002
「もうすぐ、冬休みだな~」
「今年はなにして過ごすかな」
「成生は追試課題ないん?」
「あるよ。でも鎌田ほどでもないからのんびりやるつもり」
「いつの間に出席してたんだよ」
「俺真面目だから」
「真面目なやつはそもそも追試の課題を貰わないよ」
「このマンガ二巻ある?」
「ああ、これな」
「サンクス」
「ギターの本は読まないのか?」
「……今は、まだいいかな」
「そうか……」
あれから数日が経った。かごめとはあの日以来会えていない。かごめは絶対に生きている。ただ、今はまだ出会えないだけ。そう信じているはずなのに。
放課後のチャイム。空っぽのカバンを持ち上げ帰る支度をする。
「成生今日はどうする?」
「……ああ、後で行くよ。先に帰っててくれ」
「……りょーかい」
教室を出、空き教室へ向かう。もしかしたら、なんて淡い希望を持ちながら空き教室のドアを開ける。
「………………」
今日もいない、か。俺はギターケースからギターを取り出す。かごめはどんな気持ちで弾いていたのだろうか。自分の姿が誰にも見えず、一人の世界で。ここでかごめと活動してた日はそんなに長くなかったが、遠い場所に来てしまった気がする。
「こんなところにいたのか」
「鎌田?」
「すみません、鎌田君に成生君の場所を尋ねられたので、まさか本当にいるとは思ってませんでしたが……」
「泉まで」
「ここで練習してるのか?」
「してる、というよりしてたって方が正しいけどな」
「そうだ、オレも手伝ってやることにしたぞ。ドラム」
「いいのか?」
「ドラムでスカッとできそうだしね。早苗ちゃんもどう?」
「バンド? ですよね?」
「オレがドラムやるからあとは、キーボードとベースだね」
「ピアノなら少しだけできますけど」
「お、ちょうどいいじゃん早苗ちゃんも一緒にやらない?」
「さすがに強引すぎるだろ……」
「あはは、でもなんだか楽しそうですね。すぐにはお返事できませんが前向きに考えておきます」
「無理にやらせるつもりもないし、嫌だったら断ってもいいからな」
「はい。私は先に帰りますね」
「ありがとうね早苗ちゃん~」
泉は空き教室を立ち去る。
「いったいどういう風の吹き回しだ?」
「まあまあ細かいことは気にすんな。オレも用事は一応片付いたし、それよりも、かごめちゃんと演んだろ? 今の腑抜けたお前じゃ演奏なんかできないだろうしオレも手伝ってやるよ」
「はは、正直助かるわ。じゃあ、数学の誰先生だっけ? とりあえず先生に鎌田を誘ったことを後で伝えておくわ」
「ちなみにオレも音楽経験とかないから期待はすんなよ」
「やれるだけのことはやろうぜ。失敗しても別に死ぬわけじゃないし」
「そうだな。音楽は心で奏でるものだからな」
「俺は今日作曲でもするかね」
「んじゃ、オレもやるか」
「鎌田作曲できんのかよ」
「こんなのノリと直感を信じてやればちょちょいのちょいよ。適当にパソコンで打ち込んで明日聴かせてやるよ」
「ほいこれ」
放課後。鎌田にイヤホンを渡されスマホに入ってる曲を聴いてみる。
「まだ未完成でドラムもツッチーツッチーくらいだけど」
「え? 普通に完成度高いんだが。鎌田が好きそうな少し激しめ感じの曲だな?」
「それが伝わったならいいや。このフレーズから世界観を広げて行こうと思う」
「バスケだけじゃなく音楽でも爆走しちまうのかよ鎌田は」
「もたもたしてるとあっという間に追い抜かしちまうぜ」
「それはそれでなんか癪だな。俺ももう少し頑張るか」
「ハハッ、それでこそ成生だぜ。そうだ、この後少し体育館寄ろうぜ」
「体育館? バスケ部とか部活やってんじゃないの?」
「今日はバスケ部部活ないって後輩が言ってたぞ」
「そうなのかってなんかまた都合のいいような」
「? まあ気にすんなよ。久しぶりに動いとかないと体も訛っちまうし」
体育館に移動するが、本当にバスケ部はおらず、静かな空間が広がっていた。
「よし、少しやろうぜ」
「やるって――おっと!」
「ここにきたんだ。やることは一つしかないだろ」
鎌田は俺にバスケットボールを投げつける。
「まさか俺が鎌田と戦うなんて事はないだろうな?」
「そのまさかだけど」
「アホか! 勝てるわけないだろ!」
「諦めたらそこでなんちゃらってよく言うだろ?」
「いやもうなんちゃらなのよ」
「こういうところから曲のイメージが湧く可能性もあるんじゃねえか?」
「それは一理あるかもな……てやりたいだけだろ」
「フーッフーッ」
「口笛吹けてないからな」
「わかった、んじゃ二本先取でどうだ?」
「は~わかったよ。二本だけだぞ?」
「っしゃ。んじゃ先攻は譲ってやるよ」
