004
「――鎌田、賭けをしないか?」
「賭け?」
「そうだ、1on1――俺が夏澄ちゃんの代わりに鎌田と戦う。もし、鎌田が俺に勝ったら大人しく手を引く、だが、俺が勝ったらその時はバスケ部はやめてもらうぞ」
「成生さん…」
「お前がオレと1on1? そんなのやる前からわかりきってるだろ」
「――なら、私もやらせてください」
「泉?」
「二人か、いいだろう。悪いが手加減はしないぞ」
鎌田はゆっくりと立ち上がる。
「成生さん、泉さん。お願いします」
足元にあるバスケットボールを突いて鎌田はフリースローラインまで歩く。
「五分間、お互いに練習をしてからやろう。少しばかり精神を統一する意味も込めて」
そう言って、鎌田は黙々とシュートを放つ。俺と泉は鎌田とは反対側のコートで同じようにシュート練習を始めた。
「泉、バスケの経験は?」
「いえ、体育の時間くらいしかやったことはないです」
「サイドから五本くらい撃ってみてくれないか?」
「わ、わかりました」
泉は両手でシュートを放つ。
「五本中二本――上出来だ。俺が、撃てない時は積極的にパスする。そん時は、頼んだぞ」
「わ、わかりました。夏澄ちゃんのためにも絶対に勝ちましょう!」
「ああ――」
………………。
「待たせたな鎌田、始めよう」
「――やるか」
鎌田は、獲物に餓えた虎のように鋭い目つきで俺達を睨みつける。絶対に勝つという不屈の精神が滲み出ていた。
「す、すごい迫力です」
「だが、俺達も負けていられない。夏澄ちゃんのためだ」
「先攻はくれてやる、いつでもこい」
鎌田は俺にボールを投げる。
「ルールを再確認するぞ。コートはハーフコート、五本先取、3Pも一本としてカウント、シュートが外れる又はボールをカットした時点で攻守交代」
「わかった――行くぞ‼」
運命を分ける1on2。それが今、始まる。
パスフェイクを一つ入れて俺はドリブルを突いた。完全に裏を掻いた――はずだった。
「そんなんで、オレを欺いたつもりか」
鎌田の手がボールを弾く。ボールは複数回バウンドすると、コート外へと転がる。
「悪いが、速攻で終わらせるぞ。こんな茶番に時間を掛けていられないからな」
「――ッ!」
「成生君、ディフェンス頑張りましょう」
俺はハーフコートにいる鎌田にパスをする。
「まさか、こんな形で成生と戦うことになるとはな――本気で行かせてもらうぞ」
ゆっくりとドリブルを始める鎌田。きっと、抜くタイミングを狙っているはずだ。左、右――そこだ‼
が、鎌田の速さは俺のカットのスピードを遥かに超え、泉の手前でジャンプシュートを放った。ボールがネットを潜る音、その音とともに鎌田は髪をかき上げる。
「さぁ、そっちのターンだ」
一回目、二回目共に鎌田の猛攻に抗うことも出来ず俺らはゼロ得点、鎌田はすでに二得点と差が開いてしまった三回目。
鎌田からボールが渡される。
「どうした、去年のお前はそんなもんじゃなかっただろ」
「るせ――」
俺は、泉にボールをパスするとインサイドに向かって走り出す。
「泉、シュートを撃て」
「はい、わかりました」
「させるかッ――!」
俺はインサイドに鎌田を引き付けたが、泉がシュートとわかった瞬間に凄まじい速さで泉に圧力をかける。シュート体勢に入っていた泉を前にジャンプ力が――ギリギリ届かない。放物線を描く泉のシュートは、リングで二回バウンドをした後にネットを潜った。
「ナイシュー!」
「ありがとうございます!」
俺は泉とハイタッチをすると、ディフェンスの位置に付く。
「一本決めれたところでオレが優勢なのは変わらない。ここで突き放してやる」
「………………」
鎌田のドリブルは俺達のディフェンスを容易く千切ってそのままシュートを決められた。
四回目。一対三と圧倒的に鎌田が有利な場面。俺達の攻めはまたしても防がれてしまっていた。
「これで、リーチ掛けさせてもらうぞ」
「それはどうかな?」
鎌田は沈み込むドライブで俺のディフェンスを躱すと、ジャンプシュートの体勢に入った。
「貰っ――何⁉」
僅かに俺のジャンプ力も足りなかったか、俺の手は直接ボールに触れることはなかったが、十分な圧力をかけられたことでそのシュートはリングの上でボールを躍らせる。入ったかに思えたそのシュートは、リングを外れた。
「バカな、あの体制から追いつけるはずが……」
「鎌田、まだ気づかないのか。お前は故障した右足を庇うように無意識のうちに左足でカバーしているんだ。その意味はわかるだろ」
五回目。お互いに点を決め二対四――鎌田にリーチが掛かった。
「へへっ、六回目で決めてやる」
鎌田が少し息を荒げながらこちらを見る。スタミナは十二分にあるはずの鎌田が息を乱す理由はやはり――
ボールを渡され今まで以上に深く守る鎌田。俺は重心を落として鎌田の懐へ切り込む。いつもならカットされるようなドライブでも疲弊しきっている鎌田を抜くには十分なはずだ。
「くッ――まだだ」
