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Traumerei  作者: 水月
第二章・鎌田連
11/34

003

 「あ、起きました」


 聞き馴染みのある声。しかし、鎌田の声ではなく女性の声だ。


 「あれ、泉? どうして泉がここに?」

 「オレが電話で呼んだ。やっぱり華がないとな」


 鎌田がたこ焼き器を持って部屋に入ってくる。


 「あはは、華というには程遠いですけど」

 「すまんな泉、この忙しい年末に」

 「いえ、私もちょうど空いてましたし、呼んでいただけて嬉しいです」

 「まずはどんどん食おうぜ。さ、焼いていくぞ!!」


 鎌田が手慣れた手つきでたこ焼きを焼いていく。


 「さて、タコパと言ったら恒例のロシアンたこ焼きだろ。わさび、激辛ソース、どっちにする?」

 「泉が決めていいぞ」

 「わ、私ですか? 辛いのは苦手なのですが……わさびでお願いします」

 「オッケー第一弾はわさびね~」

 「第何弾まであるんだよ」


 数分後。


 「さあ出来たぞ!」

 「おー旨そうじゃん」

 「どれがわさび入りのなんでしょうか……」

 「先手鎌田選手、このたこ焼きを狙う~!」

 「自分で実況入れてて悲しくなってこんのか」

 「はむッ――んッ!? か、か、か、辛くなーい」

 「毒盛られたみたいな演技すんなよ。これでも食って落ち着け」


 つま楊枝で刺したたこ焼きを鎌田の口の中に放り込む。

 