少しボールを突いて感覚を取り戻す。俺も久しぶりのバスケだ。体育の授業で先生が休みの時に鎌田と軽くバスケをするレベルでもう数ヵ月もしていない。
「よし、それじゃいくぞ」
「こい!」
俺は鎌田の懐にドリブルで切り込むが、鎌田のディフェンスはやはり上手い。ボールを切替し逆手で再びドリブルを始める。
「どうした成生~、去年一緒にやってた時はこんなんじゃなかったろ?」
「こんなもんもそんなもんも、試合中にシュート決めてたのは俺じゃなくて九割は鎌田だろうが!? 俺はパス担当だっての!」
「そうだっけ?」
「ラノベの無自覚系最強主人公みたいで腹立つな」
「めっちゃ具体的なこと言うじゃん!?」
「よし、それじゃこれでどうだ!」
鎌田のディフェンスを引きつけロールターンで切り返し、後ろ向きに飛びながらシュートを放った。
「ロールターンからのフェイダウェイか――まだまだぁーー!」
鎌田の手はギリギリ触れず、ボールは放物線を描いてリングの中に入っていった。
「お、やるじゃんよ成生」
「ほんと勘弁してくれ。ディフェンス上手すぎ」
「んじゃ次は俺のターンな」
俺はボールを鎌田に渡す。
「さて、どう攻めようかね」
「いつもみたいに持ち前の速さでちぎればいいだろ」
「それはもう少し体が温まってからね。まずは――」
「速――」
ギリギリ抜かれなかったものの、やはり鎌田のスピードは異次元だ。これより上があるんだから正直考えたくもない。
「っと!」
鎌田は俺の一瞬の硬直を狙ってシュートを放つ。心地の良い音とともにボールがネットを潜る。
「手も足も出ないとはこのことだよ」
「なに言ってるんだい? お互い一本取ってるじゃないか!」
「んじゃ、次俺な」
俺は鎌田からボールを貰う。
「体が温まってきたからね。少しギアを上げてくぜ?」
鎌田が常人を凌駕する速さで詰めてくる。何とか切り返すが、これでは逃げるので精一杯だ。
「くっ――」
「それ!」
ボールを突かれ、コートの白線を越える。
「やっぱりインチキだぜそのスピードは」
「じゃあ次はオレの番だな」
鎌田はボールを持つとさっきよりも脱力した姿勢でドリブルを始める。
「来るか!?」
鎌田の得意技。このドリブルに抜かれた選手は数知れず。笑みを浮かべる鎌田。そして次の瞬間だった。鎌田は俺の視界から消えた。左側にいるのはわかる。ギリギリ視えるが俺の反射神経じゃ鎌田の速さには追いつけない。
抜かれた後すぐさま追いかけるが、鎌田はそのままレイアップを決めた。
「っしゃ、勝ち!」
「容赦ねぇな」
「いい気分転換になったな。さて、帰るとすっか」
「久しぶりに動くと普通に疲れるな」
「それでも、今のバスケ部よりかは強いんじゃない?」
「どうかな。スタミナに関しちゃ本当にすっからかんだし」
「今日は家来るん?」
「行くか~」
「こたつ暖けぇ……」
「そういや、成生ってなんでバスケやめたん?」
「なんでだったかなぁ。バスケをしている理由がわかんなくなったんだと思う」
「勝つためじゃないのか?」
「それならもっと強い学校選んでるよ。インターハイとかウィンターカップ常連校とかな」
「たしかにそれもそうか」
「えっと、この漫画の次の巻は……と」
本棚から漫画を手に取ると、下の段に漫画とは違う年季の入ったアルバムのようなものが目に入る。
「お、これアルバムか?」
「ん? ああ、そうだよ~」
「どれどれ、鎌田の子どもの頃はっと」
「恥ずかしいからあんまジロジロ見んなよ」
「うわぁ~なんかめっちゃ表彰されてるじゃん。へ~、ん? この写真にいる女の子は?」
「ああ……う~ん……なんて説明したらいいか」
「彼女?」
「バカ言えッ! これは、あれだ、幼馴染だ!」
「なんか動揺してるような?」
「もういいだろう? 返せよ」
鎌田にアルバムを没収される。
「てか、そろそろ冬休みだけど鎌田は追試課題間に合うのか? 漫画読んでる暇ないだろ」
「ぐ、痛い所を付いてくるな。でも成生だってそろそろやり始めた方がいいだろ?」
「そうだな俺もやるかー。一文字くらい」
「いやもっと書けよ」
「今年は何食って年越ししようかなー」
「そろそろ冬休みだし、何か旨いものでも食う?」
「タコパするか!」
「それじゃ、買い出しを決める勝負といこうじゃないか」
「問題は何で決めるかだ」
「オレの家にあるのはトランプ、UNO、将棋くらいだけど」
「回り将棋でもするか? 二人しかいないけど」
「ブラックジャックで決めるか」
「よし、んじゃシャッフルするぞー」
お互いにシャッフルして、一枚目のカードをオープンする。
「オレは10だな」
「俺は、よしAだ」
「んじゃ次はオレだな――フムフム」
「俺か」
カードをめくる。えっとカードは+4……+4!?
