんですよ。で、その子を参加させるのはありかな~と思いまして……ええ、まあそうですよねえ……え? いいんですか!? わかりました。一旦電話切りますね」
電話を切って泉と夏澄ちゃんの方を見る。
「いい……らしいんだけど……」
「本当ですか? ならぜひ参加させてください!」
「それじゃ、私も夏澄ちゃんと一緒に参加させていただきます」
「そんな軽いノリで決めていいのか?」
「キーボードが余ってるのでしたら夏澄ちゃんと一緒に演奏させてもらいたいです」
「わたしの方こそよろしくお願いします」
「二人がいいんなら止めはしないけど……鎌田のやつはいったん保留にして、あとはベースか」
「おにいちゃんも参加するんですか!?」
「ああ、ドラムで参加の予定ではあったんだが……なんだか最近忙しそうでな、たぶん無理そうかもって話をしてたんだ」
「そう……なんですか……」
「でも、私達の演奏を聴いてひょっこり現れるかもしれませんよ?」
「鎌田のやつを振り向かせられるくらいいい曲作って、あいつに夏澄ちゃんの凄いところを見せてやろうぜ?」
「成生さん、泉さん……はい、わたし精いっぱいがんばります!」
しばらくして、鎌田が家に帰ってきた。
「ただいま――て、早苗ちゃんとピアノ弾いてるのか」
「おにいちゃんおかえり」
「ありがとう、早苗ちゃん、それに成生も」
「いえいえ、こちらこそ楽しませてもらいました」
「あんま気にすんな、俺に関してはどっちにしろここの家の方が居心地いいし?」
「夏澄、ピアノ上手じゃないか」
「ありがとう、おにいちゃんのためにわたし、頑張るからね!」
「頑張る?」
「ああ、色々あってな、創立祭のライブに夏澄ちゃんも参加することになった」
「そう、なのか。でも、成生や早苗ちゃんになら夏澄を任せられそうだし、やんちゃなやつだけど、見てやってくれよ」
「妙に信頼されてんのな」
「鎌田君……」
「おにいちゃんは……おにいちゃんは、ドラムで一緒に参加できないの……?」
「……ごめんな。オレも参加したいんだけど、最近は練習が特に忙しくてな、両立は厳しそうなんだ。あの時の約束、必ず果たすから、もう少し待っててな」
「……うん…………」
「そうだ、明日クリスマスイブだし、みんなでクリスマスパーティでも開くか」
「クリスマス……」
「……パーティ?」
「また唐突だな」
「言い出しっぺなのに悪いけどオレ練習終わってからの参加になるが……」
「本末転倒じゃねえか」
「ルールは簡単――」
「ルールなんてあるのかよ。普通に楽しませてくれよ」
「明日の夕方まで各々でクリスマスにちなんだアイテムを用意すること、持ってくるアイテムは食べ物、装飾、なんでも可。相談はなしで当日に持ち寄ったアイテムをみんなで鑑賞するってものだ。どうだ、スリルがあるだろ?」
「なんだか、面白そう!」
「なにを持ってくかなー」
「あの、提案なんですけど、夏澄ちゃんと私は一緒のチームでいいでしょうか」
「そうだね――んじゃ、特別にオッケーにしよっか。オレ、成生、早苗ちゃん&夏澄の三チームで明日の夕方にまた集合な」
「よろしくね、夏澄ちゃん」
「泉さん、よろしくお願いします」
「それじゃあ夏澄、今から成生と早苗ちゃんを途中まで送ってくからいい子にして待ってるんだぞ」
「おにいちゃん、わたしこれでも来年から高校生なんだよ?」
「……そう、だったな。悪い、それじゃ行ってくるから」
「明日、また来るからね」
「じゃあね、夏澄ちゃん」
「成生さん、泉さん、また明日です!」
鎌田と俺達は近場の自販機まで移動する。
「おいおい、遊んでる余裕はあるのか? ま、俺達からしたらいつもの鎌田らしくて助かるんだけどな」
「最近さ、色々考えちまうんだよな」
鎌田は自販機にお金を入れて缶コーヒーを購入する。薄っすらと立ち上る湯気。
「早苗ちゃん何飲む?」
「いいんですか? でしたら――」
泉がお茶を押すと、ルーレットが始まり、3が並び、ゾロ目になった。
「早苗ちゃん引き強いな」
「相変わらずの豪運だな、泉」
「あはは、まぐれだと思うんですけど……」
「そんなにまぐれって起こるのか……?」
「成生はどうする? せっかく当たったしなんでも好きなの選んでいいぞ」
「んじゃ、鎌田のと同じので頼むわ」
「りょーかい」
鎌田から缶コーヒーを貰い、一息を付く。寒い中の温かい飲み物は本当に落ち着くものだ。
「で、飲み物で話が脱線してたけど、どう考えてんだ?」
「ああ、そういや、そんな話をしてたんだったな。仮にさ、夏澄が本当に半年くらいでいなくなっちまうんだとしたら、このクリスマスは最後のクリスマスになるわけだろ? なら、最後くらい豪勢にやりたいというか、思い出を残したい、のかな? これでインターハイがダメだったら、本当に何もしてあげられなくなるし、なんだか自分でもよくわからないんだよな」
「そうか。で、鎌田はこれからどうしていきたいんだ?」
「それがわかれば苦労しないんだがな」
「俺達は協力はしてやれる。だが、これからを決めるのは二人だ」
「そんなのわかってる。でも、仮にインターハイがダメだったら、オレは……夏澄と一緒にいてあげられなかったオレを許せなくなっちまう」
「はあ……ったく――」
俺は鎌田の正面に立つ。
「成生?」
「その缶コーヒー、ちょっと貸してくれ」
「ん? ああ」
鎌田の飲みかけの缶コーヒーを受け取った俺は、そのコーヒーを鎌田の口に思い切り突っ込んで無理やり飲ませた。
「――ががごごぎがぐごご!!」
「成生君!?」
「はあ、スッキリしたぁ……」
「いきなりなにすんだよ!?」
「そうそう、やっぱこれが鎌田だよな!」
「調子狂うぜ……ったく」
「そんな調子じゃ纏まるものも纏まらない。鎌田は鎌田らしくいればいいんじゃないか?」
「オレらしく、ね……」
「俺の知ってる鎌田は貪欲だから二個から選べって言われたらどっちも取るんだけど?」
「ハッ、言うじゃんか成生……夏澄としっかり遊んでやりつつバスケもやる、オレにかかれば簡単なことか」
「そうそう、それが鎌田らしくていいさ。自分のやることに自信をもてよ」
「でも、一回は一回、だよな?」
鎌田は持ち前の俊敏さで俺の缶コーヒーを奪って俺の口に突っ込んできた。
「――ががごごぎがぐごご!!」
「鎌田君!?」
「はあ、これでオレもスッキリしたわぁ……」
「バ鎌田め」