 「はむッ――んッ!?」

 「なんだよ、またはずれか」

 「か……辛えぇぇ!! 鼻が……鼻がもげる……」

 「大丈夫ですか!?」


 泉が紙コップを鎌田に渡す。


 「はなえはん、ありあほう(早苗ちゃん、ありがとう)」

 「なんか舞子さんみたいな呼び方になってるぞ」

 「ゴクッ――」

 「おい、鎌田? どうした、いきなり黙りこくって」

 「………………」

 「お~い!」

 「鎌田君?」

 「………………」


 鎌田が飲み干したコップの中身を見ると何やら赤い液体の残骸。


 「なあ泉、あの紙コップの中身は?」

 「えっと、たぶんグレープジュースだと思いますけど……」

 「で、これとそれは、俺と泉の飲み物なわけだ。じゃあ、鎌田が飲んだその紙コップは……」


 二人で数秒見つめあった後、綺麗な顔をして目を瞑ってる鎌田を振り起こす。


 「鎌田、このバニラアイスで目を覚ませぇ!!」


 数分後。


 「はッ――!! 何か花畑のようなところにいたような、そしたら急に寒くなって、後ろから轟音と一緒に大量の雪が――」

 「皆まで言うな……」

 「あれ、そういえばオレが用意してた激辛ソースは?」

 「ああ! あれな。鎌田がひと眠りしてる間に俺と泉で空けちまったんだよ」

 「成生君!?」

 「(ここは任せておけって)」

 「(ですけど……)」

 「なんだ~。オレも味見したかったのにな~」

 「あ、あはは……」

 「ほ、ほら、そんなことより、なにかゲームしながらたこ焼き食おうぜ」

 「そうだね、早苗ちゃんもいるし、三人でできてちょうどいいゲームか。大富豪とか?」

 「大富豪か。せめてもう一人は欲しいけど、人生ゲームとかないの?」

 「ないな。でも、回り将棋できるぞ」

 「回り将棋か。俺はルールわかるけど、泉はわかるか?」

 「えっと、なんとなくですが、たしか将棋盤の四隅を回っていって歩、香、桂と進化していき最終的に王将で自分のスタート地点に止まったら上がりですよね」

 「そうそう」

 「じゃあ、そのままやってもつまらないから、マス目にイベントを書こう」


 鎌田は紙を四角に切り取ってイベントの内容を書く。


 「『わさび入りたこ焼きを食べる』と。ほら二人も何か書こうぜ」

 「そうですね。『一回休み』とかですかね」

 「なら俺は『一段階進化』にしようかな」

 「よし、始めようか! 闇の回り将棋を!!」

 「なんだよそのくそダサいゲーム名」




 「どうしてオレばっかりわさび入りたこ焼きなんだ」

 「よし一段階進化~」

 「あ、私も一回進化ですね」

 「え、なんでオレだけ毎回たこ焼きなの!?」

 「そりゃ、普段の行いが悪いからじゃないか? 学校をサボらず、ちゃんと行くんだな」

 「それ、成生には絶対に言われたくないんだが!?」

 「よし、上がり~!」

 「成生君早いですね。じゃあ私も、それ! 3マスですね、私も上がりました」

 「え、なんで!? おかしくない二人とも一段階進化マスいっぱい踏むのに、オレは一回休みとわさび入りたこ焼きばかり」

 「なあ、たこわさ」

 「なんだよ! たこわさじゃねえよ! それ別の食いもんだよ!」

 「罰ゲーム何にする?」

 「うっ、それは……」

 「泉は何か罰ゲーム案あるか?」

 「そうですね……実は私こういう経験がないのであまりわからないんですよね、あはは……」

 「まあ俺らもサボりすぎて浮いてる存在だから、こういうことあんまりしないんだけどな」

 「そうなんですか? てっきり学校外の不良グループか何かに所属しているものだとばかり」