「なあ鎌田……ちょいと質問なんだが、トランプの予備カード的なやつとか入れてたりする?」
「うん、いれてるよ。その方がスリリングあるでしょ? もしかして引いた?」
「これって」
「あ~これはドロー4ですなぁ」
「ブラックジャックに一番入れちゃダメなやつじゃないか!! UNOに帰ってくれ!!」
「さあ成生、四枚ドローするんだ」
「こんなの負け確定じゃん……」
一枚目A。この時点で2か12だ。
二枚目10。12が確定。
三枚目3。15へ。
頼む、四枚目は6以下であってくれ。
「さすがにドロー4じゃあ一溜まりもないか。さて、オレは昼寝でもして待つかな」
四枚目……ゆっくりとカードを覗くとそこに描かれた数字は6。
「それはどうかな」
「なんだよ、まさか21以内に収まったとでも言うのか!?」
「どうする鎌田、俺はこれでターンエンドだぜ」
「その自信に満ち溢れた表情はいったい……だが、オレもこのまま勝負を受けるぜ!」
『オープン!!』
「オレは20だ!」
「俺は――21だ!」
「なん……だと!?」
「鎌田、買い物は頼んだ」
「そんな、バナナ」
鎌田が買い物をしに行くのを見届けた後、俺は炬燵の中で眠りについた。
「あ、起きました」
聞き馴染みのある声。しかし、鎌田の声ではなく女性の声だ。
「あれ、泉? どうして泉がここに?」
「オレが電話で呼んだ。やっぱり華がないとな」
鎌田がたこ焼き器を持って部屋に入ってくる。
「あはは、華というには程遠いですけど」
「すまんな泉、この忙しい年末に」
「いえ、私もちょうど空いてましたし、呼んでいただけて嬉しいです」
「まずはどんどん食おうぜ。さ、焼いていくぞ!!」
鎌田が手慣れた手つきでたこ焼きを焼いていく。
「さて、タコパと言ったら恒例のロシアンたこ焼きだろ。わさび、激辛ソース、どっちにする?」
「泉が決めていいぞ」
「わ、私ですか? 辛いのは苦手なので、わさびでお願いします」
「オッケー第一弾はわさびね~」
「第何弾まであるんだよ」
数分後。
「さあ出来たぞ!」
「おー旨そうじゃん」
「どれがわさび入りのなんでしょうか……」
「先手鎌田選手、このたこ焼きを狙う~!」
「自分で実況入れてて悲しくなってこんのか」
「はむッ――んッ!? か、か、か、辛くなーい」
「毒盛られたみたいな演技すんなよ。これでも食って落ち着け」
つま楊枝で刺したたこ焼きを鎌田の口の中に放り込む。
「はむッ――んッ!?」
「なんだよ、またはずれか」
「か……辛えぇぇ!! 鼻が……鼻がもげる……」
「大丈夫ですか!?」
泉が紙コップを鎌田に渡す。
「はなえはん、ありあほう(早苗ちゃん、ありがとう)」
「なんか舞子さんみたいな呼び方になってるぞ」
「ゴクッ――」
「おい、鎌田? どうした、いきなり黙りこくって」
「………………」
「お~い!」
「鎌田君?」
「………………」
鎌田が飲み干したコップの中身を見ると何やら赤い液体の残骸。
「なあ泉、あの紙コップの中身は?」
「えっと、たぶんグレープジュースだと思いますけど……」
「で、これとそれは、俺と泉の飲み物なわけだ。じゃあ、鎌田が飲んだその紙コップは……」
二人で数秒見つめあった後、綺麗な顔をして目を瞑ってる鎌田を振り起こす。
「鎌田、このバニラアイスで目を覚ませぇ!!」
数分後。
「はッ――!! 何か花畑のようなところにいたような、そしたら急に寒くなって、後ろから轟音と一緒に大量の雪が――」
「皆まで言うな……」
「あれ、そういえばオレが用意してた激辛ソースは?」
「ああ! あれな。鎌田がひと眠りしてる間に俺と泉で空けちまったんだよ」
「成生君!?」
「(ここは任せておけって)」
「(ですけど……)」
「なんだ~。オレも味見したかったのにな~」
「あ、あはは……」