抜いたがに思えた瞬間、鎌田はしがみつくように俺の前を塞ぐ。
「成生くん!」
「ああ、頼んだぞ――」
泉にパスを送る。鎌田はその場を動こうにも、足の痛みで硬直してしまいディフェンスが一瞬遅れてしまう。
ボールがネットを潜る音、泉のシュートが綺麗にゴールに吸い込まれる。
「これで三点目か。ここは死守だ」
鎌田の攻め、ここで決められたら全てが水の泡。夏澄ちゃんの願いを叶えられなくなってしまう。集中集中――鎌田は数段早いドリブルを突いて俺の重心を崩そうとしている。
「なに――」
視界から鎌田の姿が消えた、それも唐突に。振り返った瞬間にはもう俺の背後に回っている。負けを覚悟したその時――鎌田が足を滑らせて転んだ。
「――鎌田!」
「鎌田くん!」
「お兄ちゃん……」
「大丈夫、ちょっと躓いただけだ。さあ、次はそっちのオフェンスだぞ」
鎌田は立ちあがると俺にボールを渡す。
七回目はお互いに点が入らず、迎えた八回目。泉にパスを渡して鎌田を引き付けてからのリターンパスで俺はシュートを決めた。
「鎌田、遂に背中を捉えたぞ」
俺は鎌田にボールを渡して守りに専念する。鎌田のドリブルも次第にキレがなくなっていき、何とかついて行くことが出来るようになっていた。
………………。
鎌田はドリブルで俺を抜くとジャンプシュートの体勢に入った。いつもよりタメが長い。これなら――
「なっ――」
鎌田のジャンプシュートをカットした。八回目にして遂に鎌田と同点に並んだ。
「鎌田、はっきり言うぞ。今のお前じゃ二人には勝てない。だから――ここからは俺が一人で相手をする」
「成生くん……」
「すまない泉、ここからは俺と鎌田の一騎打ちにさせてくれ」
「わかりました。夏澄ちゃんと私の分までよろしくお願いします」
「勝手に……決めるなよ、俺はまだ――」
………………。
「馬鹿野郎‼」
気づけば俺は、鎌田の頬を叩いていた。
「鎌田てめぇ、そういう自分一人で何でも解決しようとするのが夏澄ちゃんを心配させるんだよ。わかんねえのか――かっこいいところを夏澄ちゃんに見てもらいたいってのもわかる。でもな、完璧な兄じゃなくていいんだよ。たまにはカッコ悪くてもいいんだよ」
「成生さん……」
「ああ、わかったよ――だが、一発は一発だ」
鎌田は俺の頬を叩き返す。
「へへっ、いつもの鎌田じゃないか」
「まあな、さあ成生ボールだ」
九回目、俺と成生は互いに点を決め、試合は延長戦へと突入する。十回目、お互いに点を外し、十一回目、十二回目はお互いに点を決める。
そして迎えた十三回目。
「なかなか食い下がるじゃんか、成生」
「鎌田こそ、その足でよく粘る――」
俺は鎌田をドリブルで抜くと、ジャンプシュートを放つ――綺麗な放物線、見事ボールはリングの中に入る。
攻守が交代し今度は俺が守り、お互いにスタミナが切れてまともに動ける気がしない。だが、ここで負けては夏澄ちゃんを悲しませてしまう。それに、やつれていく鎌田の姿は俺も見ていられない。
「さあ、来い――」
鎌田は最後の力を振り絞って俺の足を崩そうとする。しかし、キレも大分落ちている中で相手の体勢を崩すのは容易ではない。
「く、なら――」
ギアを上げていく鎌田。この状態でギアを上げるなんて自殺行為だ。俺は必死に守るが鎌田のドリブルは俺のディフェンスを抜けリングに向かってた。
「まだだぁぁああ‼」
「なんだと⁉」
レイアップに向かったいた鎌田の進行を止め再び硬直状態が続く。
「(俺が追い詰めらている? 俺はずっと夏澄のためにバスケを続けきたんだ。こんな状況、いくらでも超えて来たんだ。負けない――俺は絶対に勝つんだ。もう、負けちゃいけないんだ‼)」
鎌田は再びギアを上げて俺のディフェンスを破る。ジャンプモーションに入った鎌田のもとへ全速力で走った。もし、これを決められたら次のスタミナは完全になくなるが――それでも、今ここにすべてを懸ける!
――届け、届け、届けぇぇええ‼
ボールが鎌田の手を離れ、俺はジャンプをして手を伸ばす。
感触――確かにボールに触れた感触があった。
「――ッ‼」
ボールはリングに吸い込まれるがやや、軌道がずれている。鈍い音が一回鳴ると、リングの円周をボールが回る。
やがて、ボールはリングの端で静止しかけた。
二秒ほどの出来事だったが、時が止まったようだった。
そして――
ネットを潜る音は無く、ボールは床でバウンドしていた。
「負……けた。俺が――」
鎌田は体育館の床に崩れ落ちる。きっと身体的にも限界だったのだろう。
「お兄ちゃん!」
夏澄ちゃんは鎌田のもとへ走る。
「お兄ちゃん――もう、休もう? ね?」
「夏……澄。俺は――俺は」
夏澄ちゃんが鎌田を優しく包み込む。
「私、絶対に生きるから、生きて大学生になったお兄ちゃんを応援するから。だから――今は休もう?」
「……わかった、でも、もう少しだけこのままでいてくれ、これ以上みっともない兄を、見せられないからな――」