 「そんなのはアニメや漫画、ゲームの世界だけだぞ」

 「そゆこと~。真面目ちゃんが多いうちの学校だと似たもの同士を探すのも一苦労だよ」

 「そうそう、鎌田のやつなんか一年の頃――」

 「わーーわーー!! 何を言おうとしてるんすか!!」

 「何って校門前での――」

 「余計な事は言わんでくれ!! オレのイメージが崩れるでしょうが!!」

 「崩れるも何も鎌田って自分のことどんなキャラだと思ってるのさ?」

 「それは、不良でバスケが上手くて二枚目な男さっ!」

 「ボケ担当の残念イエメン」

 「おい! ボケ担当じゃないし、残念イケメンでもないぞ!! てかそもそもイケメンじゃないしイエメンだし、なんだよ残念イエメンって。国名だよ!!」

 「そりゃあ家系ラーメンの略だろ?」

 「家系ラーメンをイエメンって略すやつこの世に成生くらいだわ! てか、残念イエメンってなんだよ」

 「だから、家系――」

 「いやそうじゃなくてオレラーメンじゃないよ!?」

 「まあそうカリカリすんなよ。タコ食う?」

 「せめて梅を食わせてくれ。あと、せっかくたこ焼き器あるんだから焼いてくれ……」

 「クスッ、お二人は本当に仲が良いんですね」

 「ほら、鎌田がボケるから笑われてんぞ」

 「オレのせい!?」

 「で、罰ゲームの内容だが」

 「唐突に話題変わるやん」

 「鎌田には好きな子を暴露してもらう、今、ここで」

 「好きな子かぁ……好きな子ねぇ」

 「あれ、なんか予想してた返しとずれてるんだが」

 「鎌田君、好きな女の子いるんですか?」

 「好きな女の子……」

 「あ、鎌田ってもしかしてコッチ系?」

 「おい、その手を頬にあてる動きやめなさい」

 「で、いるの?」

 「好きな子はいないけど、見守ってたいやつはいるかな」

 「字面だけみると犯罪臭がする」

 「なんでだよ!」

 「あ! もしかして見守ってたいやつって写真のあの子だったりして」

 「まあな」

 「成生君わかるんですか?」

 「ああ、鎌田のアルバムでチラッとな」

 「鎌田君の小さな頃ですか。よろしければ私にも見せて頂けないでしょうか」

 「ぐ……ここで断ったら男としてなにか大事なものを失ってしまう気がする」

 「安心しろ、その前に単位を落としてるから」


 鎌田はアルバムを持ってきて泉へ渡した。


 「小さな頃の鎌田君かわいいですね!」

 「この頃は美少年なのに、今じゃ残念不良に」

 「だから残念じゃないって!!」

 「あ、この写真の女の子ですか?」

 「鎌田ってもしかしてロリコンなの?」

 「違うわ!」

 「あはは……かわいい子ですね」

 「幼馴染なんだ。歳は二つ下で今年受験生だな」

 「ここにいい反面教師がいるし、グレないことを祈るばかりだな」

 「なんで今オレを見た。成生も人のこと言えないからな」

 「そういうことにしといてやるよ」

 「おい、人の話をちゃんと聞け! たこ焼きを食うな!」




 「成生、世界史の宿題終わった?」

 「んー? まだだけど」


 暖かい部屋、電気ストーブに当たりながら、俺は鎌田の家で寛いでる。あれから時は経ち、俺達は冬休み期間へと入っていた。


 「にしても、宿題多すぎるよな。いくら何でもこんなに寄越すかよ」


 テーブルに積み上げられたのは山のような課題。だが、その量は俺の比ではない。なぜなら――


 「しょうがないだろ。追試に代わる課題が貰えただけ感謝しなよ」


 山のように積みあがった課題のおよそ三割強が追試課題なのだ。鎌田は頭を掻きむしりながら発狂寸前の域、俺は必要最低限には出席していたので、鎌田みたいに追試にはならなかったのだ。