「ほ、ほら、そんなことより、なにかゲームしながらたこ焼き食おうぜ」
「そうだね、早苗ちゃんもいるし、三人でできてちょうどいいゲームか。大富豪とか?」
「大富豪か。せめてもう一人は欲しいけど、人生ゲームとかないの?」
「ないな。でも、回り将棋できるぞ」
「回り将棋か。俺はルールわかるけど、泉はわかるか?」
「えっと、なんとなくですが、たしか将棋盤の四隅を回っていって歩、香、桂と進化していき最終的に王将で自分のスタート地点に止まったら上がりですよね」
「そうそう」
「じゃあ、そのままやってもつまらないから、マス目にイベントを書こう」
鎌田は紙を四角に切り取ってイベントの内容を書く。
「『わさび入りたこ焼きを食べる』と。ほら二人も何か書こうぜ」
「そうですね。『一回休み』とかですかね」
「なら俺は『一段階進化』にしようかな」
「よし、始めようか! 闇の回り将棋を!!」
「なんだよそのくそダサいゲーム名」
「どうしてオレばっかりわさび入りたこ焼きなんだ」
「よし一段階進化~」
「あ、私も一回進化ですね」
「え、なんでオレだけ毎回たこ焼きなの!?」
「そりゃ、普段の行いが悪いからじゃないか? 学校をサボらず、ちゃんと行くんだな」
「それ、成生には絶対に言われたくないんだが!?」
「よし、上がり~!」
「成生君早いですね。じゃあ私も、それ! 3マスですね、私も上がりました」
「え、なんで!? おかしくない二人とも一段階進化マスいっぱい踏むのに、オレは一回休みとわさび入りたこ焼きばかり」
「なあ、たこわさ」
「なんだよ! たこわさじゃねえよ! それ別の食いもんだよ!」
「罰ゲーム何にする?」
「うっ、それは……」
「泉は何か罰ゲーム案あるか?」
「そうですね……実は私こういう経験がないのであまりわからないんですよね、あはは……」
「まあ俺らもサボりすぎて浮いてる存在だから、こういうことあんまりしないんだけどな」
「そうなんですか? てっきり学校外の不良グループか何かに所属しているものだとばかり」
「そんなのはアニメや漫画、ゲームの世界だけだぞ」
「そゆこと~。真面目ちゃんが多いうちの学校だと似たもの同士を探すのも一苦労だよ」
「そうそう、鎌田のやつなんか一年の頃――」
「わーーわーー!! 何を言おうとしてるんすか!!」
「何って校門前での――」
「余計な事は言わんでくれ!! オレのイメージが崩れるでしょうが!!」
「崩れるも何も鎌田って自分のことどんなキャラだと思ってるのさ?」
「それは、不良でバスケが上手くて二枚目な男さっ!」
「ボケ担当の残念イエメン」
「おい! ボケ担当じゃないし、残念イケメンでもないぞ!! てかそもそもイケメンじゃないしイエメンだし、なんだよ残念イエメンって。国名だよ!!」
「そりゃあ家系ラーメンの略だろ?」
「家系ラーメンをイエメンって略すやつこの世に成生くらいだわ! てか、残念イエメンってなんだよ」
「だから、家系――」
「いやそうじゃなくてオレラーメンじゃないよ!?」
「まあそうカリカリすんなよ。タコ食う?」
「せめて梅を食わせてくれ。あと、せっかくたこ焼き器あるんだから焼いてくれ……」
「クスッ、お二人は本当に仲が良いんですね」
「ほら、鎌田がボケるから笑われてんぞ」
「オレのせい!?」
「で、罰ゲームの内容だが」
「唐突に話題変わるやん」
「鎌田には好きな子を暴露してもらう、今、ここで」
「好きな子かぁ……好きな子ねぇ」
「あれ、なんか予想してた返しとずれてるんだが」
「鎌田君、好きな女の子いるんですか?」
「好きな女の子……」
「あ、鎌田ってもしかしてコッチ系?」
「おい、その手を頬にあてる動きやめなさい」
「で、いるの?」
「好きな子はいないけど、見守ってたいやつはいるかな」
「字面だけみると犯罪臭がする」
「なんでだよ!」
「あ! もしかして見守ってたいやつって写真のあの子だったりして」
「まあな」
「成生君わかるんですか?」
「ああ、鎌田のアルバムでチラッとな」
「鎌田君の小さな頃ですか。よろしければ私にも見せて頂けないでしょうか」
「ぐ……ここで断ったら男としてなにか大事なものを失ってしまう気がする」
「安心しろ、その前に単位を落としてるから」
鎌田はアルバムを持ってきて泉へ渡した。
「小さな頃の鎌田君かわいいですね!」
「この頃は美少年なのに、今じゃ残念不良に」
「だから残念じゃないって!!」
「あ、この写真の女の子ですか?」
「鎌田ってもしかしてロリコンなの?」
「違うわ!」
「あはは……かわいい子ですね」
「幼馴染なんだ。歳は二つ下で今年受験生だな」
「ここにいい反面教師がいるし、グレないことを祈るばかりだな」
「なんで今オレを見た。成生も人のこと言えないからな」
「そういうことにしといてやるよ」
「おい、人の話をちゃんと聞け! たこ焼きを食うな!」
「成生、世界史の宿題終わった?」
「んー? まだだけど」
暖かい部屋、電気ストーブに当たりながら、俺は鎌田の家で寛いでる。あれから時は経ち、俺達は冬休み期間へと入っていた。
「にしても、宿題多すぎるよな。いくら何でもこんなに寄越すかよ」
テーブルに積み上げられたのは山のような課題。だが、その量は俺の比ではない。なぜなら――
「しょうがないだろ。追試に代わる課題が貰えただけ感謝しなよ」
山のように積みあがった課題のおよそ三割強が追試課題なのだ。鎌田は頭を掻きむしりながら発狂寸前の域、俺は必要最低限には出席していたので、鎌田みたいに追試にはならなかったのだ。
「おのれ成生……いつの間に出席していたんだ」
「いや、普通に生活してたら単位なんて落とさないだろ。赤点取っても最低限出てれば最低限の追試課題で済むんだぞ」
「ぐぬぬ……」
不服そうにじたばたし始める鎌田。
………………。
子供か。
「畜生、こうなったら……」
「こうなったら? なんだよ」
数十分後。
インターホンの音とともに誰かが階段を上がってくる。
「やあやあいらっしゃい」
「すまんな――泉」
「あはは、気になさらないでください。私もちょうど宿題を始めようとしてたところでしたし」
俺は、鎌田にお願いされて泉に連絡を取った。勿論、駄目元だったのだが。
「でもいいのか? 俺らみたいな連中と絡んでると、泉の評価が下がるんじゃないか?」
「いえいえ、私なんて影も薄いですし、気にしないでください」
「だ、そうだ。よかったな鎌田。これでなんとか追試課題も間に合うだろ」
「あれ、成生くんはやらないんですか?」
「ん? ああ、俺はまだいいよ。なんせ、まだまだ時間はあるしな」
「………………」
ジッと見つめる泉。正座をしながら見つめる先に、俺がいた。
「な、なんだよ」
「………………」
……俺は予感した。泉はきっと、いや間違いなく……。
「わかったよ。俺も課題やるよ……」
「はい、みんなでやりましょう」
どうしてこうなった。まだ冬休みが始まって数日。せめて年内は悠々自適な生活を送ろうと思ってたのに。
「ははッ、自分だけ漫画読もうとしてた罰だな成生。ざまあみやがれ」
あの笑顔――ぶっ飛ばしてやりたい。
………………。
……終わらない、数学なんて嫌いだ。微分積分? 対数関数? さっぱりわからん。謎が謎を呼ぶ。
「成生くん、さっきから上の空ですよ?」
「ああ、だめださっぱりわからん。なあ泉、答え見せてくれよぉ」
「それは成生くんの為にならないのでだめです。わからないところがあったら教えますので――どこですか?」
「――全部」
「具体的にここがわからない、と教えていただかないとこちらとしても……」
「わからないところがわからない――です……」