 「おのれ成生……いつの間に出席していたんだ」

 「いや、普通に生活してたら単位なんて落とさないだろ。赤点取っても最低限出てれば最低限の追試課題で済むんだぞ」

 「ぐぬぬ……」


 不服そうにじたばたし始める鎌田。

 ………………。

 子供か。


 「畜生、こうなったら……」

 「こうなったら? なんだよ」


 数十分後。

 インターホンの音とともに誰かが階段を上がってくる。


 「やあやあいらっしゃい」

 「すまんな――泉」

 「あはは、気になさらないでください。私もちょうど宿題を始めようとしてたところでしたし」


 俺は、鎌田にお願いされて泉に連絡を取った。勿論、駄目元だったのだが。


 「でもいいのか? 俺らみたいな連中と絡んでると、泉の評価が下がるんじゃないか?」

 「いえいえ、私なんて影も薄いですし、気にしないでください」

 「だ、そうだ。よかったな鎌田。これでなんとか追試課題も間に合うだろ」

 「あれ、成生君はやらないんですか?」

 「ん? ああ、俺はまだいいよ。なんせ、まだまだ時間はあるしな」

 「…………」


 ジッと見つめる泉。正座をしながら見つめる先に、俺がいた。


 「な、なんだよ」

 「…………」


 ……俺は予感した。泉はきっと、いや間違いなく……。


 「わかったよ。俺も課題やるよ……」

 「はい、みんなでやりましょう」


 どうしてこうなった。まだ冬休みが始まって数日。せめて年内は悠々自適な生活を送ろうと思ってたのに。


 「ははッ、自分だけ漫画読もうとしてた罰だな成生。ざまあみやがれ」


 あの笑顔――ぶっ飛ばしてやりたい。




 ………………。

 ……終わらない、数学なんて嫌いだ。微分積分? 対数関数? さっぱりわからん。謎が謎を呼ぶ。


 「成生君、さっきから上の空ですよ?」

 「ああ、だめださっぱりわからん。なあ泉、答え見せてくれよぉ」

 「それは成生君の為にならないのでだめです。わからないところがあったら教えますので――どこですか?」

 「――全部」

 「具体的にここがわからない、と教えていただかないとこちらとしても……」

 「わからないところがわからない――です……」


 なんとも情けない。高校に入ってから自堕落な生活を送り続けた俺に数学は荷が重すぎたのだ。


 「わかりました。なら、最初の方から一緒に復習していきましょう」

 「ちょっと!? オレの追試課題も結構やばいんだけど!?」

 「すまんな鎌田。お先に、だ」

 「ちきしょぉぉおおおお、覚えてろよ成生―!」


 凄まじいスピードで追試課題を進めていく鎌田。当たっているのか、外れているのかわからないが、それでも鎌田の課題はみるみるうちに減っていった。

 俺も負けじと冬休みの宿題を進める。泉の説明が丁寧ということもあり、頭の中にすんなりと内容が入ってくる。

 ………………。

 あの頃を思い出す――中学三年の受験期。そういえば、あの頃もこんな風に勉強していたな。俺が飯代やジュース代を奢って……。


 「成生?」

 「あ、いや、何でもない。そういや今年のウインターカップ、優勝したのあそこだったぞ……えっとほら、去年のインターハイ決勝で戦ったあそこの……」

 「あー、あそこか。オレも名前忘れちゃったけどあそこ強かったよな」

 「そういえば、お二人は元々バスケ部だったんですよね?」

 「まぁな、俺は凡人で鎌田は紛れもない天才だったけどな」

 「謙遜すんなよ、お前のパスもいいもんだったぞ――ってか、成生もなんやかんやスタメンだったじゃん」

 「凄いですね、そんなに実力があったのにどうしてやめちゃったんですか?」

 「まあ、なんだ? 俺はなんでバスケをしているのかわかんなくなってな。そういや、鎌田ってなんでやめたんだ? 今まであんまり意識してこなかったけど」

 「…………」


 鎌田が沈黙する。勢いづいていた筆はその速さを徐々に緩める。


 「ああ、言いたくなかったら別に言うことはねえよ。今更こんなことを訊くなんて野暮だったな」

 「オレは――先輩と喧嘩して、その、それが殴り合いに発展しちまって――強制退部だよ」

 「え?」

 「おいおい、まじかよ」

 「――本当だ、去年のウインターカップ初戦。あの男子バスケ部が大敗したあの日、オレはすでに退部していた」


 真実。俺の知らなかった世界。鎌田と男子バスケ部の間に入った亀裂。


 「でも、ざまあねえよな。結局のところ、あいつらはオレがいなきゃなんもできねえんだ」

 「…………」

 「まあ、男子バスケ部だって必死に練習頑張ってるだろ。今日だって、俺達がこうしてる間も、あいつらは体育館で練習してるんだぞ?」

 「だからなんだよ。結局雑魚は雑魚、どんな練習を積んだって結果は変わらないさ。聞いたか男子バスケ部の今年の戦績。インターハイもウインターカップも本戦はおろか、予選も突破できないんだぜ? しかもどっちも一回戦敗退。傑作だよ」

 「…………」


 着信音。鎌田の携帯だった。


 「わり、ちょっと席外すわ」


 そう言って、鎌田は部屋を抜けた。

 ――険悪な空気を残して。


 「今の鎌田君、少し怖かったです。今でもバスケ部の皆さんとは仲が良くないのでしょうか」

 「さぁな。でも、さすがにあれは言いすぎだと思う。いくら男子バスケ部と喧嘩して強制退部させられたからってな」


 数分後。鎌田は帰ってきた。ヒートアップしてた先程とは違い、冷静な顔つきで元居た場所へと腰を掛ける。


 「さっきは悪かったな、あんな言い方して。ちょっと頭に血が上ってたみたいだ」

 「頭、冷えたみたいだな。それで? 誰からの電話だったんだ?」

 「ああ、ちょっとな――」

 「……?」


 それからは、雑談なども特になく至って普通の勉強会だった。ただ、少し気がかりだったのは鎌田がどこか違う雰囲気だったことだ。言葉にするのは難しいが、これでもあいつとはそこそこの付き合いだ。ちょっとした雰囲気の違いくらいには気づく――だが、俺は声を掛けられなかった。泉がいたというのもあるが、鎌田のことだ。明日になればいつもの鎌田に戻ってるだろう――そう思っていた。

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