なんとも情けない。高校に入ってから自堕落な生活を送り続けた俺に数学は荷が重すぎたのだ。
「わかりました。なら、最初の方から一緒に復習していきましょう」
「ちょっと⁉ オレの追試課題も結構やばいんだけど⁉」
「すまんな鎌田。お先に、だ」
「ちきしょぉぉおおおお、覚えてろよ成生――!」
凄まじいスピードで追試課題を進めていく鎌田。当たっているのか、外れているのかわからないが、それでも鎌田の課題はみるみるうちに減っていった。
俺も負けじと冬休みの宿題を進める。泉の説明が丁寧ということもあり、頭の中にすんなりと内容が入ってくる。
………………。
あの頃を思い出す――中学三年の受験期。そういえば、あの頃もこんな風に勉強していたな。俺が飯代やジュース代を奢って……。
「成生?」
「あ、いや、何でもない。そういや今年のウインターカップ、優勝したのあそこだったぞ……えっとほら、去年のインターハイ決勝で戦ったあそこの……」
「あー、あそこか。オレも名前忘れちゃったけどあそこ強かったよな」
「そういえば、お二人は元々バスケ部だったんですよね?」
「まぁな、俺は凡人で鎌田は紛れもない天才だったけどな」
「謙遜すんなよ、お前のパスもいいもんだったぞ――ってか、成生もなんやかんやスタメンだったじゃん」
「凄いですね、そんなに実力があったのにどうしてやめちゃったんですか?」
「まあ、なんだ? 俺はちょっと家の連中とゴタゴタがあってな。そういや、鎌田ってなんでやめたんだ? 今まであんまり意識してこなかったけど」
「………………」
鎌田が沈黙する。勢いづいていた筆はその速さを徐々に緩める。
「ああ、言いたくなかったら別に言うことはねえよ。今更こんなことを訊くなんて野暮だったな」
「オレは――先輩と喧嘩して、その、それが殴り合いに発展しちまって――強制退部だよ」
「え?」
「おいおい、まじかよ」
「――本当だ、去年のウインターカップ初戦。あの男子バスケ部が大敗したあの日、オレはすでに退部していた」
真実。俺の知らなかった世界。鎌田と男子バスケ部の間に入った亀裂。
「でも、ざまあねえよな。結局のところ、あいつらはオレがいなきゃなんもできねえんだ」
「………………」
「まあ、男子バスケ部だって必死に練習頑張ってるだろ。今日だって、俺達がこうしてる間も、あいつらは体育館で練習してるんだぞ?」
「だからなんだよ。結局雑魚は雑魚、どんな練習を積んだって結果は変わらないさ。聞いたか男子バスケ部の今年の戦績。インターハイもウインターカップも本戦はおろか、予選も突破できないんだぜ? しかもどっちも一回戦敗退。傑作だよ」
「………………」
「あのな、さすがに言いす――」
着信音。鎌田の携帯だった。
「わり、ちょっと席外すわ」
そう言って、鎌田は部屋を抜けた。
――険悪な空気を残して。
「今の鎌田くん、少し怖かったです。今でもバスケ部の皆さんとは仲が良くないのでしょうか」
「さぁな。でも、さすがにあれは言いすぎだと思う。いくら男子バスケ部と喧嘩して強制退部させられたからってな」
数分後。鎌田は帰ってきた。ヒートアップしてた先程とは違い、冷静な顔つきで元居た場所へと腰を掛ける。
「さっきは悪かったな、あんな言い方して。ちょっと頭に血が上ってたみたいだ」
「頭、冷えたみたいだな。それで? 誰からの電話だったんだ?」
「ああ、ちょっとな――」
「……?」
それからは、雑談なども特になく至って普通の勉強会だった。ただ、少し気がかりだったのは鎌田がどこか違う雰囲気だったことだ。言葉にするのは難しいが、これでもあいつとはそこそこの付き合いだ。ちょっとした雰囲気の違いくらいには気づく――だが、俺は声を掛けられなかった。泉がいたというのもあるが、鎌田のことだ。明日になればいつもの鎌田に戻ってるだろう――そう思っていた。